41 / 66
第6章 秘密の特技
02
しおりを挟む
パーティーの後、私は家に帰るはずだった。
けれど殿下が頑なに私を手放そうとせず、昨夜は王宮に泊まったのだ。
私にべったりと張り付いたままの殿下の様子から、私の貞操の危機を心配した侍女たちの報告を受けて、ローズモンドが自分の部屋に泊まるよう指示してくれた。
久しぶりにローズモンドと二人きりで沢山話をして……それは楽しかったのだけれど。
今朝、朝食を終えるなりまた殿下の部屋に拉致されたのだ。
「お祖母さまはずるい。すぐにアンを連れて行く」
私は殿下の膝の上に乗せられていた。
「みんな僕からアンを離そうとする……」
私を抱きしめ、肩に顔を埋める殿下はまるで捨てられた仔犬のように見えた。
冬休みに入ってからの殿下の様子をローズモンドから聞いた。
この国では十六歳で成人とみなされ、殿下も王族としての公務が始まる。
そのため普段も学園を休みがちだが、今は新年を迎える準備で特にやる事が多く、殿下もずっと仕事漬けだったそうだ。
殿下は私に会いたがっていたのだが、外出する暇もなく、衣装合わせで私が王宮へ来るのをとても楽しみにしていたのだという。
そうして私が帰った後は、三日後のパーティーで会うのを心待ちにしながら、しきりに今すぐ結婚したいと何度も言っていたと。
「あの子のリリアンへの執着が日に日に増していって……心配なのよね」
ローズモンドはため息をついた。
「特に最近は、もしもリリアンがいなくなったら僕も消えるなんて物騒なことを言っているみたいで……」
――それはもしかして、私が言ったからだろうか。
いつかこの身体にマリアンヌの魂が帰ってくると。
「あまりにも執着が強いから、距離を置かせた方がいいのだろうかと息子が言っていたのだけれど、そうすると反動が怖いのよね」
「……私、どうすればいいのかしら」
私が言っても殿下は聞き入れてくれないし。
「私……戻ってこなければ良かったのかしら」
私がこの身体に入らなければ。
マリアンヌが階段から落ちなければ。
「リリアン」
ぎゅ、とローズモンドが私の手を握りしめた。
「それは違うわ。あなたが生き返らなくてもフレデリクはあなたへの想いを抱え続けていた。それはマリアンヌにとって不幸なことよ」
自分を通じて他の者を思い続ける婚約者と、やがて結婚しなければならないマリアンヌ。
それは確かに彼女にとっては不幸なことだ。
けれど……そのマリアンヌの魂が消えたままなどということになれば……それはもっと辛いことだ。
マリアンヌの魂が戻ってきて、彼女が幸せになれる道があればいいのに。
「今のフレデリクは会えないと思っていた初恋相手が現れて舞い上がったままなの。時間が経てばもっと冷静になると思うわ」
ローズモンドはそう言っていた。
そうかもしれないけれど……。
「フレデリク様っ、そろそろ下ろしていただけますか」
私の肩に埋めていた、殿下の唇が先日キスマークを付けられた所へまた触れようとしているのに気付いた。
あの時の痕はまだ消えていなくて、昨日も髪を上げることができずに髪型を変えざるを得なかったのだ。
――殿下が冷静になる前にマリアンヌの身体にこれ以上痕を付けられてしまっては……。
「どうしてアンは僕から離れようとするの」
殿下は顔を離すと私を見た。
「アンは、僕のものになるのが嫌なの?」
「それは……」
言い淀むと殿下の眼差しがふいに険しくなった。
「アンが嫌でも、アンは僕のものだから」
殿下は私を抱き抱えたまま立ち上がった。
そのまま、部屋の奥へと歩き出すと扉を開く。
そこは寝室だった。
殿下は私をベッドの上に下ろして……え、待って貞操の危機?!
「今日からアンはここで暮らすんだ」
「え?」
「外に出るのは僕と一緒の時だけ。アンが着るものは僕が選ぶ。そう決めたから」
「は……ええ?!」
「いい? 絶対ここから出ちゃだめだよ」
そう言い残して殿下は一人、部屋から出て行った。
扉を閉めると、ガチャリと鍵を掛ける音が響く。
――え、もしかして閉じ込められたの?!
慌てて扉に駆け寄り、手をかけたけれど開かなかった。
「そんな……」
呆然として、けれど……しばらく経つと、私はだんだん腹が立ってきた。
どうして好きだからって、殿下が私のことを全て決めるのだろう。
私は殿下の人形ではない。
私にだって意思があるのだ。
「私をこんなところに閉じ込めても無駄だって、思い知らせてやるんだから」
そうして私は部屋を脱出してきたのだ。
けれど殿下が頑なに私を手放そうとせず、昨夜は王宮に泊まったのだ。
私にべったりと張り付いたままの殿下の様子から、私の貞操の危機を心配した侍女たちの報告を受けて、ローズモンドが自分の部屋に泊まるよう指示してくれた。
久しぶりにローズモンドと二人きりで沢山話をして……それは楽しかったのだけれど。
今朝、朝食を終えるなりまた殿下の部屋に拉致されたのだ。
「お祖母さまはずるい。すぐにアンを連れて行く」
私は殿下の膝の上に乗せられていた。
「みんな僕からアンを離そうとする……」
私を抱きしめ、肩に顔を埋める殿下はまるで捨てられた仔犬のように見えた。
冬休みに入ってからの殿下の様子をローズモンドから聞いた。
この国では十六歳で成人とみなされ、殿下も王族としての公務が始まる。
そのため普段も学園を休みがちだが、今は新年を迎える準備で特にやる事が多く、殿下もずっと仕事漬けだったそうだ。
殿下は私に会いたがっていたのだが、外出する暇もなく、衣装合わせで私が王宮へ来るのをとても楽しみにしていたのだという。
そうして私が帰った後は、三日後のパーティーで会うのを心待ちにしながら、しきりに今すぐ結婚したいと何度も言っていたと。
「あの子のリリアンへの執着が日に日に増していって……心配なのよね」
ローズモンドはため息をついた。
「特に最近は、もしもリリアンがいなくなったら僕も消えるなんて物騒なことを言っているみたいで……」
――それはもしかして、私が言ったからだろうか。
いつかこの身体にマリアンヌの魂が帰ってくると。
「あまりにも執着が強いから、距離を置かせた方がいいのだろうかと息子が言っていたのだけれど、そうすると反動が怖いのよね」
「……私、どうすればいいのかしら」
私が言っても殿下は聞き入れてくれないし。
「私……戻ってこなければ良かったのかしら」
私がこの身体に入らなければ。
マリアンヌが階段から落ちなければ。
「リリアン」
ぎゅ、とローズモンドが私の手を握りしめた。
「それは違うわ。あなたが生き返らなくてもフレデリクはあなたへの想いを抱え続けていた。それはマリアンヌにとって不幸なことよ」
自分を通じて他の者を思い続ける婚約者と、やがて結婚しなければならないマリアンヌ。
それは確かに彼女にとっては不幸なことだ。
けれど……そのマリアンヌの魂が消えたままなどということになれば……それはもっと辛いことだ。
マリアンヌの魂が戻ってきて、彼女が幸せになれる道があればいいのに。
「今のフレデリクは会えないと思っていた初恋相手が現れて舞い上がったままなの。時間が経てばもっと冷静になると思うわ」
ローズモンドはそう言っていた。
そうかもしれないけれど……。
「フレデリク様っ、そろそろ下ろしていただけますか」
私の肩に埋めていた、殿下の唇が先日キスマークを付けられた所へまた触れようとしているのに気付いた。
あの時の痕はまだ消えていなくて、昨日も髪を上げることができずに髪型を変えざるを得なかったのだ。
――殿下が冷静になる前にマリアンヌの身体にこれ以上痕を付けられてしまっては……。
「どうしてアンは僕から離れようとするの」
殿下は顔を離すと私を見た。
「アンは、僕のものになるのが嫌なの?」
「それは……」
言い淀むと殿下の眼差しがふいに険しくなった。
「アンが嫌でも、アンは僕のものだから」
殿下は私を抱き抱えたまま立ち上がった。
そのまま、部屋の奥へと歩き出すと扉を開く。
そこは寝室だった。
殿下は私をベッドの上に下ろして……え、待って貞操の危機?!
「今日からアンはここで暮らすんだ」
「え?」
「外に出るのは僕と一緒の時だけ。アンが着るものは僕が選ぶ。そう決めたから」
「は……ええ?!」
「いい? 絶対ここから出ちゃだめだよ」
そう言い残して殿下は一人、部屋から出て行った。
扉を閉めると、ガチャリと鍵を掛ける音が響く。
――え、もしかして閉じ込められたの?!
慌てて扉に駆け寄り、手をかけたけれど開かなかった。
「そんな……」
呆然として、けれど……しばらく経つと、私はだんだん腹が立ってきた。
どうして好きだからって、殿下が私のことを全て決めるのだろう。
私は殿下の人形ではない。
私にだって意思があるのだ。
「私をこんなところに閉じ込めても無駄だって、思い知らせてやるんだから」
そうして私は部屋を脱出してきたのだ。
16
あなたにおすすめの小説
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さくら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます
氷雨そら
恋愛
本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。
「君が番だ! 間違いない」
(番とは……!)
今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。
本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。
小説家になろう様にも投稿しています。
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる