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しおりを挟む「じゃ、お幸せに!」
そう言ってダマンは帰っていった。本当に明日からどうなるんだろうか…。
「ふふ。リコのご両親は亡くなったって聞いていたけど、いい兄貴分がいて安心したよ」
「…たまにムカつくこともありますけど、いい人です。両親が死んでからは色々助けて貰ったりもしてましたし」
両親が死んでしばらく俺が落ち込んで何もできなかった時、ずっと一緒にいてくれて励ましてくれた。『この店をお前が守っていくんだ。親父さんたちが遺してくれた大事な店をお前が継いで守っていくんだ。それが2人への弔いになる』って。
だから俺は今こうして薬師としてやってこれて、両親を見習って、両親から教えて貰った薬師としての知識と技術を使って、この町を支えていこうって思えたんだ。
「リコの兄貴分には挨拶できたから、今度はリコのご両親に挨拶に行きたいな。今度、お墓に案内してくれる?」
「え? 両親に、ですか?」
「そう。大事なリコを私がこれから一生守っていきますって、ちゃんとご報告しておかなきゃ。本当は直接言えたら良かったんだけどね」
「あ…そう、ですね。あの、でも…まだ俺達こうなって日が浅いので、もうちょっと、待ってもらってもいい、ですか?」
「……そうだね。わかった。もう少し後にしよう」
両親のお墓で挨拶したいって言われて、俺は素直に案内するとは言えなかった。いくらゼフィ様がそう言っても、俺にとってそれは嘘を付いているのと同じだと感じてしまったから。
少し悲しそうな顔をしたゼフィ様の目を見ることが出来なくて、俺はそこから目を逸らした。
俺はまたこの町で薬師として働くことにした。というか俺にはそれしか出来ないから。
それをゼフィ様に言ったら「リコがやりたいようにやったらいい」と言ってくれたので、翌日近くの森へ薬草を採りに出かけることにした。
「この森も魔獣の被害が出てるとはいえ、薬草はそれなりに採れるんだね」
「薬草自体は強い物が多いですから。踏み荒らされてもまた直ぐに出てくるんです」
薬草の中には弱い物も当然あるが、大体が生命力が強く逞しい。寒い時期になれば採れる種類が減ったりもするが、大体通年採れるものがほとんどだ。
「こんなに薬草が採れるのに、ポーションの質に差が出るのはやっぱり作り方なのかい?」
「薬草それぞれに適した処理の仕方があるんです。干すにしてもただ干すんじゃなくて、干す度合いだったり煎じ方だったり。それを間違えたりするとどうしても質は落ちてしまいます」
「なるほど」
どの薬草にはどうすればいいのか。それを子供の時から根気よく俺に教えてくれたのは両親だ。中には両親が研究して見つけた処理の仕方もあった。
ポーション作りの基本的な事は、薬草学の本を読んで勉強すれば大体出来るが、優秀な薬師は皆独自で研究してより良い配合や調合を見つけたりする。そしてそれはその店独自の秘匿のレシピとなって決して外には漏らさない。
薬屋の特徴となって他の店との差別化を図るためだ。そうやって生き残って来た店の薬師は優秀な人ばかりだ。
だから俺は自分の作るポーションを誇りに思っている。父さんたちが遺してくれたこのレシピがあるから。
「こんな感じでいいかい?」
「わぁ! 沢山採れましたね! しかも丁寧に採取してくださってて、どれも綺麗です」
自分も手伝いたいと言われ、勇者様に薬草採りをさせるなんてと思ったけど俺が何を言ってもやるんだろうな、と諦めて採取方法を教えた。するとやはり器用なゼフィ様は初めてなのに、とても綺麗に薬草を採取してくれた。
「ふふ。リコに褒められるとすごく嬉しい。沢山集めた甲斐があったよ」
そう言って不意打ちで俺の頬にキスをした。びっくりして「ふぁっ!」と叫ぶと、それを見たゼフィ様は楽しそうにくすくすと笑う。
「…もう。不意打ちは心臓に悪いですから。じゃあ帰りましょうか。2人で集めたらあっという間でした」
まだ昼頃の時間だ。自分1人だとあと数時間は掛かるのに。
薬草を入れた籠を持って歩き出そうとしたら、その籠を取り上げられゼフィ様のマジックバックに放り込まれた。一瞬の事でぽかんとしていたら「これで手が空くでしょ?」と言って俺の手を握り歩き出した。それも指と指を絡める所謂「恋人繋ぎ」ってやつだ。
「え…あの…」
「私たちは恋人でしょ?」
にっこり笑ってそう言われて俺は真っ赤になるだけだった。……顔が熱い。もっとすごい事だってしてるのに。
「もう…そんな可愛い顔、他で見せたらダメだよ」
耳元でそんな風にささやかれたら、更に赤くなるんで止めてくださいっ!
そういう気持ちを込めて睨みつけてみたけど「はぁ…可愛い」しか言われなくて悔しかった。
そのまま町の入り口まで戻って来たので、繋がれた手を放そうとしたが逆にギュッと強く握られてしまい離せそうになかった。そしてゼフィ様はそのままずんずんと町へ入っていったお陰で、町の人の注目を浴びることになる。
「きゃー! 勇者様! ……ってウルリコ!? あんた恋人だって話、本当だったの!?」
「嘘でしょ!? なんであんたみたいな冴えない奴が!?」
「ちょっと繋いだ手離しなさいよ! 図々しいでしょう!」
勇者様の姿を見た人たちが一瞬にして群がり、各々(特に年頃の女の子だけど)俺に向かって色々と言ってきた。まぁ、それが普通の反応だよね。と俺は特に何も思わなかったんだけど、ゼフィ様はそうじゃなかったみたいで…。
「リコが冴えない奴? 図々しい? 今、ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたのだが…」
俺を抱き寄せると、聞いて居るこちらが震えるほどの冷たく低い声でそう発した。
「リコは私の唯一だ。私が他に目移りすることはないと誓おう。この場にいる誰か…いや、世界中の誰であってもリコ以上の存在はいない。それほどまでリコは私の大切な存在だ。そのリコを貶めるような輩は私が許さない。覚えておけ」
「あ…」
威圧を込めた声だけじゃなくて、ゼフィ様からも魔力が迸っている。誰かを傷つけることはないけれど、周りに集まっていた人々は体をがくがくと震わせていた。
「ゼ、ゼフィ様ッ! 俺は大丈夫ですから! 気にしていませんし、皆が言ってることはその通りなので!」
「何を言ってるの。どれもこれもリコに当てはまることなどないよ。リコが許しても私が許せない。愛してる人をそう言われて許せるわけがないでしょう?」
さっきまでの恐ろしいほどの圧はあっさりと霧散し、俺には甘く囁くゼフィ様。おまけとばかりに俺の額にキスをする。それを見た観衆は「きゃー!」とか「わー!」とか「ぎゃー!」とか色んな絶叫が木霊してこの場は凄いことになってしまった…。
こういうのなんて言うんだっけ…。阿鼻叫喚??
あまりの事に恥ずかしくなった俺は、ゼフィ様の手を引いて「早く帰りましょう!」と家路を急いだ。
急ぎ家に入ってふぅとため息を零す。なんだかいつもの薬草採りよりも数倍は疲れた…。
「リコ、お疲れ様。疲れたでしょう? お茶を淹れようね」
「え!? あの、俺がやりますからっ…」
「いいの、私がやりたいからさせて。私の淹れたお茶で少し休憩しよう。ね」
そう言ってさっさとキッチンへ向かってしまった。
1人になった俺は先ほどの出来事を思い出してしまう。
あんな大観衆の前で、キスされてしまった。…おでこだけど。
それでもあんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。キスした本人は涼しい顔で、というか『見せつけてやったぜ!』と言わんばかりの満面の笑みだったけど。
はぁ…。これからこれをネタにしばらく騒がれるのかと思うと…。
ゼフィ様が淹れてくれたお茶を飲んで小休止した後は、採って来た薬草を干す作業を行った。
外で薬草を干していたら、野次馬がわんさかいてすごくやり辛かったけどゼフィ様は全く気にした様子はなかった。貴族だからなのか勇者だからなのかはわからないけど、人に見られることに慣れているんだろうな。
俺はこれに慣れることはあるんだろうか…。
ゼフィ様に干す薬草を説明しながら作業を一緒に行って(ゼフィ様は一回聞いただけで直ぐに覚えた)家の中へと戻る。戻ろうとした時、また野次馬から「今度デートしてください!」とか声を掛けられていたけど、その声は無視して俺の肩を見せつけるように抱いて中へ戻った。
その時も「いやー!」とか「きゃー!」とかまぁ凄かった。ゼフィ様の人気って本当に凄い。
でもそうだよな。なんて言ったって、世界を救った勇者様だもの。そんな凄い人が、こんな辺境の田舎の町にいるんだから。それも冴えない男を恋人だと言って。
それに町の人への態度は冷たいわけじゃないけど、俺との時と温度差を感じる。一線引いてるって感じだ。きっとあれが本来のゼフィ様なんだろう。
俺には特別扱いしてくれているのが痛いほどに分かる。町の人に言ったあの言葉も凄く嬉しかった。
…俺がゼフィ様をいつまでも信じていないことに罪悪感を覚え始めた。だけど聞くのが怖い。俺の中にクレベールを見ていることを肯定されたら…。そう思うだけで、俺の足はすくんでしまう。
どれだけ真っすぐに愛を囁かれても、その言葉はクレベールに言ってるんだと、勘違いするなと、俺の心が叫ぶ。
結局俺は怖いんだ。好きな人が俺じゃない別の人を見ているんだと、確定されてしまうのが。好きな人と一緒に居られる今が幸せだと思うからこそ、怖い。
ゼフィ様を信じるのが怖い。俺って本当に意気地なしだ。
応援ありがとうございます!
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