侯爵様と家庭教師

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突発SS log

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※突発的に思いついてTwitterに投げていたSS2本です。



 
『無精髭』(2017/11/05)
 ※なんだかイチャついてる甘い話が書きたかった。


 鶏の声が微かに聞こえたら目を開けるようにしている。
 厚手のカーテンの引かれた部屋の中はまだ薄暗くて、視界はぼんやり。でもその景色は嫌いではない。
 もう少し寝ていてもいいかしら、と思いながら寝返りを打とうとして、首の下に感じる異物感に思わず眉を寄せてしまう。――まただわ。
 何度もやめてとお願いしているのに、一向にやめてくれない。嫌な人。

 溜め息を零しつつそっと頭を持ち上げ、下敷きになっているマシューの腕を外す。こうされると首が痛くなるからやめてって言っているのに……。
 自分だって腕が痺れるのだと思うのだけれど、気にしないのか、いつもこう。変な人だと思う。

 身体をずらして振り返る。マシューはまだ夢の中。幸せそうな顔をして、いったいどんな夢を見ているのかしら?
 お寝坊さんなマシューは滅多に私より先に起きることはない。だからこの人は、あんまり私の寝顔を見たことがないのではないかと思うのだけれど、そうでもないらしい。いつ見ているのかしら。

 そっと手を伸ばし、ゆるく波打つ前髪を払い除けてみる。当然のことだけれど、私の好きな緑色の瞳は見えない。それは少し残念。
 頬骨に触れて、唇に指先を当ててみる。吐息が柔らかく零れていて、その感触がくすぐったい。
 そうして、マシューには内緒だけれど、これは私の密かな楽しみ。
 唇のまわりのザラリとした感触――朝にしか見られない無精髭。これを確かめるのが、ちょっとだけ楽しい。
 いつも身嗜みに気を遣っているこの人が、私にだけ見せてくれる気の抜けた姿とでもいうか。一緒に寝ていると、こういうところを見られるのが好き。口が裂けてもそんなことを言うつもりは絶対にないけれど。

 お髭のチクチクザラザラとした感触を確かめて撫でていると、ちょっと嫌そうに首を振られてしまう。あら、いけない。触りすぎちゃったみたい。

「…………リュヌ?」

 残念。目を覚ましてしまったわ。

「お早うございます。もう朝ですよ」

 なんでもない風で返事をすると、マシューは私がやっていた悪戯に気づきはしなかったみたいで、眠たげに小さく伸びをする。

「もう少し寝ていたいなぁ」

 そう笑って腕を伸ばしてくる。
 私はその腕に逆らわずに抱かれ、肩に額を乗せる。

「バーネットさんが起こしに来るまで、もう少し寝ていましょうか」

「魅力的な提案だ」

 そう笑って、マシューは私の額に口づける。そのときに、ほんの少しだけチクッとした感触があって、私は思わず笑ってしまった。

「どうしたの? 今朝はご機嫌だね」

 欠伸をしながらマシューも笑う。
 そうね、と頷いたけれど、理由は教えてあげない。
 だって私がこの人の寝顔を見るのが好きだと言ってしまったら、絶対に調子に乗ると思うから。
 そんなことはさせないわ。




   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




『月が隠れる』(2018/06/29)
 ※前回のスーパーブルーブラッドムーン(皆既月蝕)が
  152年前だったという話を聞いて思いついた話を
  今更書いてみただけ
 ※ちょっとえっちぃ



 寝支度を整えてベッドに入ろうとしていると、マシューが後ろから抱き締めて来た。

「どうかなさった?」

 いつもとちょっと違う雰囲気に首を傾げて尋ねると、うん、と僅かに落ちた調子の答えが返ってくる。

「今夜は皆既月蝕だよ、リュヌ」

「皆既月蝕?」

「月が闇夜に隠れてしまうんだ」

 寂しげな声が示す夜空を見上げると、いつもより大きく見える満月が皓々とある。
 ちゃんと空に在るじゃない、と思って夫を振り返る。おかしなことを言うものだ、と呆れて見つめるが、こちらを見ていた彼の瞳は真剣そのものだった。

「今に欠けてくる」

 そう言いながら、抱き締める腕に力がこもる。

「……どうなさったの?」

 なんだか様子がおかしいと思いながら夫の頭に手を伸ばす。

「恐いんだ」

 やわらかに波打つ癖毛を撫でていると、そんな言葉が零れた。

「あの月のように、きみまでも、僕の腕の中から消えてしまいそうで」

「なにを……」

 馬鹿なことを、と笑おうとして、やめた。どうにも彼は本気のようだ。

「私は何処にも行かないわ」

 彼にしては珍しく酔っているのだわ、と思いながらマシューの頬を両手でしっかりと包み込み、その沈んだ深緑色の瞳を覗き込む。

「あなたも、子供達もいるというのに、いなくなるわけないじゃない」

「リュヌ……僕のお月様リュヌ

 マシューは喘ぐように妻の名を呼ぶと、そっと唇を寄せて来た。リュネットは瞼を閉じ、その唇を迎え入れる。
 吐息が重なり合うと、もっと、と求めるように更に深く重なり合う。リュネットは縋りつくようにマシューの背に腕を回し、抱き返した。
 マシューの大きな手が静かに背中から腰へと滑り落ち、慣れた手つきで寝間着の裾を手繰り寄せる。リュネットも目の前の夫の寝間着の釦に指をかけた。

「リュヌ……リュネット。僕の愛しいリュネット」

 押し殺した声で囁きながらマシューは妻の細い肢体を弄り、秘められた場所へと手を伸ばす。リュネットはあえかに吐息を漏らし、夫の愛撫を受け入れた。
 彼がこんなにも性急で、少し乱暴な愛撫をするだなんて、まるで初めて抱かれた夜のようだ。
 けれど、あのときとは違う。リュネットはもうすっかりとマシューの妻だし、彼に触れられればすぐに身体の奥が蕩けてしまう。悦びと共に夫を受け入れるのだ。
 マシューはリュネットの乳房に唇を寄せ、何度も吸い上げて痕を刻みつけながら、その温かな蜜洞に自身を埋め込む。

「あ、あぁ……っ」

 リュネットは吐息と共に喘ぎ、僅かに仰け反った。
 荒くなる呼吸の下でふと見上げれば、紅い立待月が見える。

(あぁ、欠けてきている……)

 いつの間にか本当に月が欠け始めたのだ。なんという光景だろうか。

「リュヌ」

 マシューが囁き、腰を突き上げる。よろめいたリュネットは窓にぶつかった。
 窓硝子がガタリと不協和音を奏でるが、そんなものは聞こえていないかのように、マシューが何度も突き上げてくる。リュネットは喘いで仰け反り、背中に感じる外気に冷やされた硝子の冷たさにぶるりと身を震わせた。

「あんまり締めつけないで、リュヌ」

 マシューが切なげに囁く。
 意識してそんなことをするつもりはなかった。硝子の冷たさに身体が竦んだ所為だろう。
 ごめんなさい、と微かに謝ると、深く口づけられる。

「ああ、欠けている」

 何度かリュネットを揺さ振ったあと、窓の外の様子に気づいたように呟く。ええ、とリュネットも頷いた。

「本当に欠けるのね。初めて見た」

「そうだね」

 月蝕というものは知ってはいたが、珍しい現象であるし、実際に見るのは初めてだ。

「リュヌ。僕のお月様は、欠けたりしていないね?」

 そこにリュネットがいるということを確かめるように何度も口づけながら、掠れた声で囁き尋ねる。
 馬鹿なことは言わないで、と思いながらも、マシューのあまりにも真剣な様子に口を噤み、答えの代わりにその首筋に縋りついた。

「ここにいるわ、マシュー。あなたに抱かれている」

「そう……そうだね。僕がきみの中にいること、感じている?」

「ええ。あなたの熱が、ここにある」

 繋がった下腹部をそっと撫でる。
 マシューは一瞬泣きそうな表情に顔を歪めると、乱暴に唇を重ねてきた。

「ああ、リュヌ。きみの中はこんなにも温かい」

「マシュー、あなたもとても熱い」

 月が欠けて、隠れ、不気味なほどに紅い光環を夜闇に浮かべる様を視界の端に納めながら、二人は幾度となく交わり、果て、また交わった。言葉もなくただただお互いを求めて。


 二人の熱に中てられ、白く曇った窓硝子越しに、月が徐々にその丸みを取り戻す様を見上げながら、二人はくずおれるようにして重なり合って倒れ込む。

「……絨緞を、汚してしまったわ」

 荒い息の下からぼんやりとそのことに気づく。ベッドではない場所で致してしまったことが恥ずかしくて、頬を染めながらリュネットは呟いた。
 妻を胸に抱いて横たわっていたマシューは微かに笑い、その淡く染まった頬に口づける。

「そろそろ新調しようと思っていたんだ。丁度いいよ」

「またそんなことを……」

「本当さ」

 笑いながら起き上がり、

「このままベッドに行こう。こんなところではなく、ちゃんときみを愛したい」

 と囁いて微笑んだ。先程までの不安そうな表情が嘘のようだ。
 リュネットは呆れたように夫を見つめ、文句を言おうと口を開きかけるが、こういう場合はどうせ逆らっても無駄なのだ、とこれまでの経験から悟っているので、諦めて身を起こす。

「駄目だよ」

 立ち上がろうとする妻の腰を引き寄せて、マシューが少し不機嫌そうな声を漏らす。

「このまま行こうって言っただろう?」

「このまま、って……」

 その言葉にリュネットは困惑し、視線を下に向けてますます困惑した。
 二人はまだ繋がったままだ。これでは立つことも出来やしない。
 どうするつもりなのだ、と夫のことを睨むと、彼は笑ってリュネットの腰を抱え、そのまま立ち上がった。

「きゃ……っ」

 驚いたリュネットは思わず悲鳴を上げ、慌ててマシューの首筋にしがみつく。同時に、身体の重みでずぐりと結合が更に深まったので思わず身体に力を入れると、耳許でマシューが笑う。

「だから、あまり締めつけないでって」

「そ、んなこと、言って、も……っ」

 いつもの横抱きとは違い、体勢がなんだか不安定だ。落ちそうで恐くてしがみつく力を強めるが、それはマシューの腰に脚を絡みつかせて乳房を押しつけるようなもので、なんと淫らであられもない姿なのだろうか。恥ずかしさが込み上げてきた。
 そんなリュネットの様子を見て微かに笑い、マシューはそのままベッドに向かって歩き出す。

「あっ、やぅ……ん!」

 こんな状態で歩かれたりしたら、繋がったところから身体の中心を振動が突き抜けていく。堪えきれずに甘く淫らな声が零れた。
 なんて恥ずかしいことをしてくれるのだ。酷い、と夫を睨むと、彼は意地悪く微笑む。久し振りに見るその表情にドキリとした。

「今夜は、きみを常に感じていたいんだ。一瞬でも離れたくない」

 意地の悪い笑みとは裏腹に、優しく低い声音が囁く。
 だからと言ってこんなことをしなくてもいいではないか。リュネットは腹が立って、抗議に声を上げようとしたが、その艶やかな唇から零れたのは心地よい嬌声だった。
 そんなに長い距離ではなかったのだが、ようやくベッドに横たえられたときには、力が入らないくらいにすっかり蕩けてしまっていた。

「リュヌ」

 囁き、マシューが覆い被さって来る。
 リュネットは力なく吐息を漏らし、とめどなく溢れてくる蜜音に頬を染めながら、先程彼が浮かべた意地の悪い笑みを思い出す。あの表情をしたときのマシューには、なにを言っても無駄なのだ。昔からのことだ。特に情事に関しては。
 寝かせてもらえるかしら、と少し不安になりながら、窓枠の影から僅かに見え隠れる月を見上げる。まだ少し紅い月は、もうすっかりとその丸さを取り戻し、元のような満月に戻っていた。

 紅い月には魔が宿る。
 今夜はきっと、自分も夫も、あの月に惑わされたのだろう――そう思うことにして、マシューの首筋に腕を伸ばし、引き寄せてキスをした。





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