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ソーダ水の空
しおりを挟むグラウンド奥の雑木林で、蝉が必死に鳴いている。
クマ蝉の熱心な求愛の声のやかましさに、儚い命への憐れみよりも、殺意の方を覚える夏の午後。
強い陽射しが造り出す墨を塗ったような影は、校内と戸外の境目をハッキリと切り取るように存在感を現し、外の風景を尚も白く眩しくさせていた。
「う゛~、もう…ダメ…私…溶けるかも…」
帰りのHR前、日陰のひんやりとした机の
天盤に身体をペタンと突っ伏して、彼女は言葉を漏らす。
扇風機が回る教室の中。
更なる僅かばかりの涼を求めて、パタパタと無数の下敷きで扇ぐ音が響く。
春の入学時期に都会から転校してきた彼女は、クーラーのない少々レトロ感を感じずにはいられない初めての夏を迎えていた。
「そういえば、屋根の無い外の学校のプー
ルは初めてだっだよね?」
隣の席の女の子が、彼女に風を送りながら話
しかけて来た。
「うん、あっちは室内だし、遊園地のプールとか屋根が無いところもあるけどね…」
「それじゃあ明日は楽しみだっしょ?」
無邪気なその笑顔のにつられて彼女も笑ってみた様だが、ふと目にした彼には複雑な気持ちで一杯になっているのが透けて見えた。
放課後、彼はプールに急いでいた。
こっそりと涼をとる為だ。
更衣室で着替え終えて、ストレッチをしながらプールへ向かう。
陽射しが少しだけ柔らかくなり、淡い暖色を含んだ光の中、彼は先客がいるのを見つけた。
彼女はプールサイドに座り静かにたたずんでいた。
(競泳のプールとはやっぱり違うだろうなぁ…)
水泳部の見学に来た彼女の落胆ぶりを思い出す。
前の学校では全国大会の選手としてプールを泳いでいたという彼女の瞳には、目の前のプールの水面を揺らめく光りが虚ろに映っていた。
彼は深く息を吐くと、そっと彼女の横を忍び足で通り越し、蟹走りでそそくさと水中メガネをつけた。
彼女の横を、横っ飛びで褐色のロケットが飛び込んだ。
つぎの瞬間、大きな飛沫が彼女を包む。
「冷~た~い!何するのよー!もう!」
浮き上がってきた彼は、白い歯を見せながら笑う。
「気持ちいいだろう?お前も潜って見れば?」
「え?」
「制服が乾くまで時間がいるだろう?ここのプール、中から空を見上げると自分の身体がソーダ水になったみたいで気持ち良いんだ。」
「でも…私…水着なんか…」
「持ってるだろ?手に水中メガネは持ってる
んだから」
後に引けなくなった彼女は更衣室に駆け込み、程なくして準備を終えて戻ってきた。
「準備運動は?」
「更衣室で終わらせてきた。」
彼が呼ぶまでも無く、彼女は思いきってプール飛び込んだ。
プールの底のスレスレで身体をしなやかに反転させ、水面を見上げると、彼女の周りを包むように幾数千粒の泡がユラユラと、まるでソーダ水の炭酸のように真っ青な空に向かって昇って行く。
パチパチと泡が弾ける音が鳴り終わっても、彼女は息が続く限り眺めたあと、水面へと浮上した。
「な、キレイだっただろ?」
「うん」
「まぁウチの学校のプールは狭いし、競技プールに比べたら設備は揃ってないけど、ゆっくり泳いでみたら?今みたいにソーダ水の空を見に飛び込むだけでも良いしさぁ」
「うん…」
「じゃあ、俺は明日の勝負に備えて帰るわ!」
「まだ諦めないの?自転車で坂登り」
「ああ、登りきるまではな!」
日に焼けた彼の背中がカラカラと笑い声を残しながら、プールサイドを去るのを見送って、再び彼女は飛び込んだ。
揺らめく泡の向こうの青空に、白く眠たげな月を見つけて微笑みながら、彼女は初めて今年の夏の訪れに喜びを感じていた。
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