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6 新しい魔術の可能性

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「……今度は何をやろうとしてるんだ?」

 いつの間にか近くに来ていたヴァージルに声をかけられる。その顔は少し呆れを含んでいるように見える。ジョシュアはふいっと目を逸らし、はぁ、とため息を吐いた。

「……二つの魔法を同時に発動させようと思ったんだ。だけど上手くいかなくて……」

「ああ、なるほど。……じゃあお前が結界を張って僕が治癒魔法をかけるか」

 ヴァージルの言葉を聞いたジョシュアはまたハッとした顔でヴァージルを見つめる。

 ヴァージルも二つの魔法を同時に発動させたことはない。というかやったことはない。だが黒魔術が得意なヴァージルでも、ジョシュアほどではないが治癒魔法を扱う事は出来る。なら今すぐ出来ることは、二人で別々の魔法を使う事だ。
 
「よし! じゃあ俺がゆっくり結界を張るから合図したら治癒魔法をかけてみてくれ」

「わかった」

 ジョシュアは早速、ゆっくりと結界を発動させていく。そして白魔術の魔力が結界魔法へと変わるその瞬間、ヴァージルに合図を出しヴァージルは治癒魔法をかけた。だがタイミングが合わずに失敗。

 だが二人はそこで諦めずに何度も同じことを繰り返していく。そして十回目を過ぎた頃、二人の目標は達成した。

「……え? 出来た……?」

「ああ……恐らくだが、出来てるはずだ」

 ジョシュアは結界の外に氷の矢を作り出し、それを自分に向けて発射させた。結界をパキンと割り、ジョシュアの頬を掠めて行く。

「おい! またお前はいきなりっ……!」

「ヴァージル!!」

「っ!?」

 ジョシュアがまた氷の矢で自分を傷つけたことで声を荒げたヴァージルを、ジョシュアの歓喜の声が遮った。

「見ろよ! 成功したぞ!!」

 きらきらとした笑顔をしたジョシュアの頬には傷が全くついていなかった。だが少しだけ血痕が残っていることで、そこに傷があったことが分かる。

「……本当に成功したのか。嘘、だろ……」

 ジョシュアの頬をすりすりと触って確かめて傷がないことを改めて確認する。だが何度見ても触っても傷は見当たらなかった。ということは、誰も成しえなかったことを今ここで二人がやり遂げた事になる。

 じわじわと感動がせり上がり、歓喜で手が震えて行く。前代未聞の偉業を成し遂げたことをゆっくりと、だが確実に実感する。

「やったな、ヴァージル!! 俺達で見つけたんだ!! 新しい魔術の可能性を!!」

「ああ……凄い、凄いぞ! 僕たちがやったんだ! まさか成功するなんて信じられない!」

「「やったーー!!」」

 二人は感動のあまり、勢いよく抱きしめ合った。そのまま背中や肩をバンバンと叩き合い「あはははは!」と笑い声が自然と重なった。

 だがここではたと気が付きバッとお互い身を離した。

「あ、いや……えっと、協力してくれて、ありがと……」

「あ、ああ……別に、構わない……」

 つい先ほどまで二人共笑顔で抱き合って喜んでいたのに、相手が嫌いな男だったことを思い出し気まずい空気が流れる。

「よ、よし! 結界に治癒魔法を仕込むことが出来るっていうのが分かったから、今度は自分一人で出来るように練習あるのみだな!」

「そ、そうだな! 僕も黒魔術で同じことが出来ないかやってみる」

 「あは、あはははは……」とお互い乾いた笑い声を上げるしかなかった。

 ジョシュアはコホンと一つ咳払いをすると、早速二つの魔法を同時に発動する訓練を始めた。右手に結界魔法、左手に治癒魔法。だがどうしても操作が上手くいかず失敗続きだった。

 一方ヴァージルも同じく右手に火魔法、左手に水魔法を発動させる。だが同じく上手くいかない。

「やっぱ基本は魔力操作だよな」

「ああ。それをもっと極めて行くしかないだろう」

 と魔術の基本である魔力操作を初心にかえり、お互いとことん長時間やり続けた。

「右と左で別の動きが出来るようになったぞ!」

「僕もだ。だがまだ練度が甘いな。続けるぞ」

「おう! やるぞ!」

 もうお互いが嫌いだったなんてことはすっかり忘れていた。夢中になって二人で魔力操作の訓練をする。体の中でただひたすらにぐるぐる魔力を動かすだけの訓練は、つまらないため魔術を扱えるようになると誰もそれ以上の事はしない。

 だがこの二人は大きな目標の為にひたすらに同じことを繰り返していく。こうやったらいいんじゃないか、こうしたら上手くいった、などお互いに情報交換しながら研究する。なにより大好きな魔術を、魔術が得意な人間と共に研究、訓練できることがとてつもなく楽しい。
 
 そこから数日、二人はこの訓練に時間を注いだ。休憩を挟みながら同じことを繰り返す。

 そのお陰なのか二人の間にはいつの間にか以前のようなギスギスとした空気はなくなり、気安い友人のような関係になっていった。二人とも魔術の才能が高く、魔術師として最高峰の血筋を持っていることに誇りを持っている。そしてどちらも魔術が大好きだった。同じ趣味を持つ者同士、距離が縮まるのはあっという間だった。

「……出来た。出来たーーー!!」

「僕もだ! 信じられない! 凄い、凄いぞ!!」

 そしてとうとう二人の努力が実を結ぶ。ジョシュアの右手には結界魔法、左手には治癒魔法。ヴァージルの右手には火魔法、左手には水魔法。それぞれが一人で違う魔法を同時発動することに成功していた。

「ヴァージル!」

「ジョシュア!」

 それぞれ興奮を抑えきれずそのまま熱いハグを交わす。そして「お前ってすげぇよ!」「いや、それを言うならお前もだろ!」とお互いがお互いを褒め合っている。

「あー、俺達ってすげぇ! こんなに興奮したのいつぶりだ?」

「僕もだ。もう気持ちが収まらない。よし! 今日は豪勢に祝おう! 酒も確かあったはずだ。朝まで飲んでやろう!」

「お、いいねぇ! 賛成! よっし! じゃあさっさとつまみも作って宴会やるぞ!」

 そう言うと二人は競争でもしているかのように一気にキッチンへ駆け出し、協力して料理を作り上げる。それをテーブルに並べるとヴァージルはワインを数本取り出し適温にさっと冷やした。コルクを抜きグラスに注ぐ。そしてその一つをジョシュアに差し出しカチンとグラスを鳴らした。

「俺達の偉業に乾杯!」

「新しい歴史の幕開けに!」

 それからはお互い興奮しながらこれまでの事を振り返っていった。今まで不可能とされていて、誰も成しえなかったことをやり遂げたことを称え合う。そこからは魔術議論に発展し、あーでもないこーでもないと話に花を咲かせた。

 夜も更け、用意したつまみもとっくになくなった頃。ジョシュアはワインが入ったグラスを静かにテーブルに置いた。そしてふぅ、と深く息を吐きだすとヴァージルを見つめた。

「お前ってちゃんと話すと良い奴なんだな。今まで俺は父上たちに色々聞かされててそれを鵜呑みにしてた」

「……ジョシュア」

「今までごめん。お前の事ちゃんと見てなかったし勘違いしてた」

「それを言うなら僕もだ。僕も父上たちに言われて、お前が本当に最悪な人間なんだって決めつけて。今までごめん。そう思ったら学生時代とか勿体なかったな」

 その時からこんな風にいられたら、今頃もっと魔術について色々と話し合ってもっと高みにいたかもしれないのに。
 
「俺もそう思うけど、今からだって遅くない。それに俺達の仲が悪かったから今回の事があったんだ。きっとそれでよかったんだよ」

「ジョシュア……そうだな。うん、きっとそうだ」

 そしてジョシュアもヴァージルもいい笑顔でグラスを傾けた。それを飲み干すと、用意した酒も全て無くなった。

「ヴァージル、まだ飲むだろ?」

「ああ、今日は気分が良い。まだまだ足りない。ワインを取って来るよ」
 
 ヴァージルがそう言って席を立とうとすると、それをジョシュアが止めた。

「いいって。俺が取って来るよ。そこで待ってろ」

 ジョシュアが席を立ち、空いた皿を手に取った。その時にヴァージルの後ろへ回り皿を回収していく。だがその時酔っていたからだろう、椅子の足に躓きヴァージルの背中に圧しかかるような形になってしまった。

「っ!?」

「おっと……悪い悪い。ふぅ、皿が割れなくてよかった。じゃ、そのまま待ってろよ」

「あ、ああ……」

 ジョシュアは鼻歌を歌いながらキッチンへ行くと皿を置き、ワインが仕舞われている場所へと向かっていく。

「???」

 ヴァージルは一人困惑していた。後ろからジョシュアの体が触れた時、まるで後ろから抱きしめられたかのように錯覚しドキっと心臓が高鳴ったのだ。

「お待たせ~。ん? どうした? 顔がさっきより赤いぞ?」

 ワインを数本持ち戻って来たジョシュアが不思議そうに尋ねた。

「えっ!? いやっ、酔っただけ、だろうっ……! そ、そうだ! 食べ物もなくなったし、僕が何か、作ってくるッ!」

「え? そうか? じゃ頼むわ。ありがとな、ヴァージル」

「ひぅっ!」

 その時のジョシュアの笑顔にドキッとしたヴァージル。不覚にも可愛いと思ってしまった。変な顔をしているかもしれない。見られたくなくてさっさと背を向けてキッチンへと立った。すぐ近くにジョシュアがいる。そう考えると何故だかやけに緊張した。だが顔を見なければマシだと、僕は一体どうしたんだと、心の中で自問自答しながら無我夢中で料理を作っていく。

 後ろではジョシュアが上機嫌に鼻歌を歌っている。ちょっと音痴だがヴァージルはその声に聞き入っていた。だがそこでハッと気が付く。

「……きっと酔ってるからだ。そうだ。きっとそう」

 自分で言い訳しながら手を必死に動かす。だけどヴァージルの口角は自然と上がっていた。
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