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第三章

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悲鳴と怒号のような声が響き、バタバタと人々が走り回っている。
「サラ!」
フィンが私の身体を引き寄せた。
「……エレンが」
テラスを見上げたが、天井から白い、霧のようなモヤが広がりながら下に降りてくるのが見えた。
「あの霧は……?」
「――想定外だな」
チッとフィンは舌打ちした。

「あの煙は何だ!」
「逃げろ……!」
天井の霧に気づいた人々が慌てふためき、騒ぎながら扉へと走り出した。
「開かないぞ!」
「こっちもだ!」
ガタガタと、人々が必死に扉を開けようとするのが見えた。

尋問によって聞き出した計画では、会場の出入り口を封鎖して人々を閉じ込め、エレンの元にフィンや応援の騎士たちを行かせないとあった。
けれどあの霧は……聞いていない。
オリバーの仕業ならば事前に伝えてくるだろうし、やはり敵の仕業だろうか。

「閣下」
護衛の一人が駆け寄ってきた。
「出入り口は全て封鎖済みです」
「バルコニー側もか」
「はっ。来客たちがかなり動揺しています。パニックになると危険かと」
「――そうだな」
フィンは周囲を見渡した。

「皆落ち着け!」
ホールにフィンの声が響き渡った。
「騒ぐと危険だ、案ずるな。警護の誘導に従え」
フィンは懐に隠してあったオリバーの剣を取り出した。
小さな鞘を抜くと銀色の光があふれ、輝くような長剣が現れた。
「この剣と女神に誓い、この場の安全は我らが守る」

「閣下!」
「おお公爵様……!」
不安と恐怖のざわめきが、感嘆のそれに変わった。
(すごい、さすが元将軍)
非常時の対応と掌握に慣れている。
剣を掲げるフィンの姿はとても凛々しくて頼もしかった。

「皆を幾つかに分けて集め、警備をつけろ。出入り口からは離せ」
「はっ」
指示を受けた護衛がサッと離れると、フィンは私を見た。
「サラは私から離れるな」
「ええ」
「オリバー殿の剣が役に立ったな」
「ええ。……そうだ、それを振れば霧が晴れるかもしれないわ」
「何?」
「魔力を込めると剣になるなら、魔法を断つこともできると思うの」
父の作る魔道具は幾つも見てきたことがあるが、大抵いくつかの効果が付与されていた。
剣を作るなら、形のない物も斬れる剣を作ろうとするだろう。

「試してみよう」
霧はもうかなり下まで降りてきていて、視界が悪くなりつつある。いくらフィンや護衛がいるとはいっても、このままでは客たちの不安は増すばかりだろう。
フィンが剣を構えた。

横薙ぎに大きく剣を振るう。
銀色の光が放たれると、光は疾風のように霧を払っていった。
「おおっ」
「さすが……!」
周囲から歓声が上がった。
霧が消えるとほぼ同時に頭上で何か光るのが見えた。
テラスを見上げるといくつもの色の光が飛び交っているのが見える。

「エレン?!」
戦っているの?!
「ここからでは様子が分からないな」
フィンが言った。
「だが無理に扉を開ければ客が外に出ようと殺到するだろう。逆に危険だ」
「じゃあどうすれば……」
「上にはオリバー殿たちがいる。大丈夫だ」
大きな手が私の手を握りしめた。

(巫女だったら……上の様子も分かるのに)
せめて魔力があれば。
そう思いながら見上げていると、一際激しい光が溢れた。

「なに……」
眩しさに目を閉ざすと、立て続けにまたガシャン、と――ガラスが割れるような音が鳴り響いた。
「サラ!」
ガラスの破片がいくつもすぐ近くに落ちてきてフィンが慌てて私を引き寄せた。

「何だあれは」
「翼が生えた……馬?」
「神獣だ!」
周囲の声に頭を上げる。
「――ルナ!」
光の翼をまとったルナが天井から飛び降りてきた。

ルナは私の目の前に降りると、首を擦り付けてきた。
「ルナ。大丈夫だった? 外にも魔術師がいたのでしょう」
心配いらないと言うようにルナは大きく尻尾を振った。
「良かったわ。ルナ、お願いがあるの。またエレンを助けてくれる?」
私はテラスを見上げた。
「あそこにエレンたちがいるの。もしも危険な目に遭っているなら助けてあげて」
また尻尾を振ると、ルナは光の翼を羽ばたかせて飛び上がった。

テラスのあたりが銀色の光に包まれた。
何か割れるような、空気が振動するような激しい音も聞こえる。
(何が……起きているの)
あまりの光や音の大きさに、ぞっとする。

やがて静かになると、銀色の光が翼の形になった。
その翼を羽ばたかせながらこちらへ向かってくるルナの背に、エレンとブレイクが乗っているのが見える。

「女王!」
「陛下が神獣に!?」
人々がざわめく中、ゆっくりとルナが私たちの前に舞い降りた。

「エレン……!」
フィンに手助けされながらルナから降りたエレンを手を握りしめる。
「大丈夫?!」
「ええ」
エレンは笑顔を見せた。
「オリバー・グリフィスは本当に凄い魔術師ね。私の出番が全くなかったわ」
「上は制圧したのか」
フィンが尋ねた。
「ええ、今、残りがいないか調べているわ」
そう答えるとエレンは周囲を見渡した。


「怪我人や気分が悪くなった者はいないか」
いつもとは違う――女王らしい威厳のある声が響いた。
「不安を与えてしまったな。私を暗殺しようとする侵入者がいたのだ」
「暗殺?!」
大きなどよめきが起きた。
「賊は捕えた。残党がいるかもしれないがすぐに捕えられよう。問題は、賊がこの城内に入るのに協力したものがいるということだ」
コツコツと、エレンの靴音が響く。
「アーベライン侯爵」
エレンは侯爵の前で立ち止まった。

「彼らを中へ入れたのはそなただな」
侯爵を見据えてエレンは言った。
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