【R18】即尺令嬢は婚約破棄されてもやめられない

蛙壺

文字の大きさ
6 / 8

はくじつのもとに

しおりを挟む
 鼻つまみ者が去った、その翌日ーー

 午後のティータイムを楽しんでいるサブリナの部屋に、ふたりの人間が訪れていた。

 ひとりは、使用人のタチアナ。
 そしてもうひとりは……

「まあ、アルバートじゃないの!」

 彼の姿を認め、サブリナは喜色満面で名を呼んだ。
 愛しい愛しい婚約者の名前である。
 ウールウォード家の嫡男で、軍人だ。

「サブリナ。変わらず美しいな」
「あなたのためですもの」

 言いながらサブリナは駆け寄り、アルバートの胸に飛び込んだ。
 軍服を着た大きく長い腕が彼女を包む。
 サブリナは、すこしだけ火薬のにおいのする、彼の腕の中が大好きだった。

「……タチアナ、あとは私が。心配してくれてありがとう」
「はい」

 アルバートが目配せすると、タチアナは扉を閉めて出て行った。
 そのときに自分へと注がれていた疑いに満ちた目に、サブリナは気づいていない。

 数ヶ月ぶりに逢う、婚約者のにおい。
 彼女は全身で吸い込んでいた。

 ーーが、

「タチアナから聞いたぞ」

 突然、頭の上から硬く低い声が聞こえてきた。
 婚約者との逢瀬を楽しむような声色ではない。

 はっとして、サブリナが抱きついたまま見上げると、アルバートは彼女の抱擁を解いて、すこし距離を置いて立たせた。
 サブリナが首を傾げて問う。

「? タチアナが、何か……?」

 サブリナは、タチアナを手際の良い使用人と捉えていた。
 専属で世話をするようになってからまだ一年弱だったが、丁寧にそつなくこなしてくれている。

 今朝だって、汚れていたサブリナの顔をきれいに拭いてくれた。
 床の掃除も隅々まで行ない、薔薇の香りの香水で部屋をリフレッシュしてくれたことに、サブリナは感心していた。

 きょとんとするサブリナに、渋面のアルバートが告げる。

「ゆうべ誰が来たか、私に正直に言いなさい」
「え……」

 アルバートを見る。
 これまで見たことがない表情で彼女を見ている。

 サブリナは、彼が怒りを抑えていることに気づいた。
 こんなことは初めてだった。

「あ……あ……ごめんなさい。ごめんなさい、アルバート!」
「正直に言うんだ。たまたま訪れた私に、真っ青になったタチアナが教えてくれたんだ。ゆうべ、いったい誰と会っていた?」

「ごめんなさいーー」
 サブリナは涙を流しながら答えた。
「名前は、聞いてないの」
 そして続ける。

「わたしにはあなたしかいません。だから、わたしを頼ってくださるかたのお名前なんて、まるで興味がないの。名前がそんなに重要だなんて思ってなくって……」
「私は名前に興味があって言ってるんじゃない!」

 サブリナはわからなかった。
 彼女の肩を掴んで怒鳴る、アルバートの怒りの意味がわからなかった。

 彼の軍服から漂う火薬の匂いが、敵兵を撃ったものなのか、訓練で的を撃ったものなのか、気になりも訊きもしないように。
 彼女は、自分が果たしているについて、彼がなぜそこまでこだわるのか理解できなかった。

 ただーー

 こうやって彼女に詰め寄る男の対処法は、心得ている。

「サブリナ⁉︎」

 彼女はアルバートのまえにひざまずき、いつものように手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...