ライフ・サンクチュアリ ~追放された回復術師の第二の人生~

都一

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第50話:運命の前夜

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運命の日まで、あと二日。

エルムヘイヴンでは、出発の準備が進められていた。騎士たちが武器を研ぎ、薬草を集め、食料を準備している。誰もが、緊張した面持ちだった。

アシュは、本部の自室で一人、座っていた。

窓の外には、夕日が沈もうとしている。空は赤く染まり、雲が黄金色に輝いている。美しい夕暮れだ。だが、アシュの心は、重かった。

右手を見つめる。黒い痣は、もう全身を覆っている。顔、首、胸、腕――全てが、黒く染まっている。鏡を見れば、もう自分の顔とは思えないほどだ。

そして、胸の痛みは激しくなっている。呼吸をするたびに、心臓が締め付けられる。時折、視界が歪み、意識が遠のく。

もう、長くない……。

セオドア院長の言葉が、現実になりつつある。

ドアがノックされた。

「入れ」

ドアが開き、ミラが姿を現した。その手には、温かいお茶が入ったカップが握られている。

「これ、飲んで」

「……ありがとう」

アシュはお茶を受け取り、一口飲んだ。温かいお茶が、喉を通る。少しだけ、身体が楽になった。

ミラは、アシュの隣に座った。

「アシュ……怖い?」

「怖い?」

「ああ。明後日の戦いのこと」

アシュは、しばらく黙っていた。そして、小さく答えた。

「……怖いさ」

「そう……」

ミラは、アシュの手を取った。その手は、温かかった。

「私も、怖い。あなたを失うことが」

その声は、震えていた。

「でも……あなたが戦うなら、私も一緒に戦う」

「ミラ……」

「だから、一人で抱え込まないで。私たちがいるから」

ミラの目には、涙が浮かんでいる。アシュは、ミラの手を握り返した。

「……ありがとう」

二人は、しばらく黙って夕日を見つめていた。

———

その夜、ライフ・サンクチュアリの本部では、送別会が開かれた。

明後日の戦いに向けて、皆で最後の夜を過ごそうという提案だった。

本部の食堂には、料理が並べられている。住人たちが作った、温かい料理だ。シチュー、パン、ローストチキン、果物――テーブルいっぱいに並んでいる。

「さあ、皆! 食べよう!」

オズワルドが声をかけた。皆が、笑顔で料理を取り始める。

だが、その笑顔の裏には――不安が隠されていた。

アシュは、テーブルの端に座っていた。料理を口にしても、味がしない。胸の痛みが激しくて、食欲がない。

「アシュ、食べないの?」

リアが心配そうに尋ねた。

「ああ……少し、疲れてるだけだ」

「無理しないでね」

リアは、優しく言った。

トーマが、アシュの隣に座った。

「なあ、アシュ。昔の話をしてもいいか?」

「昔の話?」

「ああ。お前と初めて会った日のことだ」

トーマは、遠い目をした。

「あの日、俺は――エルムヘイヴンに流れ着いた。過去の罪に苦しみ、生きる意味を見失っていた」

「……ああ」

「だが、お前は――俺を受け入れてくれた。『一緒に戦おう』と言ってくれた」

トーマの声は、穏やかだった。

「あの時、俺は救われた。お前のおかげで、俺は――もう一度、生きる意味を見つけられた」

「トーマ……」

「だから、明後日――俺は、お前のために戦う。エリーゼのためでもあるが、それ以上に――お前のために」

トーマは、アシュの肩を叩いた。

「一緒に、生きて帰ろう」

「……ああ」

アシュは、トーマの言葉に胸が熱くなった。

オズワルドが立ち上がった。

「皆、聞いてくれ」

食堂が静かになった。

「明後日、我々は――大きな戦いに挑む。その戦いは、危険だ。命を落とすかもしれない」

オズワルドの声は、重かった。

「だが、我々は――戦わなければならない。この世界を守るために。愛する者たちを守るために」

オズワルドは、カップを掲げた。

「だから、今夜は――最後の夜を、楽しもう。そして、明日からは――全力で戦おう」

「乾杯!」

皆が、カップを掲げた。

「乾杯!」

食堂に、笑い声が響いた。だが、その笑い声の裏には――悲しみが隠されていた。

———

深夜、アシュは本部の屋上に立っていた。

夜空には、星が無数に輝いている。風が冷たく、髪を揺らす。

明後日……全てが決まる。

アシュは、右手を握り締めた。もう、力がほとんど入らない。

俺は……生きて帰れるのか……?

そのとき、背後で足音が聞こえた。振り返ると――

セオドア院長が立っていた。

「話がある」

「……何ですか?」

セオドア院長は、アシュの隣に立った。

「お前の身体のことだ」

「……もう、聞きました。長くないと」

「ああ。だが、それだけではない」

セオドア院長は、懐から小さな瓶を取り出した。

「これは……?」

「特別な薬だ。お前の痣の進行を、一時的に止める」

アシュの心臓が跳ねた。

「本当ですか!?」

「ああ。だが、効果は短い。せいぜい、半日だ」

「半日……」

「そして、副作用がある。この薬を飲めば――その後、痣の進行が一気に加速する」

セオドア院長の声は、冷徹だった。

「つまり、この薬を飲めば――明後日の戦いは全力で戦える。だが、その後――お前は、数時間で死ぬ」

アシュは、息を呑んだ。

「数時間……」

「ああ。使うか使わないかは、お前が決めろ」

セオドア院長は、薬瓶をアシュに渡した。

「だが、よく考えろ。この薬を使えば――お前は、確実に死ぬ」

「……分かりました」

アシュは、薬瓶を受け取った。小さな瓶だ。だが、その重さは――命の重さだった。

セオドア院長は、立ち去ろうとした。だが、途中で振り返った。

「アシュ。お前は、良い奴だ」

「……え?」

「だから、生きろ。どんな手段を使ってでも、生きろ」

その言葉を残して、セオドア院長は去っていった。

アシュは、薬瓶を見つめた。

この薬を使えば……戦える。

だが、その後――死ぬ。

アシュは、拳を握り締めた。

そのとき――

「アシュ」

振り返ると、レオナルドが立っていた。

「話があるんだ」

「……何ですか?」

レオナルドは、真剣な表情でアシュを見つめた。

「明後日の戦いだが――お前は、来なくていい」

「……え?」

「お前の身体は、もう限界だ。戦えば、死ぬ。だから――ここで休んでいろ」

「そんなこと……できません」

アシュは首を振った。

「皆が戦うのに、俺だけ逃げるなんて――」

「逃げるんじゃない」

レオナルドが遮った。

「生きるんだ。お前が生きていれば――皆に希望がある」

「だが……」

「アシュ。お前は、もう十分戦った。だから、後は――我々に任せろ」

レオナルドの声は、優しかった。

だが、アシュは――首を振った。

「できません」

「アシュ……」

「俺は、最後まで戦います。仲間のために。そして――この世界のために」

アシュの目には、強い決意が宿っていた。

レオナルドは、しばらくアシュを見つめていた。そして――

「……そうか」

レオナルドは、アシュの肩を叩いた。

「ならば、一緒に戦おう」

「……はい」

二人は、星空を見上げた。

そのとき――

空に、異変が起きた。

星が、一つ――流れ落ちた。

そして、もう一つ。

さらに、もう一つ。

次々と、星が流れ落ちていく。

「流星群……?」

レオナルドが呟いた。

だが、それは流星群ではなかった。

星が落ちた場所――それは、王都の方向だった。

そして――

王都の方向から、赤い光が立ち上った。

「あれは……!?」

アシュが叫んだ。

その光は、巨大だった。まるで、世界を飲み込むかのような――不気味な赤い光。

「まさか……ヴォイドが動いた……!?」

レオナルドの顔が、青ざめた。

そのとき、伝令の騎士が駆けてきた。

「レオナルド様! 大変です!」

「何があった!?」

「王都が――襲撃されています! ヴォイドの軍勢が、王都中央広場に現れました!」

「何……!?」

「そして――空に、巨大な魔法陣が現れています! おそらく、儀式が始まったかと……!」

アシュとレオナルドは、顔を見合わせた。

「まさか……予定より早く動いた……!?」

「すぐに出発する! 全員を集めろ!」

レオナルドが叫んだ。

アシュは、薬瓶を握り締めた。

もう、時間がない。

今すぐ、行かなければ――。

本部が、慌ただしくなった。騎士たちが駆け回り、武器を手に取る。住人たちが、不安そうに見守っている。

「アシュ!」

トーマが駆けてきた。

「王都が襲撃された! すぐに行くぞ!」

「ああ!」

オズワルド、ミラ、リアも集まってきた。

「準備はいいか!?」

「ああ!」

一行は、馬に乗った。

そして――王都へ向かって、全速力で駆け出した。

夜空には、赤い光が不気味に輝いている。

エリーゼ……待ってろ。

そして、ヴォイド――お前たちを、必ず止める。

アシュは、馬を走らせながら――薬瓶を握り締めていた。

もし、必要なら――この薬を使う。

たとえ、命を失っても――。

風が、アシュの髪を激しく揺らしていた。

そして――運命の戦いが、始まろうとしていた。
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