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第4章 訴えかける霊
第38話 遺棄現場
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晴高の車を降りた元気は、渋滞の雨の中、道路にたまった水を踏みちらしながら走っていた。
しかし、彼のことに気を留める人はいない。幽霊である彼の姿はほとんどの人には視えないのだから。
(どこだ……)
走りながら、阿賀沢の車を探す。あいつらが乗っていたのは、白いドイツ製の高級外車。片側二車線の甲州街道に車が列をなしていた。前方に事故を起こした車があるとのことで、この先が一車線通行に変更となっていたため車が詰まってしまったのだ。そのうえ、この雨だ。いつもより車の数そのものが多い。
さらに横道からどんどん車が入ってくるため、列は長くなる一方だった。
(どこだ。まさか見逃したなんて)
もしこちらが見逃している間に横道に入られてしまえば、それ以上車をたどれなくなる。
心臓なんてとっくに火葬されて自分の身体にはないはずなのに、ドクドクと脈打つようだった。彼らは阿賀沢浩司の遺体を確認しにいったに違いない。これを逃せば、もう二度と彼らから遺体の隠し場所を引き出すことはできないかもしれない。それを思うと、焦りが強くなる。
と、そのとき。目の端に見覚えのある白いセダンが映った。
(あった!)
間違いない。阿賀沢良二の車だ。
元気は車のそばまで走り寄ると、ドアをすり抜けて車の後部座席に乗り込んだ。こういうとき幽霊の身体は便利でいい。普段はあまりやらないが、幽霊にとって物理的な障壁はあまり意味をなさない。もちろん結界やなんらかの札など張られると入れなくなることもあるが、そういう場所はあまり多くない。
運転席には良二、助手席には咲江の背中が見える。脅しが効いたのか、彼らは一言も発しないまま黙々と運転していた。ただ良二がいらいらした様子でハンドルを指でたたく音だけが、雨音と一緒に聞こえていた。
まさか元気の霊が乗っているとはつゆとも思わず、良二の車はしばらく甲州街道をひたすら走って八王子を超え、やがて山間部へと向かっていった。
山の中を走りだしてからも既にかなりの時間が過ぎたころ、車はようやくスピードを落として、止まる。雨はすっかり止み、雲の合間から晴れ間が覗いていた。
そこは舗装された道すらない、山の奥深くだった。周囲は高い木々に覆われ、まだ日が出ている時間帯だというのにどこか薄暗い。
二人は車から降りると、木々の茂った斜面を降りていった。
「たしか、この辺りだったんだよな」
「もう覚えちゃいないわよ。ああ、やだ。早く帰りましょうよ。薄気味悪いわ」
咲江は自分の身体を抱くようにして、文句を言う。
「そんなこといったって。もし本当に野犬なんかが掘り起こしててみろ。遺体が見つかりでもしたら、一巻の終わりだぞ。そろそろ白骨化してるだろうから、一回取り出してどこか別のところに隠すのもありかもしれんな」
そんな恐ろしいことを口にしながら良二は斜面を下る。
「たぶん、この辺りなんだ。遺体やら骨やら、見えるか?」
良二はキョロキョロと辺りを見回す。後からついてきた咲江もしぶしぶといった様子だったが、同じように辺りを調べていた。
「ふぅ。なんだ。なんもねぇじゃねぇかよ。最近雨が多いから土が流れ出して、遺体が出てきたんじゃねぇかと心配になったが。ったく、あの不動産屋ども。適当なこと言いやがって」
「きっとあれよ。私たちから、金でもたかろうと思ってんじゃないかしら」
しゃべる彼らのそばで、元気はしゃがむと草をかきわけた。
そこには血の気のない手が土の中から生えているのが見える。
しかし、阿賀沢夫妻にはこの手は見えていないようだ。これは遺体の手ではない。阿賀沢浩司の霊体の手だ。
(あなたは、ここに埋まってるんですね。もうすぐ、警察に連絡して掘り返してもらうから、それまで……)
そんなこととは知らない阿賀沢夫妻は、遺体がちゃんと埋まっていることに安心したのか先ほどとは打って変わって口数が多くなる。安堵からか、周りに彼ら以外の誰もいない場所だからか。彼らは、事件のことを口にし始めた。
「ったく。もっと深くうめときゃよかったのよ」
「ほんとにな。あんときは、気が動転してたから。あれだな。兄貴の方ももっと考えて殺《や》りゃよかったな。その点、あのバカな銀行マンは上手くいったが」
元気がピタリと動きを止める。彼らは元気がすぐそこにいるとは気づきもせず、元気の殺害のことを話しだした。その口調は、とても軽い。
「やっぱ、事故に見せかけるっていいわよね。金ちらつかせれば、いくらでもやる人間はみつかるし」
「そうだな。怪しまれねぇようにあの銀行マンの葬式にも顔出したが、彼女っぽい若い女の子が棺にしがみついてわんわん泣いててな。泣きそうになるのをこらえるのに必死だったよ。笑っちまいそうでさ」
ガリっと元気は地面の土を握りこんだ。目の前に緞帳がおりたようにスッと暗くなったような気がした。
こいつらは、何を話してんだ? 何がおかしかったって? 何が笑いそうだったって?
元気の脳裏に、自分の葬式の記憶がちらつく。掲げられた自分の遺影。ボロボロに壊れた身体が入った棺の前で、大好きだった彼女が泣いていた。
遺影の中の自分は、馬鹿みたいに明るく笑っていた。
心の中が真っ黒に塗りつぶされていく。
なんで、お前らが生きてんだ。なんで、俺は死んでんだ。なんで。なんで。なんで。
オナジオモイヲ アジアワセテヤル
しかし、彼のことに気を留める人はいない。幽霊である彼の姿はほとんどの人には視えないのだから。
(どこだ……)
走りながら、阿賀沢の車を探す。あいつらが乗っていたのは、白いドイツ製の高級外車。片側二車線の甲州街道に車が列をなしていた。前方に事故を起こした車があるとのことで、この先が一車線通行に変更となっていたため車が詰まってしまったのだ。そのうえ、この雨だ。いつもより車の数そのものが多い。
さらに横道からどんどん車が入ってくるため、列は長くなる一方だった。
(どこだ。まさか見逃したなんて)
もしこちらが見逃している間に横道に入られてしまえば、それ以上車をたどれなくなる。
心臓なんてとっくに火葬されて自分の身体にはないはずなのに、ドクドクと脈打つようだった。彼らは阿賀沢浩司の遺体を確認しにいったに違いない。これを逃せば、もう二度と彼らから遺体の隠し場所を引き出すことはできないかもしれない。それを思うと、焦りが強くなる。
と、そのとき。目の端に見覚えのある白いセダンが映った。
(あった!)
間違いない。阿賀沢良二の車だ。
元気は車のそばまで走り寄ると、ドアをすり抜けて車の後部座席に乗り込んだ。こういうとき幽霊の身体は便利でいい。普段はあまりやらないが、幽霊にとって物理的な障壁はあまり意味をなさない。もちろん結界やなんらかの札など張られると入れなくなることもあるが、そういう場所はあまり多くない。
運転席には良二、助手席には咲江の背中が見える。脅しが効いたのか、彼らは一言も発しないまま黙々と運転していた。ただ良二がいらいらした様子でハンドルを指でたたく音だけが、雨音と一緒に聞こえていた。
まさか元気の霊が乗っているとはつゆとも思わず、良二の車はしばらく甲州街道をひたすら走って八王子を超え、やがて山間部へと向かっていった。
山の中を走りだしてからも既にかなりの時間が過ぎたころ、車はようやくスピードを落として、止まる。雨はすっかり止み、雲の合間から晴れ間が覗いていた。
そこは舗装された道すらない、山の奥深くだった。周囲は高い木々に覆われ、まだ日が出ている時間帯だというのにどこか薄暗い。
二人は車から降りると、木々の茂った斜面を降りていった。
「たしか、この辺りだったんだよな」
「もう覚えちゃいないわよ。ああ、やだ。早く帰りましょうよ。薄気味悪いわ」
咲江は自分の身体を抱くようにして、文句を言う。
「そんなこといったって。もし本当に野犬なんかが掘り起こしててみろ。遺体が見つかりでもしたら、一巻の終わりだぞ。そろそろ白骨化してるだろうから、一回取り出してどこか別のところに隠すのもありかもしれんな」
そんな恐ろしいことを口にしながら良二は斜面を下る。
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しかし、阿賀沢夫妻にはこの手は見えていないようだ。これは遺体の手ではない。阿賀沢浩司の霊体の手だ。
(あなたは、ここに埋まってるんですね。もうすぐ、警察に連絡して掘り返してもらうから、それまで……)
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「ったく。もっと深くうめときゃよかったのよ」
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元気がピタリと動きを止める。彼らは元気がすぐそこにいるとは気づきもせず、元気の殺害のことを話しだした。その口調は、とても軽い。
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こいつらは、何を話してんだ? 何がおかしかったって? 何が笑いそうだったって?
元気の脳裏に、自分の葬式の記憶がちらつく。掲げられた自分の遺影。ボロボロに壊れた身体が入った棺の前で、大好きだった彼女が泣いていた。
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