Over the Forty ー夢を見れないお年頃ー

真田 真幸

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恋人編 

心の変化と犬も食わぬもの

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 帰り際、一哉は珍しく私のところに泊まりたいと駄々を捏ねたが、朝一の新幹線に乗らなければならない事情を説明して帰らせた。

凄く項垂れていたけど…。

付き合い始めて1ヶ月、未だに私の中の比重は、仕事≧一哉という具合で劇的にはあまり変わらない。

長年の仕事への依存を解いて、一哉を最優先するのは私の中でまだまだ難しいことだった。

私がそうなってしまった経緯を知ってる一哉は、拗ねたりするけど、私を責めない。

でも…なるべく早く、その状態から少しでも抜け出さないといけないとを私は分かっている。

仕事への依存は…今は亡きしのぶへの依存だから…。

 ただ、この1ヶ月で少しだけ私は変化している。

それまでも何度も部長に抱え込み過ぎを指摘されていた仕事を、部下に任せるようになっていた。

私が仕事を抱え込むことで、部下の成長の妨げになっているいうことも分かっていたのだけど…。

 ある意味、一哉の存在が私の仕事への依存を緩和するカンフル剤になってくれているのかも知れない。

本当に自分でも呆れるけど、一哉との時間を作るために部下に仕事を任せるようになったなんて…。

あまりに利己的な理由だから、絶対に誰にも言えないけど…。

そうやって、一哉の真っ直ぐな気持ちが好ましいという気持ちからスタートした私の一哉への気持ちは、確実に恋へと進化して私の中で大きくなっていた。



 マンションに着いてドアを開けたところで、菜々美から着信がきた。

「理彩姉、今、電話大丈夫?」

「うん、丁度マンションに帰ってきたところ。」

「なに、上原さんと食事デート?」

「うん…まぁそんなところ。」

「相変わらず、上原さんは理彩姉を中心にまわってるんだぁ~。本当、早めに上原さんを諦めて良かったぁ~。もうあの日の上原さんの甘々ぷりと言ったら…。」

私をからかうように菜々美は話す。

 菜々美には付き合うようになった日の翌日の昼休みに捕まり、一哉との交際を了承したことを報告した。

元々報告するつもりだったけど、菜々美は私が本気で一哉を振りに行ったことを心配していた。

まぁ…色々と根掘り葉掘り聞かれたけど、あまり口を割らない努力はした。

菜々美を信用してない訳ではないけど、みる人から見れば、私と一哉の交際は好ましくなく見えてしまう。

私が何か言われるのは大した問題じゃない。

オバサンが取引先の若いエリート捕まえてやに下がっていると言われるぐらいなら、我慢できる。

問題は、私が一哉の足を引っ張ってしまわないか…。

ぶっちゃけ、女の嫉妬よりも男の嫉妬の方が陰湿でネチっこい。

年上の取引先の女課長に枕営業かけてる…なんて言い出すバカがいるかも知れない。

ちなみに、過去にバカな同僚が私の出世を妬んで振り撒いた噂がこんな感じだった。

出世頭と目されている一哉のライバルが、ウィークポイントとして私との交際をネタに出さないとも限らない。

一哉の立場を守るためにも、あまり話すべきではないと思っていたのだけど…。

 そんな私の気遣いを3回目の食事の際、一哉本人がぶち壊した。

偶然、菜々美が食事しに来ていたお店に私たちも入り、しかも通路を隔てて隣の席に案内された。

どうやら案内嬢の同僚と食事の予定だったのが、急遽来られなくなったらしく、いつも誰かと必ず行動している菜々美にしては珍しく、御一人様ディナーを満喫しようと思っていたらしい。

折角だから一緒に食事しませんか?と一哉がいうので、菜々美を私たちの席に招き入れたのが失敗だった。

 キッカケは菜々美の一言だった。

『理彩姉ってば、上原さんとのこと聞いても殆ど答えてくれないんですよ~。会社の皆にも内緒にしてて、せめて妹分の私にぐらいは、もう少しノロケたらいいのに~。』

それまで和やかな空気にピキッという嫌な音が聞こえた気がした。

見ると笑顔で一哉が固まっていた。

『内緒?理彩、何で俺とのこと話さないの?』

『ガキみたいに言いふらすとか…良い歳した女がすることではないでしょう。』

『…』

そっぽ向いた私を見つめる一哉の視線を見ないようにやりすごしていたら、一哉が菜々美にとんでもないことを言い始めた。

『近藤さん、今から俺に理彩とのことを何でも質問して下さい。出来る限りお答えします。その代わり、俺と理彩が付き合っていることは、社内に拡散希望でお願いします。』

『ちょっっっっと待ったぁーーーーーー!!』

『ん?理彩、何か問題でも?』

一哉はしれっとした態度で私に言う。

『有りまくりでしょう!本当に君はバカなの?社会的に死にたいの?潰されたいの?』

思わず腰を浮かせて捲し立てるように喋る私を、片手で頬杖つきながら一哉は溜め息まじりに見上げた。

『…やっぱり俺のために付き合っていることを黙ってたんだ。』

『うっ…』

『理彩、俺は簡単に社会的に死んだりしないから大丈夫。そんな簡単に潰されるようないい加減な仕事はしてない。寧ろ、理彩とのことを持ち出してどうにかしようとしてきたら、逆に俺が潰す。それよりも他の男が理彩に手を出されないかの方が不安。』

『…それこそ絶対に有り得ないから。』

少なくとも、取引先のステレオタイプの油ギッシュなセクハラ親父以外からのアプローチは、ここ数年はない。

あ、一哉がいたか。

なんて考えていたら、菜々美が妙な情報をブッ込んで来た。

『理彩姉、男性の目線に鈍感にもほどがありますよ?上原さん、理彩姉は社内で“優しくも厳しくも怒られたい美人女上司ランキングNo.1”なんですよ!』

『はぁ!?』

それまで全く聞いたこともない話に、思わず私は声をあげた。

『そんなランキングがあるって、私、聞いたことないんだけど?』

『それは表だってないからですよ。同僚たちの中では有名な話です!本気で理彩姉たち女性上司を怒らせたくないから皆、ランキングのこと伏せてますし。特に理彩姉は、年上で性格も姉御キャラだけど、童顔で可愛いって言う同僚も多いんですよ?最近、上原さんとお付き合いし始めてからは特に、笑顔が柔らかく女らしくなったって!いわゆるギャップ萌え?』

『ねぇ…菜々美…いつからそんな社内の情報通になったの?』

『前からですよ?案内嬢やってると色んな情報が入ってきますし。』

っていうか…ヤバイ…隣の一哉を見られない…。

絶対に今の菜々美の話に、色々と煽られてる。

スンゴイ不機嫌オーラをビンビンに感じる。

低い声で笑ってるし…。

『近藤さん、理彩は凄くその辺の事情に鈍感みたいですから、予防線の為にしっかり理彩の恋人として俺の存在を拡散して頂けます?公認しますから。』

『!?』

もう結論から言えば…一哉は私の過去プライバシーに関わること以外のほぼ全てを菜々美に話してしまった。

合コンの時に一哉が私に一目惚れしたとばかり思っていた菜々美は、13年間の長い片想いの話を聞くや否やキャーキャー興奮気味に一哉を質問責めにした。

当事者の私がドン引きした話は、菜々美にはとてもロマンチックに思えたらしい。

『理彩のことは全部好き。』

『一日も俺の早く嫁さんになって欲しい。』

『理彩が心配だから、本当は毎日迎えに行きたいのに理紗が許可してくれない。』

『なかなか甘えてくれないけど、理彩を無理矢理に甘やかすのが楽しい。』

菜々美の質問に、いちいち私を見ながら甘ったるい声と言葉で答える一哉を、何度睨み付けたか知れない。

帰る頃には全身砂糖漬けになった様な気分に、目眩がしていたのは言うまでもない。

その後、菜々美には私が釘を指したけど叶わず、“Kコーポレーションの出世頭・上原一哉の恋人(婚約者)”として完全に認定されて、今に至る。

特に“13年間思い続けて来てやっと成就した初恋”と言うフレーズは、一哉を狙っていた女性たちは勿論、一哉をライバル視していた男性たちにも、羨望とドン引きという両極端な反応を産み出し、私が心配していたことはほぼ、取り越し苦労に終わっている。

当初はかなりハードな質問責めにあったけど…。




「頼む、もう忘れてくれ…」

「ダメです!メチャクチャ羨ましすぎて忘れられません!それに、上原さんの同僚の輪島さんが言ってましたよ?今日も終業のベルが鳴って直ぐに上原さん走って行ったって。しかも只でさえ上原さん優秀なのに、最近また仕事の効率が上がっていて、上司に煽られて困ってるって。」

「そうなの?」

「理彩姉と付き合い始めてから上原さん、早く帰りたくて仕方ないみたいで、飲み会の誘いにも素っ気なくなってて、部長さんたちが寂しがってるって溢してました。」

「っていうか、菜々美…社外の情報にも詳しすぎないか?」

「そうですか?たまたま今日は輪島さんとお食事に行ったので聞けただけですよ?」

菜々美が可愛いから皆、ついつい話してしまうんだろうか…?

一応、一哉には後で飲みニケーションをあまり疎かにしないように言っておかなきゃ…。

さっきの様子だとまた抗議されそうだけど…。

「で、菜々美は何で私に電話してきたの?」

「あ、忘れてました!再来週の大久保さんの披露宴の余興なんですけど、披露宴会場にグランドピアノがあるので理彩姉に伴奏を頼めないかと思って…。」

「この前、録音して渡したのじゃダメなの?」

「ダメじゃないですけど、大久保さんに話したら生で理彩姉のピアノを聴きたい!って。『結城課長のピアノで御祝いして貰いたい』って言ってました。」

「はぁ…新婦本人から言われちゃ断れないじゃないか…。リハとか出来るのかなぁ?」

「やった!大久保さん喜びます!リハとかその辺は大久保さんに聞いてみます!」

「分かった。明日早いからそろそろ電話切るね?」

「あ、理彩姉は明日出張でしたよね!長々ごめんなさい。」

「うん、それじゃあ。おやすみなさい!」

電話を切ると、私は背伸びしてから化粧を落とすために洗面台に向かった。



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