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風が吹いた

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 風が吹いた。 

その風は広げたばかりのまだ柔らかな黄緑色の木々の葉を揺らし、暖かな日の光はキラキラとモザイクガラスのようなそれ・・を道に散りばめる。 

 木漏れ日を影踏みしながら進む自転車の車輪が、寒かった一昨日よりも軽く感じる。 
  
春の薫りを纏った風の心地よさに、なんだか自然と顔が緩む。 

見知った人たちに挨拶をしながら住宅街を抜け、川辺りの桜並樹に通り脇道に入ると、美しい頭上の風景とは打って変わって、前を向けば道はキツい坂となる。 

 登校日、彼はこの坂と勝負すると決めている。
 
現在のところ惨敗で、途中の急カーブで足をついてしまい、そうなると平地では彼の良き相棒である自転車は、もはやお荷物、押して屈辱の坂登りとなる。 

今日も制服のネクタイを緩めて、ペダルに力を込めて踏み込む。 

自然と体勢がハンドルにしがみつくように、 低くなっていく。 

脹脛ふくらはぎのぷるぷるという震えが、身体に伝わって来る。 

(今日こそイケる!いや、絶対に校門まで登りきってやる!) 

いつもの急カーブを過ぎ、最後の急勾配の先に校門が見えた時だった。 

 再び、風が吹いた。 

 彼の視線は、校門の前でたたずむ少女に釘付けになった。
 
長い髪を押さえながら、彼女は嬉しそうに上を見上げている。 

薄紅色の祝福が彼女の頭上へと惜しみなく降り注ぐ。

見上げた空が染まってしまうほどの祝福が、僕らを覆う。 

 真新しい制服の裾が拡がるのを片手で気にしながら、ほっそりとした手から零れては舞いゆく花びらの行方を追い、そっと微笑む彼女に気がつけば僕は見とれていた。 

 ふと、彼女が目線を彼に向けた。 

彼女の大きな瞳と一瞬視線がぶつかる。 

(ヤバい、見つめすぎた。) 

慌てて誤魔化すようにうつ向くと、視線の先にペダルから彼の足は離れ、地面についているのが見えた。 

 新学期早々の負けに苦笑しつつ、彼はいつものように自転車を押して坂を登りきった。


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