高原貸文房具店

竹野内 碧

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有住先生

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 小学校へは歩いていくのであれば、裏参道からお寺の境内を通っていくのが早い。夏とは違い随分寂しい装いの竹林を抜けると、ちょうど小学校の裏門となる。近所の子供たちは昔から抜け道に使っていて、お堂の前を通るときには、どんなに急いでいようと必ずお辞儀をする。そのまま通り過ぎようとして、どこで見ているのか和尚様から「ご本尊に挨拶!」と怒られるのだ。私も、おそらく祖父の代からもその光景は引き継がれていて、抜け道をしていく小学生たちは、お堂の前に行くと急ブレェキをかけて、大声で「おはようございます!行ってきます!」と頭を下げていく。

 わら半紙など重たいものを届ける時は、さすがに大変なので、三輪トラックでちょっと遠回りしていくけれど、今日は比較的荷物も少ないので、自転車の荷台にがっつりと載せて横切る事にした。白川さんはハラハラしていたけれど、私にとってはよくある事なので全然問題ない。

 御神木である大イチョウを抜けて、本堂に差し掛かるとき自転車から降りる。これは小さい頃から祖父に仕込まれたお約束。スタンドを立てて手を合わせていると、「おお、沙奈坊、息災か?」とすこし皺がれた声がかかった。

「はい!元気です!」
「うんうん。良いな。今日はまた大荷物だな」
「微妙な量なんでトラックじゃなくて自転車に乗っけてきました」
「ふむ。では今日は白川君がいるんだね」

 朝のお務めを終えたおじいちゃん和尚が、将棋をさす手つきをしながら縁側からゆっくりと降りてきた。和尚様は祖父と仲良くて、しょっちゅう将棋をさしていた。祖父が急逝し私が一人になった時も、とても心配して気にかけてくれた。
 白川さんは学生時代、足を延ばしてここのお寺に毎朝参りに来たらしい。お饅頭屋をやるも、大家族でお父様が体を壊してしまったため、本当は長男であるはずの白川さんが跡を継ぐはずだった。それを止めたのはお母様。「お前の体力じゃ饅頭の餡子を練るのは無理!」と一刀両断。そして成績の良かった彼に進学を勧めたのだ。その為彼は毎朝合格祈願の為に、ここにやってきた。それはうちに勉強しにきていた時も続いていたというけれど、私は全然知らなかった。因みに饅頭屋は今次男と長女が継いでいて、お父様も復帰しているので、この地の名物として繁盛している。

「和尚様、白川さんのお仕事の邪魔をしちゃだめですよ」
「ほっほっほっ。まるで沙奈坊は奥さんだな」
「え!?あ!奥様とかじゃなくて!」

 まだ少し冷えるから、薄手の半纏を着ている和尚様は、奥様という言葉に反応して真っ赤になる私を少しいたずらっ子のような表情で笑っていた。

「よいか?彼も大人じゃ。その辺りの判断はきちんと出来るであろう?もしその判断を見誤るようであれば、彼はまだ未熟者。人のせいにするようであれば、儂がその性根を叩きなおしてやろうぞ」

「う……」

 食えない顔でこちらを見ているけれど、多分後半は本気だ。柔和な顔をしているけれど、その実剣道にも長けていて、小学校の道場では時折和尚様の檄が飛ぶ。時計屋シゲさんの長男はそんな和尚様が苦手で、この界隈を避けている位だ。
 
「ま、彼は大丈夫だと思うがな。さ、こんなところで油を売っていないで仕事仕事」」
「和尚のせいでしょ!」

 私の文句をからからと笑って受け流す和尚に見送られ、竹林の中の道で車輪を滑らせながら向かう先は勝手知ったる小学校。裏門を抜けて用務員室へと顔を出すと、年配の女性がお煎餅を摘まんでいた。

「ひーさえさーん」
「あらやだ見つかった」

 そのくせ全然悪びれもせずに近寄ると、私から納品物を受け取った。中身を確認して受領印を貰うと、お茶を勧められた。

「有住先生は授業中ですよね」
「有住先生?」
「これ、頼まれものなんです。朝在庫を出し損ねちゃっていて。久恵さんから渡してもらえますか?お代は後で構わないので」

 リュックから赤いサインペンを取り出すと、久恵さんは「ええ、いいわよ」と手を出したのに、すぐに「あ!今は専科で先生は職員室にいるわ!」と差し戻されてしまった。

「専科?」
「音楽だから、佐藤先生が授業しているのよ。だから有住先生は職員室にいるはずよ。さ、これは沙奈ちゃんが持っていって!」
「え、でも…」
「いいからいいから」

 なかば強引に用務員室を追い出された私は、久恵さんの妙に嬉々とした様子に疑問を持ちながら職員室の扉をノックした。授業中の時間だから、そこにいるのは校長先生と図工の先生だった。有住先生の姿が見当たらない。さてどうしようかと思ったら、「うわぁどうしよう…」と印刷室の扉が開いた。

「あ」
「あれ?あれ?高原さん!どうしてここに?」
「サインペンを届けに…」
「ああ!ありがとうございます!」

 サインペン頼んだの忘れていたのか、と思うようなリアクションだったけれど、その癖手ごとサインペンを握りこめられて、何度もお礼を言われてしまった。いや、本当についでだったから、あまり恐縮されても困るし、手を離してほしいんだけどなぁ。

「それより何か困った事あったんですか?」

 印刷室を指さすと、「印刷機の調子が悪いんです」と頭を掻いていた。有住先生は学級新聞をよく出す。校長先生が苦笑いするほど出す。新任で他の地方から来た有住先生は、少しでも早く土地に溶け込みたいというのもあって、些細なことも学級新聞にしたためた。自分がこの土地に来て吃驚した事から、生徒の誰が縄跳びで何回飛べた、算数のテストで平均何点だった、それこそ学校の鶏が卵をいくつ生んだかという表まで作ったりして、最初は興味のなかった保護者達にも、次第に自分の子のみならず、なかなか子供が話したがらない学級や学校の様子まで分かって、今ではすごく評判がいい。うちの店にも掲示しておくと、今では学校から離れてしまった人たちも足を止めて読んでいるほどだ。今回は3年生の時に分校からやってきた栗山君の記事がメインだった。

 この学校は全校でも300名ちょい。1~2年生は分校に通っていた子も、3年からは本校に通学する。それでなかなか馴染めない子もいるわけで、有住先生の学級新聞は、そんな彼らの橋渡しになればという思いもあるのだ。栗山君もそんな分校からやってきた、少し引っ込み思案の男の子。本を読むのが大好きで、小さい頃から作文で大人をうならせていた。そんな彼が今回市が主催する小学生読書コンクゥルに入選を果たした。
 これを記事にしないでどうする!と息巻いていた有住先生は、その熱い思いで原稿を仕上げたのだけれど、肝心の印刷機が動かない。随分昔から使っていたせいもあり、ついに音を上げてしまったのだ。

 ここは都会と違って製造業者の人がなかなか来ない。思いの丈が詰まった学級新聞も大切だけれど、このままではテストなども印刷できない。

「一応市には新しい印刷機をお願いしているんですがねぇ。なかなか申請が通らなくて」

 校長先生も困り顔だ。有住先生は「あああああ!僕が沢山刷ってしまったせいかぁ!」と頭を抱えて蹲ってしまった。これは何とかしてあげたい。この印刷機ならそんなに難しい構造じゃないはず。

「ちょっと中身見せてくださいね」

 印刷機の脇にあったペン刺しからドライバーを取り出すと、それで手際よくネジを回してカバーなどを外し始めた。有住先生はこんな私を始めてみるせいか目を丸くしている。そうだよね、女の子がこういう事やるの珍しいもんね。変な人だと思うよね。いつも喜んで見ている白川さんがおかしんだよ。
 有住先生の視線を無視して、手が汚れるのも構わず中の方に手を突っ込んで、詰まっていた紙を引き出す。紙送りのレバァをグルグル回してみるけれど、やっぱりうまくかみ合わない。紙を押さえる力が弱いというか、ほとんど効いていない。原因を辿ると劣化したゴムベルトに行き当たった。試しにくいっと引っ張りながら回すと、ちゃんと紙が排出された。

「原因が分かったんで、これなら直せると思いますよ」
「ええ!?」
「高原さん、出来ますか?}

 驚く有住先生はとりあえずほっておいて、私の事をよく知る校長先生の縋るような目に噴きだしそうになりながら頷いた。

「このベルト、確かうちの倉庫にあったはずです。ちょっと時間を欲しいんですが、いいですか?」
「ぜひお願いします」

 校長先生が呼び出されて印刷室を後にすると、有住先生は「本当に直るんですか?」と不安げに聞いてきた。

「構造が簡単ですからね」
「簡単…」

 普段直しているものは小物が多いから、この大きさのものを弄れるのは正直愉しみでしょうがない。ちょっとニヤついてしまうのは勘弁してほしい。

 スキップしそうな勢いを押さえようとして、足元にあった紙の束に躓くと、有住先生に抱き着くように倒れてしまった。

「だ、大丈夫ですか?」

 よっぽど危ない体勢だったのか、体をぎゅっと抱きしめられると、有住先生の付けているコロンだろうか。柑橘系の香りが鼻孔をくすぐった。

「大丈夫ですぅ。離してもらえますか?」

 もがもがと訴えると、今度は物凄い勢いで離れていった。顔が凄い真っ赤になってるのはお互い様か…。

「と、とりあえず、店に戻ってきますね…。あのカバーとかは…このままにしてもらえると…」
「は…はいぃぃ!」

 ロボットの様な動きでぶんぶんと頷く有住先生を放置して、私は店へ大慌てで戻ったのだ。
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