高原貸文房具店

竹野内 碧

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自覚した故の寂しさ

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 あまりにもしょっちゅう立ち寄っていたから、白川さんはずっとこっちにいるものだと勝手に思っていたけれど、時折仕事の為だと帝都へ向かう事が分かった。そんな時は店番の都合もあるから、と私にその予定を全て教えてくれる。私はそれを彼がくれたカレンダァ型の手帳に記入していく。なぜか人目に付くところには書きたくなかったのだ。
 そしてそんなときがあると、かえって白川さんの事を考える時が多くなっている気がする。彼の声を聴くと必要以上にドキドキしてしまって困るのに、聞こえないでいると不安になる。彼が帝都に行っている間、手帳に書かれたその予定を無意識になぞっていて恥ずかしくなってしまった。

「恋ね」

 そんな私の様子を見て、麻里ちゃんは断言し、しおりちゃんは深く頷いて同意していた。今日は白川さんが帰ってきて、店番をしてくれている。そこへ二人がやってきたので、お茶でも飲んでおいで、と外の出されたのだ。

「恋ってっ!?」

 素っ頓狂な声を上げたら、麻里ちゃんは持っていた扇で叩いてきた。痛いんだけど、それ…。

「素直に認めちゃいなさい」
「で、で、でもこれが恋とかなんとかいうなんてさっ!」
「だってぇ、すごく気になるんでしょ?声が聞きたくなるんでしょ?切ないんでしょ?でもドキドキして恥ずかしいんでしょ?そのくせ会わないと寂しいんでしょ?」

 捲し立てるしおりちゃんが指折り数えていることに、若干うろたえながら頷くと、二人の表情がにま~っと悪い笑顔になった。しおりちゃんは普段のんびりしているように見えて、実は結構辛辣ではっきりしているんだ。そういう意味では麻里ちゃんのはるか上を行く。……と私は思っている。麻里ちゃんは分かりやすいけれど、しおりちゃんはそういうの、なかなかが表に出ない分怖いんだよねぇ。

「これが恋と言わずになんというのか、教えていただきたいわ。魚屋のおっちゃんに同じようになるとでもいうのかしら」
「まぁまぁしおりさん、沙奈さんは恋愛初心者よ?お手柔らかに」
「だってこのもだもだした感じが堪らないんですものぉ。ついついけしかけちゃいたくなるっていうか」
「それは分からないでもないわ。恋する乙女を目の前にお茶をするなんて最高の一時ね。うん。むしろめっちゃ楽しい」
「でしょう?しかも相手が年上で落ち着いているお方。沙奈みたいに無駄に頑張る子にはちょうどいいと思わない?話を聞いているだけでも分かるわ。その方もきっと沙奈の事が可愛くて仕方ないはずよ」
「ま、まって!それって二人の妄想だよね!白川さんに迷惑かけてちゃうってば!」

 だってこんなちんくしゃな私が恋愛感情持ってるなんて嬉しいはずがない。

「迷惑ぅ?」

 うわぁ。見事に声がそろいましたよ、このお二方。

「白川さんだってまんざらじゃないと思うけどなぁ」
「ねぇ、好みじゃなかったら通わないと思うけど?むしろもしかしてドストライク?」
「いや、だからそれは妹みたいなもんで、じぃじにも恩があるって」

 もじもじして反論したら、ガンッと水の入ったコップをテーブルに置いた麻里ちゃんが、眼光鋭くこちらを見つめていた。

「おうおう、ねぇちゃん、どこのお人よしが恩だけで動くってぇのか?」
「白…川…さん」
「麻里ったら、沙奈が怯えているわよぉ?でも妹とか…って」

 ぷっと噴きだされて反論を試みるも、少なくとも私よりは経験値の高い二人に見つめられると居たたまれなくなり、私は小さくなりながらレモンスカッシュを吸い込んだ。シュワッとした爽やかな風味が鼻に抜けて、ちょっとツーンとする。

「真面目な話、沙奈、恋愛はいいものよ?人が自然に覚えるものの中で最上級の感情だと思うわ」
「そうよぉ。その人を思って苦しくなるのも楽しくなるのも、その全てが素晴らしいわ」
「しおりは愛されてるもんね」
「うふふ…」
「そうは言っても、相手がいて初めて成立するもんで…」
「だからその相手がその白川さんだって言ってんでしょ」

 ううう。この二人に私が適うはずがないよね……。

 そもそも私が恋?……恋かぁ…私が白川さんに…?

 顔がどんどん赤くなっている。きっと今はしおりちゃんが飲んでいるトマトジュースよりも真っ赤だ。もしこの感情が恋だとしたら、私はどうしたらいいんだろう。もし伝えて本当に彼が迷惑だと思ったら?ただの妹のような存在だと思ったら?それが原因で私から離れてしまったら…?

 私はまた大事な人を失うのだろうか…

 パパ……ママ……じぃじ……

 みんな私を置いていってしまった。仕方ないことだけど…。白川さんだって帝都での仕事があるようだし…。元々向こうで仕事をしている人だし、ある時いなくなることだってあり得るんだ。それなのに恋なんてしちゃったら…辛すぎるよ。

 下を向いて涙を堪える。パパが言ってたじゃないか。笑ってって。その言葉は時として励みとなり、時として重い枷となって私を締め付けていた。もう顔だって霞がかっているのに、どうしてこういう言葉ばかり覚えているのか。

「沙奈、ごめん、悪ふざけが過ぎた」
「ごめんね、沙奈」
「ううん…大丈夫」
「でもね、私たち、沙奈に幸せになってもらいたいの」
「うん…大丈夫。分かってるよ…」

 突然様子が変わった私を一生懸命二人が励ましてくれる。二人が悪いんじゃない。私だって一人で過ごす夜に不安がないわけじゃない。だれかが傍にいるだけで元気になれることはたくさんある。そういう心配をしてくれているんだ。
 分かっているけれど、なかなか気分がうまく転換できず、二人と別れた後、私は少しの間店の前に突っ立っていた。お店の前には二台のカプセルおもちゃが置いてある。わずかな金額で遊べるそれは、娯楽の少ない田舎では大人気だ。この前仕入れたのに、もう半分以下になっている。また注文しておかないといけないなぁ。そのすぐ傍の柱には祖父母の共同制作である木彫りの看板。毎朝これを出して、店じまいには室内に入れておく。何度も磨いて、ニスを塗って。大切なうちの看板だ。だから今でも朽ち果てずにいるのだ。

 ねぇじぃじ、私はどうしたらいいんだろう。

 相談すべき母親も、甘えたい父親も、ずっと支えてくれた祖父も今はいない。自分が一人なのだと自覚した。それはずっと見て見ぬふりをして蓋をしていたけれど、常にどこかにあった感情。一歩も前に進めなくなる。目の前の道がガラガラと音を立てて、崖っぷちに一人ぼっちで残されてしまったような感覚。ゆうちゃんもおばさんもシゲさんたちも、みんな頼ってこい、甘えろというけれど、どうしたらいいのか分からない。

 ふいにガラリと扉が開くと、白川さんが優しい笑顔で「おかえり、楽しんできたかい?」と声を掛けてくれた。

 おかえり

 それを最後に私に行ったのはじぃじだ。涙が溢れそうになる。だめだ。泣いちゃダメ。笑って沙奈。笑って?

「少し寒くなってきたね。さ、入って」
「うん…」

 きっといびつな相当いびつな笑顔だったのだろう。眉をひそめた白川さんが私の顔を覗き込んでいた。それなのにこともあろうか、私は彼を突き飛ばしてしまった。

「ご、ごめんなさい!今日はもう店番は大丈夫です!えっと後は帰ってもらっていいです!本当にありがとうございました!楽しかったです!!ってか暫く店番しなくても大丈夫なんで!」

 素早く彼の背後に回って背中を押して追い出すと、そのままドアを閉めてしまった。

「沙奈ちゃん?無理に開けはしないけれど、何かあった?」

 鍵がかかっているわけではないのに、白川さんは扉の向こうから、まるで私を刺激しないように優しく声を掛けてくれている。だけど何か言えば涙が溢れそうになる私は、辛うじて「大丈夫ですから…」と蚊の鳴くような声で一言言っただけで、閉店を示すかのように鍵を閉め、カーテンを閉じてしまった。
 柔らかなライトが照らす店内をとぼとぼと居間へと向かうと、ふわっと鼻孔をくすぐる残り香。白川さんの香りだ。シゲさんの所の息子とは大違いのとても安心する香り。だけどそれがむしろ寂しさを増長させていた。

 テーブルには貸出ノォトが開かれており、今日子供たちが絵の道具を借りに来たのが分かった。売り上げもいくつか書いてあり、確認しなくてもレジのお金と合っているのくらい想像に容易い。その傍には「定規ノ在庫少ナシ」「月曜日、田所サンノ インク調合」と私への伝言が添えてあった。そそっかしい私が忘れてしまわないようにとの心遣いだ。その文字すら愛おしくなるなんて、きっと私は色ボケしてしまっているに違いない。
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