【完結】世界で一番嫌いな男と無理やり結婚させられました

華抹茶

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4 何をやろうとしている?

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 食事が終わった後、ジョシュアは自室へと戻りまた魔道具からの連絡を眺めていた。

 沢山の同僚たちから送られてきた連絡は、どれもこれも『あいつと結婚なんて大丈夫か!?』や『いじめられていないか?』や『理不尽な事をされていないか?』などといった、ジョシュアを心配しているものばかりだった。

 確かにいけ好かない奴ではあるが、自分の分の食事を用意してくれ、しかもそれがかなり美味しかった。わざと不味く作ったりすることも出来たし、なんならちょっとした痺れ薬なんかを仕込むことも出来る。動けなくなったところをボコボコに殴ったりすることだって出来たのだ。

 だがそんなことは一切なく、むしろステーキを床に投げ捨てたジョシュアを叱った。その時の言葉は正論だったし、自分がしでかしたことを恥じた。だから素直に謝れたし、食事を無駄にしないようそれを全部食べようと思った。

 ヴァージルもそれ以上何かを言う事はなく淡々と食事をしていた。もっと文句を言われるかと思っていたのに。

「……なんか調子狂うな」

 今までのように顔を合わせれば嫌味を言い合い、怒鳴り合ったことも多かった。
 勝手に結婚させられて、狭い家に押し込まれてこの家には二人きり。だから当然ずっと言い合いになるだろうと思っていた。

 初めて会った時から嫌な奴だったし、父が言うようにイスエンド家は底意地の悪い奴しかいないと思っていた。
 だけどそんな奴が『満足に食べることの出来ない人がいることを知らないのか』と言うだろうか。
 ヴァージルが食べる分だけを作ったっておかしくないのに、わざわざ自分の分まで作ってくれるだろうか。

「あー……もうわかんね」

 今日は色々ありすぎた。頭の中がぐちゃぐちゃだ。お陰で大したこともしていないのに体は疲労困憊。入浴しようかと思ったが面倒だと思い、浄化魔法で体をさっと綺麗にする。そしてクローゼットを開けて用意されていた寝間着に着替えた。

 一瞬椅子に座って寝ようかと思ったが、これがずっと続くと考えたらぞっとする。休める時に休めないのは魔術師としてのパフォーマンスが落ちてしまう。本心は嫌だが仕方がない。そう思って寝室へと向かった。

 寝室にはまだヴァージルの姿はなかった。内心ほっとしてベッドへと乗り上げる。ベッドはキングサイズで男が二人寝ても十分な広さがあったことが救いだ。左端に体を寄せて体を横向きにした。ヴァージルが同じようにベッドに横になった時に背中を向ける形だ。

 そのまま掛け布団を頭まですっぽりとかぶり目を瞑った。相当精神的に疲れていたのだろう。ジョシュアはあっという間に夢の中へと落ちて行った。

 

 翌朝。腕に付けていた魔道具が震え、起床時間を知らせる。まだ眠い目を擦りゆっくりと体を起こした。ふと横を見ればヴァージルが寝ていた。どうやらヴァージルも素直にベッドで寝たようだ。そしてジョシュアが起きた事に気づいていない。
 時刻はまだ早朝。ジョシュアは日課である鍛錬をしようとそっと音を立てずにベッドを降りた。

 さっと水で顔を洗い、はっきりと目を覚ます。自室で着替えると庭へと出た。風はまだ少し冷たい。お陰で体も気持ちもシャキッとした。
 ふぅ……と深く息を吐きだしたところで、まずは準備運動だ。軽く屈伸や上体を捻ったりした後、剣を手に取り素振りを始める。

 いくら魔術師といえども近接戦闘にならないとは限らない。素早い動きの魔獣であれば、攻撃魔法をすり抜けて襲い掛かってくることもある。特に白魔術師は攻撃魔法がそこまで得意でない者が多い。そんな時自分の身を守れるようにある程度剣の扱いに慣れておく必要があった。
 
 素振りの後は仮想敵を思い浮かべながら実戦のように剣を振るう。上から飛び掛かられたらこう、下にいる敵にはこう、頭の中で色々な状況を思い浮かべながら剣を振るう。途中、剣に魔法を纏わりつかせる練習も行った。これをすることにより威力が増し、硬い物であっても切ることが出来るようになる。

 ある程度体を動かしていると息が上がった。少し冷たい風が熱い体には心地よく、構えを解き深呼吸すれば肺の中へ冷たい空気が入り込んだ。

 そして剣を仕舞うと自分の体に薄く結界を張る。ちょっと攻撃されればあっという間に壊れる程度の物だ。そしてその結界の外に氷の矢を顕現させ矢尻の部分を自分に向けた。氷の矢はそのままジョシュアに向かって放たれた。結界を突き破り頬をかすめる。ジョシュアの頬からは鮮血が垂れ落ちた。

「おっ……前っ! 何やってる!?」

「あ?」

 焦ったような声が聞こえて振り向けば、ヴァージルが驚愕の顔でジョシュアを見ていた。起きてからこいつも庭へと出て来たらしい。

「自分に向かって攻撃魔法を撃つなんて何やってるんだ!?」

「……ああ、そういうことか」

 攻撃魔法は基本、人に向けて撃ってはいけない。ただし正当防衛にあたる場合は別だ。

 このことは幼い時から例外なくどんな身分であっても言い聞かされること。戦争時の場合を除き、人に向けて攻撃魔法を撃つというのは他人であっても自分であってもあり得ないことなのだ。

 ジョシュアは頬の傷に手を当て治癒魔法をかける。垂れていた血を乱暴に拭うとそこにあった傷は無くなっていた。
 
「お前が白魔術が得意な事は言わなくても分かってる。だけどなんで自分に攻撃魔法を撃った?」

 ヴァージルが詰めよれば、ばつが悪そうにジョシュアは頬をかいた。

「あー……いや、この前の遠征でさ。白魔術師団が作った結界が甘かっただろ?」

 先日のキマイラ討伐の際、白魔術師団が張った結界が弱く黒魔術師団の団員が怪我をしてしまった。
 白魔術師団の団員がキマイラの攻撃力を見誤ったことと、直前に黒魔術師団の団員と言い争っていたことが原因だ。イライラとして魔術の精度が落ちてしまい、本来であればしっかりと防げた攻撃を貫通させてしまったのだ。

 怪我をした黒魔術師団の団員は、直ぐに治癒魔法をかけられ無事だったのだがそのことでまた喧嘩に発展。ギスギスとしたまま討伐を終えた。

「あれは白魔術師団のミスだ。どんな事があっても仕事に私情は挟むべきじゃない」

 それを聞いたヴァージルは軽く目を見開いた。確かにジョシュアとは散々言い合いしまくっていてお互いにお互いを嫌っている。だがジョシュアは仕事で手を抜いたことは一度もない。それはヴァージルも分かっているが、ジョシュアの口からそんな言葉が飛び出すとは思っていなかった。

「もし今後もっと危険な魔獣との討伐で、しっかりと結界を張っていたとしても怪我をしてしまった場合、白魔術師団が治癒魔法をかける前に怪我を治せたらって思ったんだ」

 ジョシュアの考えはこうだ。もし結界を貫通して敵の攻撃を受けてしまった場合、結界に最初から治癒魔法が発動するよう設定しておく。そうすれば怪我をしてもその瞬間すぐに治り戦闘に支障が出ないのではと考えたのだ。

 黒魔術師団の団員も優秀な人間ばかりだ。一瞬の痛みはあるだろうが、傷がすぐに治ってしまえばそのまま場を離れることなく攻撃を続けることが出来る。
 その時に倒すことが出来なくともその場から離れる隙を作ることは出来るし、それが出来れば態勢を立て直すことも出来る。
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