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第16章

ストラディゴス、潜入する

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 フィデーリス城、一階にある水路の船着き場。
 そこは、普段から日常的に城へ物資を運び入れる為に使われている場所である。

 人の出入りが激しいそこは、最も監視の目が薄い場所でもある。



 船着き場から運ばれる大きな箱。

「開けてみろ」

 兵士に言われ、エドワルドの息のかかった船乗りが一つを開けると、中には大理石の建築資材。
 その一つだけ確認すると、次々と荷物が城内へと運び込まれていく。

 一際大きな横長の箱があり、兵士が気にする。

「おい、この中身も見せろ」

「おっと、無茶言わんでください。闘技場で使われる野獣ですぜ」

「野獣? 檻に入れずに木箱で運ぶのか?」

「檻に入れて、木箱で目隠ししとるんですわ。明るいと檻を曲げるぐらい暴れる奴で」

 兵士はリストを確認する。
 確かに、闘技場で使う獣がリストにあった。

「えらく大きいな」

「伯爵様も気に入ってくれると思いますぜ。何せ、活きが良い」

 箱の中で何かがゴソゴソと動く気配がすると、兵士は伯爵の個人的な物なら通ってよしと、中身に触れたがらずにスルーした。



「このあとは?」

 箱の中の野獣がコソコソと、船乗りに話しかけた。

「そっちから話しかけんでください。これから別の者の手で城内に運ばれますんで。伯爵は謁見の間で、必ずペットを品定めしてから闘技場に送ります。その時、必ず檻に近づく筈です。その瞬間を狙って」

「……わかった」



 * * *



 ピレトス山脈の地下神殿、を中心に建てられた広大な地下都市。
 そこは城塞都市フィデーリスを模して造られた等身大のコピーに近い。
 神殿をフィデーリス城に見立て、おおよその町が再現されている。

 これが王墓の地下迷宮と呼ばれているのかと彩芽は見ながら、もしかしたら四百年前のフィデーリスの町を再現していて、本来の姿はコピーの方が近いのかもしれないと思った。
 四百年かけて攻め込む城兼、自分達の町を作ってしまうとは、なんともスケールが大きな話である。

 数万を超えるスケルトンの群れが働いているが、彼らに休む様子は見られない。
 彩芽は、なぜ数万もの死者の軍勢がいて、フィデーリスを四百年もの間陥落させるに至っていないのかが疑問に思えた。
 敵のリーパーさえも集団で撃退するのだから、数で押し切ってしまえばどうとでもなる様に思えてならないのだ。



 そこは、リーパーが住んでいると言う、地下に再現された家の一つの居間。

 そんな光景を窓から見ながら、彩芽はリーパーに出された渋い茶を一口飲んだ。
 葉茶の様だが、味の癖が強い。
 ハーブでも入っているのだろうか。

 その彩芽の頭の上には、リーパーの手が軽く置かれていた。

「終わったぞ」

「え、もう!? 何も変わった様には見えないけど」
 彩芽はキョロキョロと自分の身体を見た。

「呪いにも気付けぬ者に、差が分かるわけがあるか」

「そりゃ、そうだけどさ。前に会った魔法使いさんは、刺青みたいなのが浮き上がってふわぁって消えてたし、もうちょっと何かあるかもって」

 彩芽は、助けてくれたリーパーが味方だと安心して、すっかり打ち解けていた。

「それは、隠していないだけだ。お前にかかっていた魔法は、術者と、そいつが許した者、それか我の様に常に見ようとしている者以外には見えぬ」

「ふ~ん……ちなみに、どんな呪い、じゃなくて魔法なのかって、分かりますか?」

「これは知っているからな。奴の物を盗んだ者に、自動的に死の宣告をする悪趣味な物よ。物であれば、盗ったと盗人が自覚した時に、人であれば、人同士の繋がりが出来た時に発動する」

「人同士の繋がり?」

「例えば、お前に呪いを運んだ奴は、何者だ?」

「伯爵の……奴隷、でした」

「なら、そやつがお前を主人と考え、お前がそやつを奴隷と考えれば、そこで繋がりが出来て、宣告が発動する」

「奴隷って、思わない様にしてもですか?」

「本心で嘘は付けぬからな。奴隷だと一度でも思い、自身が主人だと思えば、呪いの運び手が自身を奴隷と思うのなら、双方の認識がシンクロした時点で、お前は呪われた筈だ」

「あの、もしかしたら奴隷とは思ったかもしれないですけど、自分が主人だとは思ったつもりは無いんですけど」

「本心の問題だからな。なんだ、そんな事が、そんなに気になるのか?」

「まあ……納得出来ないと言うか」

「なら、少し見てやろう……」
 再びリーパーが、彩芽の頭に手を置いた。
「ふむ、繋がりは、これは……友、もしくは、姉妹に近い……どうやら、噛み合っていなかった繋がりの認識を、お前が無理やり繋げたようだな……」

「そんな事まで分かるんですか!?」

「奴の魔法は、自動的だからな、周囲を呪う為の触手を常に伸ばして、誰にも気づかれずに呪いを運ぶ者への周囲の意識に反応して無差別で見えない傷をつけ続ける。呪いを運んだ者とお主の関係の変化が良く分かるぞ……」

「……どんな感じですか?」

「お前が変わっていると言う事だけはハッキリわかった。なるほどな、どうりで奴がお前を……」

「あの、どういう?」

「お前から出る認識が頑固と言う話だ。これでは生き辛かろう?」

「ま、まあまあ、ですかね」

「ふふ、だろうな」

「あの、でも、それだと、ルカラ、私に呪いを運んだ子が、たとえば奴隷同士で呪いをかけあっちゃったりしないんですか?」

「掛け合うだろうな」

「それって、二人共死んじゃうんじゃ?」

「宣告は、あくまでも標的を知らせる物だから、それだけじゃ何も起きぬよ。標的に向けて奴は魔法で刺客を送り込み、それも込みでの死の宣告よ。呪いで自動的に攻撃も出来るが、奴はそれはしない。ヴェンガンは、自分で盗人を痛めつけたいんのだ」

「あの、ヴェンガンって、結局何をしたいんですか?」

「……通路が完成するまで、もう少しかかる。それまで、昔話でもしてやろうか、奴が国を滅ぼした昔話を」



 * * *



 リーパーは語り出す。



 四百年以上も前の事、フィデーリス王国は美しいエルフの国であった。

 エポストリア連王国の一つとして、女王ミセーリア・アダマスの統治のもと、周囲の国が攻め込む事の出来ない、強大な魔法国家と周囲に名を知らしめていたと言う。

 ミセーリアには、二人の側近がいた。

 一人は、内政を取り仕切る大臣のヴェンガン。
 もう一人は、軍務を取り仕切っていた、四百年前の生前のリーパーであった。



 リーパーは、生命の補助を出来る独自の魔法が使え、それは戦で傷ついた者を助ける事の役に立てていた。

 腕や足を失っても、リーパーの魔法を使えば以前と同じとはいかずとも、失った部位を取り戻す事が出来た。
 骨の義手や義足に利用する事もあれば、壊れた背骨を魔法の力で疑似的に直す事で、実際に足を動かせる様に出来てしまう。
 物理的な治癒も回復もすぐには出来無いが、物理的な部位の保持と魔法的な信号の補助によって、リーパーは首から下が動かなくなった者だろうとも戦線に復帰させる事が出来た。



 不死身の軍勢。



 周囲の国は、当時のリーパーを脅威に感じていた。
 リーパーの存在によって、即死さえしなければ死ぬ事が無いと言う恩恵は、魔法の正体が分からなければ敵にまわせば厄介な事この上ない。

 それでも当時は、戦死者も出れば、死者やスケルトンを蘇生させる様な事も無かった。



 ある時、ヴェンガンがフィデーリスの国全体を囲む高い城壁を作る計画を提出した。
 マルギアス王国と当時戦争状態で、マルギアス軍が攻めて来る可能性は十分にあり、国を守るためには必要だと熱弁をふるうヴェンガンに、皆は同意したと言う。
 こうして、城塞化は満場一致で承認される。



 その時、ヴェンガンはリーパーに、秘密の提案をしてきた。
「君の魔法を城塞に利用できないか?」

「どういう事だ?」

 ヴェンガンは、ミセーリアと共に、当時はリーパーの魔法の正体を知る数少ない人物であった。

 リーパーの魔法は、生命の補助を行う為には、条件があったのだ。
 それは、魔法を維持する為の力場を形成する事である。

 それまで兵士達は、鎧の中に刻印をし、鎧の中に隠されたいくつもの刻印が完全破壊されない限りは生命補助の恩恵を受け続ける事が出来ていた。
 肉体に直接、力場形成の刻印をする者もいた。

 刻印に囲まれた力場の中で、リーパーによる生命補助の魔法を施される事で、傷を負っても魔法の力で補完されて致命傷にならない。
 その間に、自然治癒させれば元通りの生活が出来る。

 これが不死身の軍勢の正体であった。



 ヴェンガンの提案は、城塞を構成する石の一つ一つに刻印を施し、フィデーリスの国全体への不死身化を行う壮大な計画であった。
 城攻めに遭っても城壁を破壊し尽くさなければ、リーパーが魔法をかけていれば、誰一人として倒れない国に出来ると言う計画である。

 不死身の軍勢を超えて、不死身の国を作る計画。



 だが、それは不可能であった。



 魔法とは、必ず一定のエネルギーを消費する。
 リーパーの生命補助は、力場の中に存在する生命力を使用して発動する。

 生命力とは、生きている者に流れる力だけでなく、死して地に還った者も含まれる。

 それでも、何度も発動すれば、やがて力場内の生命力は枯渇し、生命補助の恩恵を受けられずに国自体が消耗していく。
 そうなれば、全員に数度は予備の命が出来てたとしても、生き延びた所で国自体に未来が無くなる。

 リーパーは不死身の国を作る事を断ろうとした。

 だが、ヴェンガンは全員に魔法を施す必要は無いと言い、説得してきたのだ。



 ミセーリアさえ救えれば、王の下で国は立て直せる。

「敬愛する王を助ける為の安全装置としてならどうだ?」

 と言うのだ。

 ミセーリアを国内において不死にするだけなら、半永久的に死なない様に出来る。
 それは、長命故に必要以上に死に拒否感のあるエルフにとってすれば、一つの不安から解放される事に他ならない。



 リーパーは、ピレトス山脈にあった集団墓地で実験を開始した。
 生命力溢れる山脈の一角で、可能であるのかの実験を始めたのだ。
 今までは刻印を直接か、身近な物に施していた。
 その距離がどこまで離せるのかを試したのだ。

 周囲にいくつかの刻印をした物を配置するだけで、力場自体はどこまで範囲を増やせるのかがすぐにわかった。

 リーパーは数ヶ月と言う時間を実験に費やしてしまったが、ピレトス山脈の無尽蔵とも思える生命力あふれる力場の中で、フィデーリス城壁に施す魔法の刻印を完成させたのだった。



 魔法の発動条件は、対象への生命補助と、対象を包む力場形成、これさえ満たせば力場の生命力が枯れ尽きるまで傷を負っても魔法で保持され、自然治癒までの時間を稼げる。

 ヴェンガンに城壁へと施す刻印を教えると、ヴェンガンはすぐに城壁に刻印を埋め込む追加作業に取り掛かった。



 リーパーは、なぜヴェンガンの事を信用していたのか。
 それは、当時のヴェンガンは、ミセーリアの事を愛し、誰にでも優しく、信頼における人物に思えたからである。
 頭が良く、不正や腐敗とは無縁の、完璧な男。

 その様に、誰の目にも映っていた筈である。

 実際、当時のヴェンガンは、そうであった。
 愛するミセーリアの為に、そうあろうと努力していたのだ。
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