Over the Forty ー夢を見れないお年頃ー

真田 真幸

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恋人編 

三度目のキャンセル

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 大熱波がもたらした猛暑が少し落ち着いた八月始めの金曜日。

仕事帰りに待ち合わせたイタリアンレストランで、私はただひたすらに謝っていた。

「…仕事」

そう呟い、ガックリ頭を垂れて向い合わせの前の席で落胆する我が彼氏…。

「本当にゴメンナサイ!」

彼はまるでこの世の終わりの様に、項垂れている。

なんせ…3回目のキャンセルなのだ。

しかも、初デートの…。

あの生殺しの初お泊まりを経験させてしまった翌日の仕事帰り、めでたく彼氏になった彼は嬉々として、私の会社の最寄り駅まで迎えに来た。

その時、漫画なら花でも飛んでそうな甘い雰囲気を醸し出していた彼は、キャンセルを告げた瞬間、この世の終わりのように落胆していたけど…。

まさか、3回もキャンセルを食らうとは思わなかっただろう。

私だって、3回も彼に初デートのキャンセルを強いる羽目になるとは思っていなかった。

(はぁ…早くも愛想尽かされそう。)

凹んだままの彼を見ながら、私は深く息を吐いた。





 実は度重なる3度ものキャンセルは…全て副社長の言動によるものだ。

今、私が携わっている企画が“農業ファンド”で、少額投資からスタート出来るファンドで、利益還元の一部を実物やスイーツ等で受け取れるというもの。

その目玉が、今注目の洋菓子店“Petiteプティットbo?teボア?bijouxビジュのファンド投資者限定のスイーツなのだが…。

そのスイーツを手掛けているパティシエールが、副社長の奥様。

しかも、1ヶ月前に結婚したばかりで新婚ホヤホヤ。

故に副社長も力が入っているようで、会議にはほぼ参加して下さっている。

元々、副社長はフットワークが軽く、気になれば自ら行動を起こすタイプ。

部下を信頼していない訳ではなく、机の上だけで判断しない為に良く動く人なのだが…。

まぁ…所謂、新婚の奥様への愛ゆえに、仕事への情熱がほとばしりすぎて、少々暴走気味と申しますか…。

お陰で副社長の一言で、休日出勤を余儀なくされて、代休日として私の休日は月曜日に変更になること3週間…。

1度目のは、天災被害にあった被災地の果樹園復興支援ファンドを実現が出来るか否かの調査。

2度目は、投資を受けたい農家選定にあたっての実状視察。

そして、今回は副社長の「自分も生産地の人たちと話をしてみたい。」という一言だった。

元々、他の社員が新人の研修も兼ねて、収穫を手伝いに伺う予定だったのだが、副社長が出向くなら私も同行しなければならなくなった。

新たな契約に少々難航している農家さんもいる為、副社長が自ら動いて下さるのは有り難い話。

企画第2課の課長としては、とても有り難い話なのだが…個人である結城理彩 わたしとしては…。

 入社以来、私はプライベートよりも仕事を優先してきた。

特に最愛の彼を亡くしてからの13年間は…。

 そんな私に4週間前、予期せぬ形で17歳年下の彼氏が出来た。

付き合い始めた当日、私が強いた生殺しのお泊まりも精神修行だ!なんて言ってくれた彼。

でも…さすがに3回の初デートのキャンセルは、ネガティブな方向に思考が傾く。

 若い女の子ならきっと「私と仕事、どっちが大切なの?」なんて言い出しかねない状況だ。

そう彼に言わせ兼ねない状況を私が作ってしまっている。

これでも週に2~3度仕事帰りに待ち合わせて、食事をして短い時間ながらも逢瀬を重ねている。

でも…彼とのんびり出来る時間を、私も欲しているのにままならない。

多分、彼は私以上にそんな時間を欲している筈なのに…立場上、なかなか応えて上げられない。

「一哉、本当にゴメンね?」

深い溜め息のあと、一哉は若干弱々しいけど笑顔を向けてくれた。

「仕方ないよ。元々は理彩を捕まえるために俺が無理矢理に決めたデートだし…性急すぎた代償だと思うことにするよ。」

「確かに…最初から無理がある予定だったもんね…。」

 今思えば、一哉は13年間の初恋を成就させてるべく、短期決戦のつもりだったのかも知れない。

お陰で知り合って5日で付き合うことになったんだけど…。

「ちなみに理彩の休日のスケジュールってどうなってるの?」

「うーん、一哉には申し訳ないんだけど…土日は3週間はスケジュール埋まってるの…祝日も…。」

いつもはこんなに土日にスケジュールが立て込んでいることはないのだけど、部下の結婚式やら大学時代の恩師に頼まれた就活生との懇談会などもあり、どうにもスケジュールを空けることが出来ない状況なのだ。

なんというか…間が悪いとしか言いようがない。

 私が無理すれば、土日のどちらかに仕事が入っても1日ぐらい空けられなくはないけど、さすがに私にとって貴重な安息日を潰してまで私に会おうとは一哉も思ってないらしく、1度目のキャンセルの際に提案したが即却下されてしまった。

まぁ…独身のままでいると決めていた私にとっては、一哉と付き合うことになった方が、寧ろイレギュラーな出来事なのだが…。

 更に落ち込みを深めた一哉は、もう苦笑いしか出来ない様で、私もかける言葉がない。

気分を切り替えるように縮こまっていた身体を思いっきり伸ばし、一息ついてから一哉は独り言の様に言った。

「俺…理彩の家の近くに引っ越そうかなぁ…。」

「はっ?本気?」

「うん、そろそろ契約更新だし、元々引っ越し先を探さなきゃいけないタイミングだったんだよ。」

「でも…私の家の近くって…。会社から遠くなるんじゃない?」

一瞬、ハッとした顔を一哉はしたけど、直ぐに何でもないように答えた。

「まぁ…駅の近くに借りられれば、20分早く出る位で済むと思う。」

その一哉の言葉に、私の眉間に皺が寄る。

「私は無理して欲しくない。今でさえ1日中営業で動き回っているのに、私と一緒にいる為に通勤に往復40分の負荷を抱えるのは反対。」 

一哉は少し不服そうに顔を歪めた。

「だって、そうでもしないと理彩との時間を捻出するなんて出来ない。」

「今日みたいに仕事帰り少し会うだけでも良いじゃない?3週間も土日のスケジュールが埋まっているのだって今だけだし。わざわざ毎日の通勤時間を増やしてまで引っ越ししなくても良いと思う。」

「良くない。」

「なんで?」

「俺には理彩が全っ然足りてない。正直、今すぐ連れて帰りたい!」

一哉のその言葉に、私の体温は一気に上がった。

(出先でなんとことを…)

「俺、言ったよね?直ぐにでも理彩を嫁さんにしたい!って。」

「うん…。」

「あの時、出会って5日、付き合い始めたその日に、何言ってるんだって思われたかも知れないけど、本当は理彩さえ良ければ、直ぐにでも入籍したいぐらいなんだよ。でも…ちゃんと理彩と恋する時間も大切にしたいって思ってる。それは俺をちゃんと知ってもらう時間でもあると思うから。」

テーブルに置いた私の手を一哉は、そっと握ってきた。

「通勤時間が往復40分増えたぐらい、俺はなんともない。寧ろ、理彩と一緒に居られない時間を40分削られる方が辛い。だから…引っ越しについては俺の好きなようにさせて貰えないか?」

真剣にここまで言われては…これ以上は何も言えない。

普段の一哉は私が頑固な分、柔軟なイメージなのだけど、“男として”という意識が強くなると途端に頑固になるらしい。

まぁ…ちゃんと“男”で在ろうとしてくれる一哉の姿勢に、ちょっとキュンッとしてしまう私がいるんだけど…。

ちなみに未だに、私が一哉に食事を奢ったことはない。

一哉は私との食事は全て自分が出すと言ったけど、そんなの居心地が悪い!と私が言った結果、渋々ながら割り勘にして貰っている。

私は引っ越しの件については一哉のいう通りにしようと「分かった」と頷いた。

本当はその場で彼に言ってしまおうかと思った言葉もあったけど、寸前で飲み込んで、テーブルに届いたばかりの熱々のボンゴレロッソと一緒に頬張って、お腹の中に収めた。



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