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第8章 カーニバル

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「アン……すごく綺麗だ」
私の姿を見て殿下が目を輝かせた。

「本物の女神みたいだ」
「……ありがとう、ございます」
それは言い過ぎではないかと思ったけれど、私は褒め言葉を素直に受け止めることにした。
確かに、瞳の色に合わせた水色のドレスは、昔読んだ冒険物語の挿絵に出てくる女神の衣装を模して作ってもらったのだ。
花を編み込んだ髪型も同様で、だから『女神みたい』というのは合ってはいるのだ。

「本当に。昔を思い出すわ」
そう言ってローズモンドが私の手を取った。
「あの時は……リリアンのおかげで私は無事だったけれど、代わりに貴女は最後までできなかったものね」
「……そうね」
「今日は最後まで楽しんでね」
「ええ」
「行こう、アン」
ローズモンドと顔を見合わせて笑みを交していると、殿下がローズモンドから奪うように私の手を握った。
「フレデリク……貴方は本当に」
「アンをエスコートするのは僕の役目だ」
「まったく。それじゃあリリアン、行ってらっしゃい」
「ええ、行ってくるわ」
ローズモンドに手を振ると、私は控え室から出た。

殿下に手を取られながら大聖堂の入り口へと向かうと、既に他の花娘たちが集まっていた。
「マリアンヌ様」
同じく花娘を務めるバーバラ様がやってきた。
「とても素敵なドレスですわ」
「ありがとうございます、お祖母様のドレスを借りましたの」
「まあ、お祖母様も花娘を?」
「ええ。バーバラ様のドレスもとても素敵でお似合いですわ」
バーバラ様は黄色いドレスをまとっている。
ドレスと同じ生地で作られたバラをいくつもドレスに縫い付け、まさに花娘らしい可愛いらしい姿だ。
「ありがとうございます。実は私も母のドレスを借りたのです」
「まあ、そうなのですか」
花娘のドレスが母親のお下がりというのは実は意外と多い。
親子二代、三代と渡り花娘に選ばれるのもまた名誉なことなのだ。


今日はカーニバル最終日。
私は今、パレードの出発地点である大聖堂にいる。
陛下を始めとする王族がここで国の発展と平和を祈る式典を行ったのだ。
式典後、王族たちが王宮へと帰る時にパレードを行い、花娘はその先導としての役目も担っている。
天気は晴れで、二月としては暖かく絶好のお祭り日和だ。

本当は、昨日と一昨日も街へ出て楽しみたかったのだけれど周囲に反対された。
カーニバルは国中から人が集まるため、賑やかだけれどその分危険も増える。
何かあったら問題だからと、私はずっと屋敷に籠らされていた。
守護の術や使い魔がついているんだから大丈夫なのではと思ったのだけれど、『そういう油断が一番危ないんです!』とクッキーを届けにきてくれたシャルロットに叱られた。

シャルロットやカミーユが言うには、私に対して好意を越えた、欲情を抱いている者が少なくないのだという。
第二王子の婚約者という立場であるため表立って接触してくる者はいないけれど、『そういう目』で私を見る、いくつもの視線があるのだという。
――そんなの、全く感じないのだけれど?
そう言ったら『大叔母様は昔からその手の事に鈍いと聞いています』とため息まじりにカミーユに言われてしまった。
でも、本当に……まあ、確かにマリアンヌは身内の贔屓目を引いても可愛いと思うけれど、可愛い子は教室にも沢山いるし、彼女たちは街でカーニバルを楽しむのだと言っていた。
私だけが危険ということもないはずなのだけれど。
……やっぱり、私は信用されていないということなのか。

「アン」
少し気持ちがモヤモヤしだした私の手を、殿下がぎゅっと握りしめた。
「それじゃあ、気をつけてね。馬車からアンの事、見てるから」
「……はい」
出発の時間がきたらしい。殿下は迎えに来た侍従と共に去っていった。

「相変わらず殿下に愛されておりますわね」
バーバラ様が笑顔と共に言った。
「……そうですわね」
先日の王宮での閉じ込め事件で殿下は周囲からかなり叱られたというが、それを反省した様子はあまり見られない。
今日は大聖堂という場所ということもあって抑え目だけれど、これが学園だったら、ハグの二つや三つ、されているだろう。

「それでは花娘の皆さまも馬車へ」
声がかかり、私とバーバラ様は花で飾り付けられた馬車へと向かった。
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