好きになった人は、死人でした ~幽霊物件対策班の怪奇事件ファイル~

飛野猶

文字の大きさ
41 / 54
第4章 訴えかける霊

第41話 おかえり。ただいま。

しおりを挟む
 空が夕焼けに染まる、黄昏たそがれ時。
 晴高の車は、スマホの地図アプリを頼りに森の中の舗装されていない道を進んでいた。元気に教えられた地点にはもうかなり近いはず。

「いた。あそこだ」

 晴高は念のため、少し手前で車を止めた。山道の路肩に、膝立ちになり頭を垂れた人影が見える。千夏と晴高は車から降りた。離れていてもわかる、明るめの髪色にスーツ姿の長身の男性。

「元気……!」

 千夏が元気のもとに歩いていこうとするのを、晴高は腕を掴んでとめた。

「晴高さん……」

 晴高は目を細めて注意深く元気を観察する。無言で眺めていたが少しして、はぁと小さくため息を漏らす。

「いまのところ、大丈夫そうだ。悪霊っぽい気配は感じられない」

 それを耳にした瞬間、千夏は元気の元に駆け出していた。

「元気!」

 彼は、膝立ちのまま握りこんだ両手をひたいにあて、祈るような姿勢のまま微動だにしなかった。千夏は彼の手前で立ち止ると、おそるおそる彼に近づいていく。

「……元気?」

 千夏が近づいてくる気配に気づいたのか、彼がゆっくりと顔をあげた。
 そして千夏の顔をみると、心の底から安堵したような表情を浮かべる。彼の頬は涙で濡れていた。

「千夏……。俺、あいつらに……あいつらを殺そうと思った。でも……でも……」

 彼が大事そうに包み込んでいた両手を開いた。その手のひらには、共に交わしたあのリングが握られていた。

「千夏を失いたくなかった。もう一人になんかなりたくない。ただ、君の存在だけが……君を想うと、こっち側にいなきゃだめだって思って……」

 千夏も彼の前に膝をつくと、彼の両手を自分の手でやさしく包み込む。
 彼がぎりぎりのところで踏みとどまってくれたのがわかった。それがどれだけ、強い意志を要するものだったことか。どれだけ、たくさんの感情を乗り越える必要があったのか。それらを乗り越えて、いまここに元気がいる。元のままの彼がいる。そのことに、嬉しさと感謝の気持ちでいっぱいだった。

「うん……こっち側にいてくれて、ありがとう。元気。あなたに会いたかった。ずっと」

「俺も……」

 彼とひたいをくっつける。ぎゅっと包みこんだ彼の手を強く握って、どちらともなく目を閉じた。温かな体温とともに彼の優しさが伝わってくるようだった。お互いの存在がすぐ間近に感じ、溶け合うように思えた。

「おかえり。元気」

 顔を離してそう笑みをこぼすと、彼の顔にも笑顔が広がる。

「ただいま」

 そう返した彼は、優しく穏やかな彼のままだった。




 その後。
 千夏たちは警察に全てを伝えた。
 とはいっても、霊云々のところはそのまま伝えたところで信じてもらえるはずもない。そこで、多少話を脚色することにした。

 幸運にも、生前の元気と晴高は同じ建物で仕事をしていた時期がある。そこで、当時から元気と晴高は友人だったということにしたのだ。会社は違えど、同じ建物の二階と三階で働く間柄。何かの拍子で知り合って友人になっていたとしても別におかしくはない。

 そして、元気は生前、阿賀沢浩司の殺害と遺体遺棄を偶然知ってしまい、あの殺害の瞬間が写った写真のアドレスとともに、「もしかしたら自分も殺されるかもしれない」と記した直筆の手紙を晴高に渡してあったことにした。

 ちなみに、その手紙は幽霊になった元気が書いたものだ。

 晴高はずっとその手紙と写真を持っていたが、報復を恐れて警察に言えずにいた。しかし、たまたまあの神田の物件を調査することになり、そこで元気のスマホを発見したことで今になってすべてを警察に打ち明けることにした……という筋書きにしたのだ。

 警察は筆跡鑑定の結果、その手紙を高村元気の直筆のものと認定。
 そこに書かれた証言をもとに都内の山中を捜索したところ、白骨化した遺体を発見した。DNA鑑定の結果、その遺体は阿賀沢浩司のものと断定された。

 すぐに逮捕状が発行され、阿賀沢良二とその妻・咲江は逮捕される。
 そのとき、彼らはひどく衰弱した様子で、あっさりと罪を認めたのだという。

 また、交通事故として処理されていた高村元気の件も捜査が開始された。
 高村元気を車で轢いた男も、阿賀沢夫妻が逮捕されるとすぐに、多重債務の肩代わりを条件に殺害を依頼されて引き受けたことを自白した。
 それにより、実行犯の男はもちろんのこと、阿賀沢夫妻も高村元気の殺人教唆で再逮捕されたのだった。




 阿賀沢夫妻が逮捕されたあと、千夏たちは神田のあの物件へと報告に訪れていた。
 手には日本酒。ささやかだが、阿賀沢浩司への礼も兼ねてだ。
 晴高は元気のスマホが見つかったあの場所へ酒を撒くと、しゃがんで線香に火をともして地面に挿し、手を合わせた。
 その隣で、千夏と元気も手を合わせる。

「ありがとう。あなたが、俺のスマホをずっと守っててくれたから。あいつらに罪を認めさせることができました」

 そう、元気が言う。しかし、もうこの場には霊の気配は一切感じられなかった。それどころか、清涼な空気であたりが満たされている。
 あの人は、きっともう逝ってしまったのだろう。

「あと……あのとき。俺を止めてくれましたよね。ありがとうございました」

 浩司が元気の足を掴んで止めていなければ、元気は良二を絞め殺していただろう。彼がなぜあのとき元気を止めたのかはわからない。いくら自らを殺した相手とはいえ弟を死なせたくはなかったのか。それとも、元気に罪を犯させないようにしてくれたのか。そのどっちの理由もありえる気がしていた。なにはともあれ、元気がいまも千夏のそばにいられるのは、彼のおかげでもある。

 元気は礼を込めて深く頭を下げると、隣にいる千夏に目を向けた。千夏と目が合う。どちらともなく微笑みあうと、指を絡めた。

「さてと。帰るか」

 空瓶を持って立ち上がった晴高に、千夏が手をたたいて「そうだ」と声を上げる。

「打ち上げ、っていうとおかしいですが、おつかれさま会しましょうよ。なんだか日本酒見てたらお酒飲みたくなっちゃった。ちょうど今日、鍋しようと思ってたんです。晴高さんもうちに来ませんか?」

「……なんで俺が、お前らと鍋なんかしなきゃなんないんだ」

 相変わらず晴高はむすっと不機嫌そうだったが、元気はぽんぽんと彼の背中を叩く。

「いいじゃん。今日、寒いから鍋うまいよ、きっと。どうせ、お前。家に帰っても寝るだけだろ?」

「お前らは俺をなんだと……」

 そこまで言ったあと、晴高ははぁと息を吐く。

「……マロニーがあるなら行く」

「晴高さん、マロニー好きなんですか」

「鍋のメインは、マロニーだろ。むしろそれだけあればいい」

「ずいぶん偏ってません!?」

 驚く千夏をよそに、元気はけらけらと楽しそうに笑う。

「カニも入れようぜ。チゲ鍋なんかもいいな」

「マロニーさえあれば、なんでもいい」

「マロニー偏愛すぎですよ!?」

 そんな雑談を交わしながら三人は防音シートで覆われた出口へと向かって歩いて行った。そのシートの表には、新しい工事掲示板の白い板が張られていた。マンション工事の再開ももうすぐだ。

 その夜、マロニーばかり食べようとする晴高の器に、元気と千夏がどんどん魚介や野菜を積んでいったのは言うまでもない。


(第4章 完)
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

処理中です...