28 / 83
美しい花には毒がある
1
しおりを挟む「ルテニター様! どうか俺の手を取ってください!」
「いいえ、私です! 私の手をっ!」
「どけっ! お前じゃルテニター様を支えられん! その手は俺が取るっ!」
ここは華やかなパーティー会場。大きなホールに大小さまざまなシャンデリアが煌めき、色とりどりの豪奢な衣装を身にまとった老若男女が大勢集まり会話やダンスを楽しんでいる。はずだった。
いや、パーティーが開始した時はそうだったのだ。だがしばらくしてその様子は一変した。
1人の青年が入場した途端、人々の視線はそこに集中し、騒がしかった音は一切なくなり静けさだけが残された。
ルテニター・オーチェン伯爵令息。今年成人したばかりの青年だ。
だがただの青年ではない。庶子として辺境の村で育った彼は、父と母が毒キノコを食べて亡くなった2年後に、今から5年前にオーチェン伯爵家へと迎えられた。
彼の母は伯爵家当主の妹で、平民と駆け落ちし貴族社会から逃げ出した。行方が分からなかったものの、ルテニターの髪色が母譲りの濃紺だったため噂が噂を呼びルテニターの居場所が分かったのだ。この髪色はオーチェン伯爵家の血筋にだけ現れる特別な色だった。
そして伯爵家へと迎えられ5年が経ち、先日デビュタントを済ませたことでルテニターは一躍有名人となってしまった。
それは彼の容姿にあった。
伯爵家の証である艶やかな濃紺の髪は背中の中ほどにまで流され、そしてくっきりとした黒い瞳は爛々と輝いている。すらりとした華奢な体躯に色白の肌。
目や鼻や口など他の人と同じものが付いているにも関わらず、その形や配置は完璧で人間離れした美しい青年だった。まるで『傾国の』と謳われるほどの。
デビュタントで初めて人前に姿を現したルテニターは一瞬にして人々の熱い視線を集めた。噂で伯爵家が妹の子供を引き取ったと聞いている。だが今まで一度として姿を現したことはなかったのだ。
人々は『平民との間に出来た子供だからさぞかし人前に出ることが難しいほどの容姿なのだろう』と口々に噂した。それは遠からず間違いではなかった。人を惑わせるほどの美貌を持っていたという意味で。
美女と散々褒めそやされた女性も、ルテニターの前ではその美しさは石ころも同然。既婚独身関係なく、ルテニターと踊る権利を得ようと様々な男たちがルテニターに群がった。
だがルテニターは誰の手を取ることもせず、ただ困ったように微笑んだ。またその微笑みが女神同然のように美しく、誰もかれもが「ほう……」と感嘆のため息を吐いた。
側にいた従者に「当主様がお呼びです」と声を掛けられると、こくんと首を縦に振り人々に軽く頭を下げるとそのまま従者の後を付いて行く。
誰もルテニターの声を聞くことは出来ず、きっと鈴の音を転がしたような美しい声なのだろうと人々の憶測が飛んだ。
結局その日は伯父である伯爵家当主と踊るだけで、それ以外の誰の手を取ることもなく会場を後にした。その日からは誰がルテニターと踊ることが出来るかと人々の関心はそこに集中することになる。
だがデビュタントの日以降、ルテニターがパーティー会場へ現れることはなかった。
だから今日、ルテニターが現れた事でまた男たちが群がりルテニターと踊ろうと躍起になっていた。だがこの日もルテニターは黙って困ったように微笑むだけだった。
「初めましてルテニター様。私はスウェイト公爵家が次男、バーナンドと申します。どうか私と一曲踊ってはいただけませんか?」
「…………」
差し出された手を困ったように見つめるルテニター。公爵家、とは貴族の中でも一番上。ルテニターの頭の中はその手を取るべきか悩んでいた。
(こりゃあどうすっべ? こんあんかの手ぇば取らにゃぁいけんのけ? だけんどおらのしゃべりさバレたらどげんことなるか…)
※訳 これはどうしたら? この男の人の手を取らなきゃいけないのかな? だけど僕のこの話し方がバレたら大変なことになるよね…
そう。見た目は傾国の美男子であり、微笑みは美の女神、いや、それ以上の容姿でありながら話し方が何とも残念だったのだ。
84
あなたにおすすめの小説
オメガな王子は孕みたい。
紫藤なゆ
BL
産む性オメガであるクリス王子は王家の一員として期待されず、離宮で明るく愉快に暮らしている。
ほとんど同居の獣人ヴィーは護衛と言いつついい仲で、今日も寝起きから一緒である。
王子らしからぬ彼の仕事は町の案内。今回も満足して帰ってもらえるよう全力を尽くすクリス王子だが、急なヒートを妻帯者のアルファに気づかれてしまった。まあそれはそれでしょうがないので抑制剤を飲み、ヴィーには気づかれないよう仕事を続けるクリス王子である。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
【本編完結】おもてなしに性接待はアリですか?
チョロケロ
BL
旅人など滅多に来ない超ド田舎な村にモンスターが現れた。慌てふためいた村民たちはギルドに依頼し冒険者を手配した。数日後、村にやって来た冒険者があまりにも男前なので度肝を抜かれる村民たち。
モンスターを討伐するには数日かかるらしい。それまで冒険者はこの村に滞在してくれる。
こんなド田舎な村にわざわざ来てくれた冒険者に感謝し、おもてなしがしたいと思った村民たち。
ワシらに出来ることはなにかないだろうか? と考えた。そこで村民たちは、性接待を思い付いたのだ!性接待を行うのは、村で唯一の若者、ネリル。本当は若いおなごの方がよいのかもしれんが、まあ仕方ないな。などと思いながらすぐに実行に移す。はたして冒険者は村民渾身の性接待を喜んでくれるのだろうか?
※不定期更新です。
※ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
※よろしくお願いします。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる