ポンコツ女子は異世界で甘やかされる

三ツ矢美咲

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第23章

イラグニエフ、興奮する

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「我が理を世の理とし汝に示さん。我が理によって書き換わるは世の理、世に散る理の欠片を持って在るべき形を呼び起こさん。人は人へ、死は生へ……」

 バトラに髪箒を使わずに魔法をかけ、チョークで床板に刻印を書き、イラグニエフは難しそうな呪文を、今さっき書いた手記を読みながら長々と唱え始めた。

「その力は命へと変換され、時は死より遡らん……」

 これは、マリアベールがソート・ネクロマンスの一言で高速詠唱していた呪文を、短縮せずに片っ端から順番に口頭普通詠唱していると言う事らしい。

 どうやら、マリアベールの、魔法使いとしての領域は、魔法使いの中でも異質らしい。
 ヴェンガンとミセーリアでも補助具が無ければ、こうなると言う。

「え~……元の肉体と意思を持って、我に従え……我が願いは、道を同じくする意志……」

 彩芽は、だから補助具が無くなった途端に魔法使いとして無力化されたのかと、ようやく納得が出来た。
 使っていた魔法の維持だけでなく、再起動にこんなに時間がかかっては、実用性が無い。
 実戦でこんな長い口上を施術対象に聞こえる様に言っていては、魔法使いは唱え終わる前にやられてしまう。



 それからもイラグニエフの詠唱は続き、バトラが疲れから眠った頃、ようやく全ての詠唱を終えたのか手記が閉じられた。

「ふぅ……はぁ……」

「うまく、いったのか?」

 ストラディゴスが聞くと、イラグニエフはマラソンを完走したばかりの様に息を、はぁはぁと切らせて答える。

「うまくいった……ははっ! うまくいったよ! こんなクソ難しい大陸級の大魔法を……僕、本当に天才かも……」

 イラグニエフの言う通り、バトラの顔色が自然な状態に戻っていく。

「でかしたな、魔法使い」

「ねぇ、この魔法を作った人は、どんな人だったんだい?」
 イラグニエフは、急にそんな事を聞いてきた。

「ん? どうしてそんな事を?」

「ここだけの話、その人さ、死霊術師なんて呼ばれているけど、もしかしたら、この魔法は、元は別の事に使われていたのかもって思ったんだよね。じゃあ具体的に何かって聞かれると困っちゃうけど、多分、死者蘇生じゃなくて、もとは、超高度な回復魔法か何かだったんじゃないかな」

「へ、へぇ~、イラグニエフさん、そんな事まで分かっちゃうんだ……」
 彩芽は、マリアベールがリーパーとして死んだ事になっている為、答えに困る。

「これは、間違い無く外法だよ。死者が生き返るかは知らないけど、死体を動かすぐらいは出来そうだ。でもね、刻印や魔法式から逆算して詠唱までトータルで見たから分かるけど、そこまでやると、作った人の性格ぐらいは誰でも分かるからさ。この魔法は、君達が見ても分からないかもしれないけど、とても美しいんだ。外法中の外法の筈なのに、自然で、調和がとれている……僕は、君達に感謝しなくちゃいけないみたいだ。こんな物に触れたら人生の汚点にしかならないとか思っていたけど、この魔法に触れた事は、僕の人生の糧になるなんて言葉じゃ、到底言い表せないぐらいの価値がある。超一級の魔導書を読破するよりも、得る物が大きかったよ……」

 イラグニエフの、マウンティングしたり観念したりテンパったりしていた時とは人の違う、魔法を純粋に学ぼうとする者としての饒舌な言葉に、三人は顔を見合わせる。
 どうやら、そこまで悪い奴では無いし、見習い魔法使いとしては優秀な方である様だ。



「改めて自己紹介させてよ。僕はイラグニエフ。フラクシヌズに入って城付き魔法使いを目指そうとしている。まだ毛も生えてない卵だよ。さっきは無礼を働いて悪かったよ。その……疲れててさ、むしゃくしゃしてたんだ。君達もあるだろ、それぐらい」

「卵に毛?」とルカラが不思議そうな顔をする。
 無精髭も生えていて、見るからに毛深そうなイラグニエフを観察する。
「未熟って事だ」とストラディゴスが言うと、なるほど納得する。

「むしゃくしゃって……ま、まあ、こちらこそ、ベッドを譲れなくて……魔法試してくれて、そっちは本当助かりました」
 彩芽が握手を差し出す。
「私は木城彩芽。ただの旅人です」
 彩芽の手をイラグニエフが握る。

「俺はストラディゴス。言っておくが、リーパー殺しとは呼ぶな。他のもだ」
「わ、わかった」
 ストラディゴスとイラグニエフも握手をする。
 ストラディゴスの握力で、イラグニエフの笑顔が歪むが、先ほどの険悪さは無い。

「私はルカラです。よろしく」
「こちらこそ、よろしく」
 ルカラもイラグニエフと握手した。



「一つ、疑問だったんだけど、なんで侯爵夫人を助けようと? 酒場では知り合いだって知らなかったわけでしょ?」
 イラグニエフが、どうしても納得出来ないと言う風に聞いてきた。

「誰かが困ってたら助けたくならない?」

「いやいや、言っている意味は分かるけど、外法を使ってまで助けようなんて、普通思わないでしょ」

「だって、外法だなんて知らなかったし」
 彩芽は誤魔化す様に言う。

「……え?」とイラグニエフは呆気にとられる。
 死者蘇生が外法なんて事は、魔法の魔の字も知らない子供でも知っていると言う認識であったからだ。

「俺達は三人とも魔法には疎いし、アヤメは別の大陸の出身なんだ。その、なんだ、外法を使わせちまって悪かったな」

「あ、いや、それはもう良いんだ。外法をそのまま使った訳じゃないし」

「そのままじゃない?」

「僕の知らない術式が多すぎたから、かなり書き換えたんだ。僕じゃあ、あれをそのままじゃ起動させる事も出来ないよ。と言うか、死霊術師本人じゃないと、そのままは使えないんじゃないかな」

「そうなの?」
 彩芽は、魔法の中に一種の安全装置でもあるのかと思った。

「うん。だからさ、バトラ夫人が生きてるうちに魔法をかけられて良かったよ」
 イラグニエフは、辛い事も過ぎて見れば良い思い出とでも言う風な、晴れ晴れとした笑顔で答えた。



 * * *



「バトラは、魔法使い様、妻は大丈夫なんですか!?」

「容体は落ち着いてるけど、僕の魔法は未熟だから……外が晴れたら、ちゃんとした医者や魔法使いに見せた方がいいですけど」
 イラグニエフが自信無さげに答える。

「こんな事言ってるが、ちゃんと良くなってる」
 ストラディゴスがタンブル侯爵を安心させるようにフォローした。

「ああぁ、ありがとうございます。ありがとうございます!」
 タンブル侯爵がイラグニエフとストラディゴスに最上級の感謝を伝え、二人の手を握り締めた。
「何とお礼を言えば足りるのか……」

 小人族の青年も部屋に入ってくると、タンブル侯爵の背中を「侯爵、本当に良かったです」と擦りながら、バトラの容体が安定した事を喜んだ。

「皆さん、もしよろしければ是非共に夕食を、このお礼はマグノーリャに着いたら改めてさせていただきますが、あなた達をおもてなししたい」
 タンブル侯爵に夕食に誘われ、イラグニエフは、満面の笑みを浮かべる。
「ストラディゴスさん、あなたと、お連れの方も是非」

「良いのか?」

「思い出しました。あなたとは面識もあるのに、すぐに思い出せず申し訳ない。妻が働いていた時の友人と言う事は、存じております。良い友人だったと言う事も含めて。それに、あなたがイラグニエフ様を紹介してくれなければ、妻は今頃どうなっていた事か」
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