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二区切り
エピローグ2
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あの騒動の中、彩芽達の乗ってきた馬車は、誰かが逃げるのに使ったらしく馬ごとどこかに行ってしまった。
荷物は、ストラディゴスが身に着けていた装備以外は、ほとんど残らなかった。
だが、オルデンとアコニーの書簡だけは、ストラディゴスが肌身離さず持っていた為無事であった。
マリードとゾフルは、闘技場で再会したザーストンと共に、当分は町に残って復興の手伝いをするらしい。
生き返ったザーストンは、最初に会った時とは違い、何というか程よく毒気が抜かれていた。
殺し合った仲だからか、ストラディゴスの顔を見て気まずそうにこそしていたが、ルカラに対しては感謝している様であった。
彩芽とストラディゴスとルカラの三人は、他にも何か無いかと、全壊したブルローネのフィデーリス支店にも行った。
すると、こんな状況でもなのか、こんな状況だからこそなのか、ブルローネの姫娼婦達は建物が無くなって露天風呂となった大浴場を掃除して、自分達でテントを設営し、どこよりも早く営業を再開していた。
どうやら、周囲の都市にある支店から応援が来ている様で、アコニーの姿こそ見えないが、恐らく来ているのだろう。
この調子なら、フィデーリスで一番早く復旧しそうである。
彩芽達は借りていた部屋の付近を捜索すると、瓦礫の下から持ち出せなかった荷物がいくつか見つかった。
金目の物は、先に来た客や、どさくさにまぎれた火事場泥棒にでも持っていかれたのであろう、何も無かった。
その中で手付かずで残っていた骨Tシャツを拾い、彩芽はそれだけで満足気であった。
ルカラの盗品は、まるごと誰かが持って行ったらしく、どこかに消えてしまっていた。
又盗まれた盗品がどうなるかは分からないが、あのザーストンが変わっていたのだ。
同じ様に、拾った人の手によってフィデーリスの復興に使われる事を願うばかりである。
返す当ても無いが、永遠に返せなくなった盗品の持ち主達も、ルカラが命を救った事は記憶のフィデーリスで一つになっていた時に理解しているので、きっと大目に見てくれるだろう。
* * *
マルギアス王国には、フィデーリスが死者の軍勢によって多大な損害を受けた噂は、瞬く間に広まっていた。
だから、マリアベールは表向きはヴェンガン、ミセーリア、セクレトと共に、ソウル・イーター解体の折りに自分は死んだ事にして貰っていた。
町の皆の中のマリアベールは、血色が悪く、ソウルリーパーの恰好をした「死を統べる者」を自称する死霊術師となったマリアベールのイメージしか無く、生きている事を知っているのはエドワルドとストラディゴスとルカラ、そして彩芽だけであった。
マルギアス王国にマリアベールが生きてフィデーリスにいる事が知られれば、当時を知る長命な誰かによって、フィデーリスが再び危険だと判断されかねない。
だから、表向きはマリアベールらしき死霊術師がフィデーリスを襲い、ヴェンガン伯爵を殺した。
そこに居合わせたストラディゴスと黒騎士が、マリアベールを打ち取ったと言う嘘の噂を流した。
この嘘は、つい先日ネヴェルで竜退治をした巨人でも出て来ない限り、噂に信憑性を持たせられなかった為だ。
それと、ヴェンガンが闘技場でついたストラディゴスが連続殺人犯だと言う嘘を、払しょくする為でもあった。
マルギアス王国は、使者をフィデーリスに派遣し、ストラディゴスと黒騎士は簡単な聴取を受け、フィデーリスでは調査が行われた。
立ち入り不可能とされたピレトス山脈の王墓を仮住まいにするフィデーリスの人々と、完全に崩壊したフィデーリスを見れば、ストラディゴスと黒騎士の証言を聞くまでも無く、噂話を信用するしかない。
二人には、王家から手配書の報酬が支払われる事となった。
ソウルイーターの死体が無い事から(いちゃもんを色々とつけられ)、手配書の報酬の二十分の一である百万フォルト(一億円相当)がそれぞれに渡された。
こうして、多大な犠牲を払って四百年間マルギアス王国を悩ませていた怪物が、一体この世から消える事となった。
だが、マルギアス王国の使者達は、フィデーリスの人口が以前よりも増えている事には、誰一人として気付かなかった。
彩芽は、駄々っ子の様に猛反対するストラディゴスを何とか説得し、十万フォルト(一千万円相当)だけ手元に残し、残りを全てエドワルドに渡してしまった。
それは、エドワルドがマリアベールと共に、当分は王家の指輪探索をしながらフィデーリスに残って復興を手伝うと言うからだ。
エレンホス出身者でない現地で出会った密輸業者仲間と共に、フィデーリスの建て直しに大いに貢献してくれる筈である。
エドワルドとマリアベール、そして今のフィデーリス市民なら、それだけの元手があれば遠からずマルギアス王国から永久自治権を手に入れる日も来るかもしれない。
それから彩芽達が、マリアベールの隠れ家で旅を続ける支度をしている時、マリアベールが贈り物をくれた。
マリアベールは、自身の工房でストラディゴスの装備と、彩芽の持っていたジッポライターの表面に、魔法の刻印を施してくれたのだ。
旅を続ける際、肌身離さず持っていれば、常にマリアベールの癒しの魔法の加護を受けられる様にである。
これで不死身とまではいかずとも、頭と心臓さえ無事なら、すぐに死ぬ事は無い。
マリアベールが工房に籠っていると、ルカラはエドワルドにパリィと言う相手の攻撃をいなす技術の稽古をつけて貰った。
エドワルド程の剣術を一朝一夕に使えるようにはならないだろうが、何があるか分からない旅を続けるにあたり、大きな力となるのは間違いない。
これがマリアベールとエドワルドの、彩芽達のしてくれた全てへの、いくつかの礼の中の一部であり、続く旅への餞別でもあった。
* * *
マリアベールの隠れ家の外。
ピレトス山脈の内部、天井の穴から月明りが差し込む幻想的な地下都市の見渡せる丘。
三人は、焚火の明かりに照らされる中、今回転がり込んだ十万フォルトをどう分けるかを話し合っていた。
旅の支度には、復興し始めたフィラフット市場で色々買い揃えても、ネヴェルを出た時と同じで七千フォルト程度しかかからない。
残りを山分けしようか、それとも働きに応じて話し合って分けるか。
今回の金は、表向きはストラディゴスへのソウルリーパー討伐の報奨金だが、実態はソウル・イーターを解体するまでで何やかんやあっての、フィデーリスからもたらされた三人への報酬と考える方が自然である。
「すぐに使う予定が無いならさ、今分けないでも良いんじゃない?」
彩芽の提案はこうであった。
旅の潤沢な資金として、三人共有の持ち物とした方が、三人の為になるのでは無いか?
もし個人的に使いたくても、三人で話し合ってから、三人が納得出来るように使えば良い。
他の人に内緒で使いたいなら、その時は働いて自分だけの金を持てばいい。
ストラディゴスとルカラは、それが良いと受け入れる。
だが、個人が一文無しでは何かと不便なので、三人とも一人三千フォルトずつ自由に使って良い金を分ける事で話がまとまった。
三人の働きが同じだったからこう分けたので無い事は、三人とも理解している。
三人は対等だからこそ、妥当と思われる同じ額を分配したのだ。
ルカラは、三人の約束が機能しており、彩芽が変人で頑固な理想主義者かもしれないが、目の前に広がる慎ましくも暖かく幸せな理想を見て、旅への期待に胸が膨らむ思いであった。
「そう言えば、お二人はキスはされたんですか?」
ルカラの質問に、ストラディゴスが焚火の明かりの中でも分かるぐらいに赤くなった。
「そう言えば、デート……ヴェンガンに邪魔されて最後まで出来なかったね。せっかくお花貰ったのに、どこか行っちゃったし、ごめん」
「あやまるなよ。何度でも花ぐらいやるからよ」
「最初に貰った物だから特別だったの。あ~あ、押し花にでもしようと思ってたのに」
「それで、キスは?」
ルカラの期待の眼差しに、ストラディゴスはたじろぐ。
したにはしたが、酒場の前で、額にである。
「……したよな?」
ストラディゴスは、いらない見栄を張った。
彩芽は、バカだなと思いながらも笑う。
「じゃあ、ルカラにも証拠見せてあげて」
「はぇっ?」
彩芽に、突然キスを許可され、ストラディゴスは追い詰められた。
心の準備が出来ていない。
何度柔肌を見ようが、全裸ダッシュで抱き着かれようが、一度は口にキスをしようとしようが、額にはキスをしようが、そんな事でストラディゴスは、彩芽との関係を前には進めていない。
今のストラディゴスにとって彩芽の唇に触れる事は、あまりにも重大な事であった。
そのキスには、ストラディゴスにも説明出来ない価値があり、意味があり、人生の目標の一つでさえあった。
少女漫画の主人公でも昨今そこまで思いつめないであろう程に、ストラディゴスは彩芽とのキスと言う行為に対して高いハードルを感じていた。
「ほら、ストラディゴス。んむぅ~♡」
彩芽のふざけきったタコクチでさえ、ストラディゴスの目には崇高なものに見えた。
童貞力としては中々に高めであるが、恋愛チェリーを卒業したばかりのストラディゴスにとって、これはある種のファーストキスに近い感覚であった。
ストラディゴスは目を閉じ、勇気を振り絞って彩芽の唇に自らの唇をゆっくりと近づけていく。
唇の先に、ピトリと柔らかい感触。
ストラディゴスが天にも昇る思いで目を開けると、ストラディゴスの唇には彩芽の人差し指が触れていた。
「え?」
「時っ間切れ~♡」
「ええええええぇ!?」
彩芽は意地悪に笑い、ストラディゴスはホッとしつつ、少しふてる。
「ひどっ!? アヤメさん悪魔ですか!?」
ルカラは彩芽の意地悪を見て、勇気を出したストラディゴスに同情した。
期待させて、なんて突き落とし方するんだと。
「ご~め~ん~♡ ほら、ねっ!」
「なんだよ……」
ストラディゴスの唇に彩芽の唇が重なった。
大きく見開かれたストラディゴスの目を見て、ルカラは思わず見てはいけない物を見た様に顔を手で隠すが、指の隙間からしっかり見ている。
彩芽は、少し頬を染め、目を閉じている。
「っぷはぁ……機嫌は直った? お姫さま♡」
彩芽はペロリと舌で唇を舐め、悪戯な笑顔でストラディゴスに言った。
腰が砕けてストラディゴスは、その場から立てなくなり、荒い息で呼吸をなんとかするので精いっぱいだった。
彩芽からの不意打ちのキスで、ストラディゴスは自分の下着がいつの間にか濡れている事に気付く。
それから、自然と、泣いていないの目から涙が溢れて来たのだった。
荷物は、ストラディゴスが身に着けていた装備以外は、ほとんど残らなかった。
だが、オルデンとアコニーの書簡だけは、ストラディゴスが肌身離さず持っていた為無事であった。
マリードとゾフルは、闘技場で再会したザーストンと共に、当分は町に残って復興の手伝いをするらしい。
生き返ったザーストンは、最初に会った時とは違い、何というか程よく毒気が抜かれていた。
殺し合った仲だからか、ストラディゴスの顔を見て気まずそうにこそしていたが、ルカラに対しては感謝している様であった。
彩芽とストラディゴスとルカラの三人は、他にも何か無いかと、全壊したブルローネのフィデーリス支店にも行った。
すると、こんな状況でもなのか、こんな状況だからこそなのか、ブルローネの姫娼婦達は建物が無くなって露天風呂となった大浴場を掃除して、自分達でテントを設営し、どこよりも早く営業を再開していた。
どうやら、周囲の都市にある支店から応援が来ている様で、アコニーの姿こそ見えないが、恐らく来ているのだろう。
この調子なら、フィデーリスで一番早く復旧しそうである。
彩芽達は借りていた部屋の付近を捜索すると、瓦礫の下から持ち出せなかった荷物がいくつか見つかった。
金目の物は、先に来た客や、どさくさにまぎれた火事場泥棒にでも持っていかれたのであろう、何も無かった。
その中で手付かずで残っていた骨Tシャツを拾い、彩芽はそれだけで満足気であった。
ルカラの盗品は、まるごと誰かが持って行ったらしく、どこかに消えてしまっていた。
又盗まれた盗品がどうなるかは分からないが、あのザーストンが変わっていたのだ。
同じ様に、拾った人の手によってフィデーリスの復興に使われる事を願うばかりである。
返す当ても無いが、永遠に返せなくなった盗品の持ち主達も、ルカラが命を救った事は記憶のフィデーリスで一つになっていた時に理解しているので、きっと大目に見てくれるだろう。
* * *
マルギアス王国には、フィデーリスが死者の軍勢によって多大な損害を受けた噂は、瞬く間に広まっていた。
だから、マリアベールは表向きはヴェンガン、ミセーリア、セクレトと共に、ソウル・イーター解体の折りに自分は死んだ事にして貰っていた。
町の皆の中のマリアベールは、血色が悪く、ソウルリーパーの恰好をした「死を統べる者」を自称する死霊術師となったマリアベールのイメージしか無く、生きている事を知っているのはエドワルドとストラディゴスとルカラ、そして彩芽だけであった。
マルギアス王国にマリアベールが生きてフィデーリスにいる事が知られれば、当時を知る長命な誰かによって、フィデーリスが再び危険だと判断されかねない。
だから、表向きはマリアベールらしき死霊術師がフィデーリスを襲い、ヴェンガン伯爵を殺した。
そこに居合わせたストラディゴスと黒騎士が、マリアベールを打ち取ったと言う嘘の噂を流した。
この嘘は、つい先日ネヴェルで竜退治をした巨人でも出て来ない限り、噂に信憑性を持たせられなかった為だ。
それと、ヴェンガンが闘技場でついたストラディゴスが連続殺人犯だと言う嘘を、払しょくする為でもあった。
マルギアス王国は、使者をフィデーリスに派遣し、ストラディゴスと黒騎士は簡単な聴取を受け、フィデーリスでは調査が行われた。
立ち入り不可能とされたピレトス山脈の王墓を仮住まいにするフィデーリスの人々と、完全に崩壊したフィデーリスを見れば、ストラディゴスと黒騎士の証言を聞くまでも無く、噂話を信用するしかない。
二人には、王家から手配書の報酬が支払われる事となった。
ソウルイーターの死体が無い事から(いちゃもんを色々とつけられ)、手配書の報酬の二十分の一である百万フォルト(一億円相当)がそれぞれに渡された。
こうして、多大な犠牲を払って四百年間マルギアス王国を悩ませていた怪物が、一体この世から消える事となった。
だが、マルギアス王国の使者達は、フィデーリスの人口が以前よりも増えている事には、誰一人として気付かなかった。
彩芽は、駄々っ子の様に猛反対するストラディゴスを何とか説得し、十万フォルト(一千万円相当)だけ手元に残し、残りを全てエドワルドに渡してしまった。
それは、エドワルドがマリアベールと共に、当分は王家の指輪探索をしながらフィデーリスに残って復興を手伝うと言うからだ。
エレンホス出身者でない現地で出会った密輸業者仲間と共に、フィデーリスの建て直しに大いに貢献してくれる筈である。
エドワルドとマリアベール、そして今のフィデーリス市民なら、それだけの元手があれば遠からずマルギアス王国から永久自治権を手に入れる日も来るかもしれない。
それから彩芽達が、マリアベールの隠れ家で旅を続ける支度をしている時、マリアベールが贈り物をくれた。
マリアベールは、自身の工房でストラディゴスの装備と、彩芽の持っていたジッポライターの表面に、魔法の刻印を施してくれたのだ。
旅を続ける際、肌身離さず持っていれば、常にマリアベールの癒しの魔法の加護を受けられる様にである。
これで不死身とまではいかずとも、頭と心臓さえ無事なら、すぐに死ぬ事は無い。
マリアベールが工房に籠っていると、ルカラはエドワルドにパリィと言う相手の攻撃をいなす技術の稽古をつけて貰った。
エドワルド程の剣術を一朝一夕に使えるようにはならないだろうが、何があるか分からない旅を続けるにあたり、大きな力となるのは間違いない。
これがマリアベールとエドワルドの、彩芽達のしてくれた全てへの、いくつかの礼の中の一部であり、続く旅への餞別でもあった。
* * *
マリアベールの隠れ家の外。
ピレトス山脈の内部、天井の穴から月明りが差し込む幻想的な地下都市の見渡せる丘。
三人は、焚火の明かりに照らされる中、今回転がり込んだ十万フォルトをどう分けるかを話し合っていた。
旅の支度には、復興し始めたフィラフット市場で色々買い揃えても、ネヴェルを出た時と同じで七千フォルト程度しかかからない。
残りを山分けしようか、それとも働きに応じて話し合って分けるか。
今回の金は、表向きはストラディゴスへのソウルリーパー討伐の報奨金だが、実態はソウル・イーターを解体するまでで何やかんやあっての、フィデーリスからもたらされた三人への報酬と考える方が自然である。
「すぐに使う予定が無いならさ、今分けないでも良いんじゃない?」
彩芽の提案はこうであった。
旅の潤沢な資金として、三人共有の持ち物とした方が、三人の為になるのでは無いか?
もし個人的に使いたくても、三人で話し合ってから、三人が納得出来るように使えば良い。
他の人に内緒で使いたいなら、その時は働いて自分だけの金を持てばいい。
ストラディゴスとルカラは、それが良いと受け入れる。
だが、個人が一文無しでは何かと不便なので、三人とも一人三千フォルトずつ自由に使って良い金を分ける事で話がまとまった。
三人の働きが同じだったからこう分けたので無い事は、三人とも理解している。
三人は対等だからこそ、妥当と思われる同じ額を分配したのだ。
ルカラは、三人の約束が機能しており、彩芽が変人で頑固な理想主義者かもしれないが、目の前に広がる慎ましくも暖かく幸せな理想を見て、旅への期待に胸が膨らむ思いであった。
「そう言えば、お二人はキスはされたんですか?」
ルカラの質問に、ストラディゴスが焚火の明かりの中でも分かるぐらいに赤くなった。
「そう言えば、デート……ヴェンガンに邪魔されて最後まで出来なかったね。せっかくお花貰ったのに、どこか行っちゃったし、ごめん」
「あやまるなよ。何度でも花ぐらいやるからよ」
「最初に貰った物だから特別だったの。あ~あ、押し花にでもしようと思ってたのに」
「それで、キスは?」
ルカラの期待の眼差しに、ストラディゴスはたじろぐ。
したにはしたが、酒場の前で、額にである。
「……したよな?」
ストラディゴスは、いらない見栄を張った。
彩芽は、バカだなと思いながらも笑う。
「じゃあ、ルカラにも証拠見せてあげて」
「はぇっ?」
彩芽に、突然キスを許可され、ストラディゴスは追い詰められた。
心の準備が出来ていない。
何度柔肌を見ようが、全裸ダッシュで抱き着かれようが、一度は口にキスをしようとしようが、額にはキスをしようが、そんな事でストラディゴスは、彩芽との関係を前には進めていない。
今のストラディゴスにとって彩芽の唇に触れる事は、あまりにも重大な事であった。
そのキスには、ストラディゴスにも説明出来ない価値があり、意味があり、人生の目標の一つでさえあった。
少女漫画の主人公でも昨今そこまで思いつめないであろう程に、ストラディゴスは彩芽とのキスと言う行為に対して高いハードルを感じていた。
「ほら、ストラディゴス。んむぅ~♡」
彩芽のふざけきったタコクチでさえ、ストラディゴスの目には崇高なものに見えた。
童貞力としては中々に高めであるが、恋愛チェリーを卒業したばかりのストラディゴスにとって、これはある種のファーストキスに近い感覚であった。
ストラディゴスは目を閉じ、勇気を振り絞って彩芽の唇に自らの唇をゆっくりと近づけていく。
唇の先に、ピトリと柔らかい感触。
ストラディゴスが天にも昇る思いで目を開けると、ストラディゴスの唇には彩芽の人差し指が触れていた。
「え?」
「時っ間切れ~♡」
「ええええええぇ!?」
彩芽は意地悪に笑い、ストラディゴスはホッとしつつ、少しふてる。
「ひどっ!? アヤメさん悪魔ですか!?」
ルカラは彩芽の意地悪を見て、勇気を出したストラディゴスに同情した。
期待させて、なんて突き落とし方するんだと。
「ご~め~ん~♡ ほら、ねっ!」
「なんだよ……」
ストラディゴスの唇に彩芽の唇が重なった。
大きく見開かれたストラディゴスの目を見て、ルカラは思わず見てはいけない物を見た様に顔を手で隠すが、指の隙間からしっかり見ている。
彩芽は、少し頬を染め、目を閉じている。
「っぷはぁ……機嫌は直った? お姫さま♡」
彩芽はペロリと舌で唇を舐め、悪戯な笑顔でストラディゴスに言った。
腰が砕けてストラディゴスは、その場から立てなくなり、荒い息で呼吸をなんとかするので精いっぱいだった。
彩芽からの不意打ちのキスで、ストラディゴスは自分の下着がいつの間にか濡れている事に気付く。
それから、自然と、泣いていないの目から涙が溢れて来たのだった。
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