死神と呼ばれた公爵は転生した元巫女を溺愛する

冬野月子

文字の大きさ
21 / 37
第二章

07

しおりを挟む
「まあ、懐かしいわ」
室内を見渡すと思わず声が出た。
小物などは片付けられ、人が暮らしている気配はないが、きちんと手入れをしているのだろう。
清潔感があり、空気も綺麗だ。

私たちの拠点は王都の外にある屋敷だが、建国祭中は王宮に滞在する。
本来なら賓客は王宮の表舞台『太陽の宮殿』にある客間に泊まるのだが、フィンは王族が生活する『月の宮殿』の、王太子時代に使っていた元自室に泊まることになった。
これはフィンが女王と良好な関係であることを知らしめるため、また反女王派の勢力と接触する可能性を減らすためでもある。
そうしてせっかく月の宮殿にいるのだからと、夜会後、私が使っていた巫女の部屋に来たのだ。

巫女の部屋は普通の寝室だが、隣に女神の言葉を聞くための祈祷室が併設されている。
祈祷室は小さいけれど月が差し込むよう大きな窓が嵌められていて開放感がある。
中にはソファとサイドテーブルがひとつずつあるだけ。
巫女が中にいる間は決して誰も入れないことになっていて、女神の声を聞く姿は誰も見ることはできない。
(まあ、他の人が想像するようなお祈りじゃなくて、親子でソファに座っておしゃべりしているだけだから)
女神が気軽にその姿を現すことを、誰も知らないのだ。

「……ねえ、サラ」
一通り見たところでエレンが口を開いた。
「この部屋にいて、何か感じない?」
「何かって?」
「女神の気配とか魔力とか……」
「感じるわけないだろう」
フィンが私の肩を抱いた。
「サラは巫女でも何でもないのだから」
「でも元巫女でしょう」
「元だ。今は違う」
「そんなの分からないじゃない」

「エレン……何か女神に聞きたいことがあるの?」
そう尋ねると、エレンは視線を落とした。
「それは沢山あるわ。……一番聞きたいのは、私が王でいいのかどうかね」
「そんなの、いいに決まっているじゃない」
「分からないでしょう。……私が王になる前も今も、女神の声を聞く巫女がいないのだから」
不安そうなエレンは、昔の子供のころを思い出させた。
――確かに、エレンが女王となって一度も女神の言葉を受けていないのだ。
それはまだ若い女王にとって心細いことなのだろう。

「……じゃあ、試しに祈祷室に入ってみるわ」
「サラ」
眉をひそめたフィンに安心させるように微笑むと、もう一度エレンを見た。
それで少しでも不安が取り除けるのなら。
「期待はしないでね」
「……ええ」

一人、祈祷室に入ると扉を閉め鍵を掛けた。
本来ならば巫女の魔力によって、この部屋の外には音も魔力も漏れないように出来るのだけれど……今の私には無理だ。
「……お母様」
呟くと、窓から差し込む月の光がふいに強くなった。

「サラちゃん」
月の光が女神の姿へと変化した。
「お母様……今の声が聞こえたのですか」
「いいえ。でも見ていたわ」
ふふっと女神は微笑んだ。
「あなたが建国祭に行くっていうから、王宮で待っていたのよ。今日のサラちゃんのドレス素敵ね、私も今度ああいうの着てみようかしら」
そう言いながら女神は室内を見回した。
「それにしても、随分と殺風景になったのね」
私がいた時は花や観葉植物を飾っていたけれど、今はただ家具があるばかりだ。

「お母様。エレンが、自分が王でいいのか不安がっているのですが……」
「エレンちゃんは立派な王様よ。若いのにしっかりしているし、心根もいいもの」
「……それを彼女に伝える方法があればいいのですが」
今の私は巫女ではないから、女神の言葉として伝えることができない。

「そうねえ。じゃあ、これを渡してくれる?」
女神は私の手をとると、その手のひらにひんやりとした何かを乗せた。
「……ムーンストーン?」
それは乳白色の丸い石だった。
「これをエレンちゃんにお守りだから身につけてって伝えて」
「……どうやって?」
私は女神の言葉が聞こえないはずなのに?
「その辺りは適当に誤魔化して」
「誤魔化すって……」

「本来、神は遠い存在であるべきもの。巫女が生まれるのも滅多にないこと。でも巫女は二百年以上生きてしまうから、人間は神の言葉を受け取ることが当たり前になってしまうのよね」
女神は少しでも困ったように首を傾げた。
「少し考えないとならないのかしら」
「考える?」
「巫女を産むのはやめた方がいいのかしらって」
「……それは」
「でも距離が離れ過ぎると、今度は神の存在を疑ったりぞんざいに扱って、その怒りを買って滅んでしまった国もあるのよね」
「そんなことがあるのですか」
「難しいわね、人間との距離感は」
そう言うと女神は笑顔を見せた。
「それじゃあ、ちゃんとエレンちゃんに渡してね」
光に包まれると女神の姿はかき消えた。

「距離感か……」
転生した世界では、神々は過去の存在だった。
信仰や逸話は残っているけれどその姿を見た者はなく、神の言葉や意志を残すために人間が作った宗教は、救いであると共に様々な問題を生み出してもいる。
(確かに難しいわね)
ムーンストーンを握りしめて、私は祈祷室を出た。

「サラ!」
エレンが飛びついてきた。
「今、その部屋から強い魔力が……!」
「え?」
(あ……そうか、結界を張れなかったから)
女神の魔力が外に漏れてしまったのだろうか。
(でも結界ならお母様の方が強く張れるはずだし……?)
忘れたのか、それともわざとだろうか。

「何か起きたの?」
「あ……ええ、月の光が強く差し込んできて」
「月の光?」
「これになったの」
私は手のひらを広げるとエレンの前に差し出した。
「……石?」
「月の光が結晶になった石で、女神からの贈り物よ」
手のひらの石をエレンに握らせた。
「お守りとして身につけておくといいわ」

「月の光が石に……?」
「ええ、本物のムーンストーンよ」
「……さっきと同じ魔力を感じるわ。サラの魔力に似てる……」
「これが女神の魔力なの」
似たような乳白色の宝石もムーンストーンと呼んでいるが、本物のムーンストーンは女神の魔力を結晶化したものだ。

「温かくて……優しい魔力ね」
エレンは石をぎゅっと握りしめた。
「サラ。何か声は聞かなかったのか」
フィンが尋ねた。
「――いいえ。声は聞こえないけれど、それ以外はいつもと変わらないわ。月の光は女神の言葉で、意志なの」
そう答えると、私はサラの手を握った。
「たとえ巫女が声を聞かなくても、月の光がある限り女神はいつもこの国を、エレンを見守っているわ。だから大丈夫よ」
「……ありがとう」
その瞳を少し潤ませながらエレンは微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果

富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。 そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。 死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

処理中です...