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しおりを挟むベッドの上でしばらく抱きしめ合って過ごした後は、俺の腹の虫が鳴き出したために食事を作ることにした。
「ふふ。リコも運動したからお腹空いたよね。キッチンに案内してくれる? 一通り使い方を教えてくれたら今度は私が作るよ」
「え? ゼフィ様が?」
まさかゼフィ様が料理が出来るとは思わなかった。貴族の方は自分で食事を用意することはしないと聞く。
「意外? でもそっか。普通の貴族ならしないものね。私は魔王討伐の旅に出ていたから、野営時は自分たちで食事を作ったりもしていたんだよ」
なるほど。そっか。それなら料理が出来ても納得だ。
でもだからといってゼフィ様に食事を用意してもらうのは申し訳ない。自分がすると言ったのだが「私の作った食事を食べて欲しい」と言われてしまっては何も言えなかった。
服を着てキッチンへ。いろいろドロドロになってた俺達は、ゼフィ様の魔法で一瞬で綺麗になってしまった。…こんなことに使う魔法じゃないと思うんだけどな。
一通り使い方や、物が置かれている場所を説明すると、時空魔法のかかったバックから食材を取り出したゼフィ様は、あっという間に食事を作り上げてしまった。
側で見ていたけど、慣れていて旅でよく作っていたというのは本当だったようだ。
「お待たせ。口に合うといいのだけど…」
食材は買いに行けなかったから、残っていたものを使っている。道中で狩った兎肉の香草焼きに、野菜たっぷりのスープ、そしてふんわり卵のオムレツ。
「っ!? 美味しい……」
一口食べて俺はびっくりした。兎肉は柔らかく仕上がっているし、味も上品。スープも短時間で作ったとは思えないほど深い味わい。オムレツは口の中で蕩けるようで幸せを感じた。
「良かった! 王都から色々と調味料を持ってきておいてよかった。珍しい調味料も使っているからリコも良かったら今度使ってみて」
そういえば見たことのない物を使っていたな。王都から持ってきた調味料だったのか。
「…この町に戻るまでの野営で、俺が作った料理があんなものしか出来なくてすみません…。なんだか恥ずかしいです…」
俺が作るよりも数段、いや、比べるのもおこがましいほどの美味しい料理。こんな美味しい物なんてどこかのレストランにでも行かなければ食べられない味だ。
「え!? 何言ってるの? リコが作ってくれたご飯の方が美味しいに決まってるでしょ? 私にとってリコの手がかかっている物はどんな物より貴重なんだから。それに野営なんて出来ることが限られてる。そんな中であれだけの料理が出来るんだから、十分凄いんだよ」
いや、野営時でもゼフィ様の手にかかれば俺が作った料理よりもっと美味しい物が出来ていたに違いない…。
「あ。そういえば…。あは、あははははは」
何かを思い出したのか、ゼフィ様はいきなり笑い出した。何があったのかわからない俺はぽかんとするばかり。
「くくく…。私もね、最初は料理なんて出来なかったんだ。だけどここまで出来るようになった理由があってね。……ぷはっ! ダメだ、思い出したら…笑いが止まらな…」
笑いを抑えようとしているのか、口元を抑えてぷるぷると肩を震わせるゼフィ様。
「ごめんごめん。あのね、旅の最初の頃に…」
セルジオ様とギルエルミ様の2人は軍人だから遠征なんかで野営し慣れている。だから2人で料理を担当していたらしい。ただ、2人にばかり作らせるのは申し訳ないとなり、ゼフィ様も教えて貰うようお願いした。そしてソニア様も。
皆で出来るようになれば交代でやれるし、負担も少なくなる。旅自体もどれだけかかるかわからないから、一人一人の負担が減るのは望ましいとなってセルジオ様とギルエルミ様から料理を教わった。
ゼフィ様は割と器用な方らしく、少しやればある程度は出来るようになったらしい。だけど問題はソニア様だったようで…。
「セルジオとギルエルミがつきっきりで教えていたのに、出来上がった料理は最早炭だったよ。とても口に入れられるようなものじゃなくてね。
それからもソニアは何度か作ったんだけど、炭は卒業してもやたら塩辛い物になったり、酸っぱくなったりしてキレたギルエルミから『もう料理はするな』って言われちゃって。
いやぁ懐かしいなぁ。あの時のギルエルミとソニアの言い合いったらもう…ぷくくくく」
意外だ。あの綺麗なソニア様が全く料理の才能がなかったなんて…。まぁ、見た目でわかることじゃないけど。それに元々貴族だから料理が出来なくても困ることはないし。
「町へ寄った時の食堂で、味付けに何を使っているのか聞くと大抵教えてくれてね。秘密のレシピまで貰ったり。それを元に色々と料理を作っていったらいつの間にかこれくらいは出来るようになったんだ」
きっと『勇者様』だから教えてくれたんだろう。普通ならお店の秘匿のレシピなんて教えるはずがない。
ゼフィ様って剣や魔法だけじゃなくて、何でも出来るなんて本当に凄い。出来ないことなんてないんじゃないだろうか。
「だけど初めてリコが作ってくれた料理を食べた時、今までにない幸福感に襲われた。これはリコじゃないと感じれないこと。きっと私はリコが作った物なら毒だって喜んで食べると思う。
リコは特別だから。特別愛しい人の作った物なら何でも嬉しいし美味しいんだ。だから私は一生リコには敵わないよ」
そう言って俺の手を取り、そのまま指先にキスをした。
「私はこの先、生涯を掛けてリコを守り通し、愛することをここに誓うよ。私の隣はリコだけだ。リコが居てくれれば他に何も要らない。
だから私を側において欲しい。私だけを…」
まるで縋るように、額に俺の手を押し付ける。
「……わかりました」
俺はそれしか口にすることが出来なかった。本当は『俺も側に居たい』『俺だけを見て欲しい』『愛してる』って言いたい。だけど、俺にそんな資格はない。
だって、ゼフィ様が見ているのは俺じゃなくて『クレベール』だから――
また心に鉛が落ちた気がした。
そして翌日。
ゼフィ様が一緒に住むことになったため、必要な物を買いに町へ出かけることになった。昨日の騒動を考えてゼフィ様はフードを被っていったのだけど…。
結局俺が一緒にいることで、フードを被っていても『勇者様』だと早々にバレてしまって大変なことになった。
「おい! 勇者様に迷惑かけんじゃねぇ! せっかくこの町で過ごしてもらっているのに、こんな事したらどこかに行っちまうだろうがっ!」
「ダマン!」
また騒動を聞きつけてダマンが助けに来てくれた。たまにムカつくこともあるけど、こういう時のダマンは頼もしい。
それからはダマンが一緒に居てくれて、集まった人に文句を言いながらなんとか買い物を済ませることが出来た。
買い物が終わった後は、直ぐに家へと戻った。
「ダマン、今日はありがとう。お陰で何とかなったよ」
「いいって。俺とお前の仲だろ? 困ったことがあったら声かけろよ」
「ダマン、助かった。礼を言う。……ところで君たちの関係は?」
…一瞬、ゼフィ様の声が低くなった気がしたのは気のせいか?
「勇者様! 俺はこいつの兄貴みたいなもんです。ウルリコが子供の時からよく遊んだりしてて。それよりウルリコ、お前なんで勇者様と一緒にいるんだ? 昨日は聞けなかったからな」
「それは私とリコが恋人だからだよ」
「ふぁ!? ちょ、え!? ゼフィ様っ!?」
「……は? え? お前、勇者様と恋人、なの? マジ?」
いきなりダマンに何てことをッ! 恋人どころか、昨日はまるでプロポーズのような事を言われはしたけどッ!
「良かったじゃないか! お前はいつもいつもポーション作ってて、誰ともそんな風にならないから心配してたんだ。しかもお相手があの勇者様! これ以上の相手はいねえだろ! いや~これで一安心だわ」
一人でうんうん頷きながら納得しているダマン。え…。お前には勿体ないとか、分不相応だとか、そもそもが釣り合ってないとか言うところじゃないの!? なんでそんな簡単に納得してんの!?
「だから町の人にも伝えておいてほしい。ウルリコにちょっかいを掛けることも、懸想することも許さないとね。あとあまり騒がしいのも好みじゃない。出来れば穏便に過ごしたいと思っている」
「ですよね! わかりました! そのように伝えておきます!」
「うん、頼んだよ。せっかく可愛いリコと一緒に暮らせるんだ。楽しくここでの生活を送りたいからね」
「お任せください! 俺は2人を応援していますので! ウルリコは俺にとっても家族のようなものなんです。どうかこいつのこと、よろしくお願いします!」
「ははっ。嬉しいなぁ。ダマン、これからもよろしく」
…なんでだろう。この2人がこんなに意気投合するなんて。しかもダマンが俺の事そんな風に思ってたなんて知らなかったし。
これで俺が勇者様の恋人だってあっという間に広まってしまうな。
ダマンは結構顔が広いから…。明日以降、めちゃくちゃ騒がれそうでちょっと怖い…。
応援ありがとうございます!
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