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第二章
04
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「……可哀想ですね」
先を歩くルドルフの背中を見つめてカタリーナは呟いた。
「何がだ?」
ハインツが聞き返した。
「家族に愛されないなんて……」
政略結婚が多い貴族社会では、夫婦の間に愛がない事も珍しくない。
相思相愛だった両親を持つカタリーナにはそんな家庭がどういう雰囲気なのか分からないが……それでも、生まれた子供には愛情を注ぐべきだと思う。
ルドルフの立場は本当に辛いと思う。
自分を愛してくれない父親に、血の繋がらない母親と腹違いの兄弟。
しかも彼らが生まれたのは正妻であるルドルフの母親が生きている時だ。
いくら愛人を持つ貴族が珍しくないとはいえ……。
「……そういえば、陛下は王妃様お一人だけですね」
ふとカタリーナは思い出して口にした。
国王ともなると側室がいてもおかしくなさそうなのに。
「ああ……」
ハインツは遠い目になった。
「——父上は、若い頃はかなり酷かったらしい」
「え?」
「側室はいなかったが、目をかけていた相手は何人もいたそうだ。母上との関係も最悪だったとか」
「え……ええ?!」
思いもよらない言葉にカタリーナは目を見張った。
国王と王妃には何度も会っているが……仲睦まじい夫婦だと思っていたのに。
「何とか関係を改善して……それで私が生まれたそうだ」
ハインツはカタリーナを見た。
「……前に私達が心を通わせるよう言われたのも、自分達の二の舞になって欲しくないということだったそうだ」
「そうだったのですか」
「カタリーナの信頼を失うようなまねは決してするなと母上から言われたよ」
「そう……」
相槌を打とうとしてカタリーナは首を傾げた。
——自分の気を惹こうと、他の女生徒と親しく見せかけていたのは信頼を失う行為ではないのだろうか。
カタリーナの考えたことが分かったのだろう、ハインツは眉を下げた。
「あれは本当に……すまなかった。母上から叱られた、相手の気持ちを試すようなことは決してするなと」
「……そうですか」
「父上と同類だったのかと泣かれた。……私は酷い男だな」
「いえ……あれは私にも問題がありましたから」
カタリーナはお妃教育だけをこなし、ハインツ個人に歩み寄ろうとしていなかったのだ。
———しかも彼の心が他の女性にあるならば、それを機に婚約を解消してくれればいいとまで思っていた。
酷いというならばカタリーナの方が酷いのかもしれない。
(まあ、今は……そうは思わないけれど)
休日をハインツと過ごすようになり、彼の印象が変わってきた。
それまでは優秀で何でも卒なくこなす、非の打ち所がない王子様だと——表向きの姿しか見えていなかったけれど。
実際のハインツは欠点や苦手なものもある、普通の青年だということが分かってきた。
カタリーナとしては、完璧な王子様よりそちらの方がずっと好ましい。
(そう。殿下のことを知れて良かった)
あのまま、互いを理解せず結婚していたら……ルドルフのように、生まれてくる子供に悲しい思いをさせたかもしれないのだ。
「あの件は上手く収められず君に怖い思いをさせてしまった。本当にすまない」
「……いえ、それは、大丈夫です」
眉を下げたままのハインツにカタリーナは小さく首を振った。
ハインツが何度か相手をしていた女生徒がカタリーナに虐められていると嘘をついていた件は、ハインツが件の女生徒に誤解を与えた事を謝罪し、片がつくと思われた。
だがその女生徒イゾルデ・ミュラーは——ハインツの言葉を受け入れず、カタリーナが二人の仲を裂こうと王子を誑かしたのだと吹聴するようになった。
カタリーナの普段の言動からさすがにそれを信じる生徒達はいなかったが、イゾルデの狂言は止まずさらにはカタリーナに暴力を加えようとしたのだ。
魔獣と戦ったことのあるカタリーナには人間の少女の攻撃など大した脅威ではないが、そんな事を知る由もない学園や王宮は大いに慌て、イゾルデを停学としミュラー伯爵家へと帰す事になった。
彼女は元々思い込みの激しいところがあるらしい。
父親の伯爵からは謝罪と共に娘を修道院へ入れるという申し出があったが、元はといえばハインツとカタリーナの関係の希薄さが原因であり、彼女はある意味被害者だからと修道院入りは止めてもらったのだ。
「カタリーナ。二度と私は君を不安にさせるようなことはしないから」
「……はい」
「君に相応しい男になるよう、頑張るよ」
「は、はい……」
(私に相応しい?)
王子に相応しくなれるよう、カタリーナが頑張るものではないのだろうか。
(……ああ、私が聖狼の加護を受けたから……?)
今のカタリーナは、時には王族よりも立場が上になると父親から聞かされていた。
聖獣の加護を受けられるというのは、それだけ特別なことだと。
(本当に……私はただパンをあげただけなのに)
どうしてこんなことに……。
「——それにしても。一体何が起きているんでしょうね」
一行の最後尾を歩いていたヨハンの呟きにカタリーナは振り返った。
「この国を守る聖獣が聖力を失うとは……」
「……そうですね」
当人達にも分からないという、今回の件。
(もしも……プティノを元に戻せなかったら……?)
不安な気持ちを抱えながらカタリーナは森の奥へと入っていった。
先を歩くルドルフの背中を見つめてカタリーナは呟いた。
「何がだ?」
ハインツが聞き返した。
「家族に愛されないなんて……」
政略結婚が多い貴族社会では、夫婦の間に愛がない事も珍しくない。
相思相愛だった両親を持つカタリーナにはそんな家庭がどういう雰囲気なのか分からないが……それでも、生まれた子供には愛情を注ぐべきだと思う。
ルドルフの立場は本当に辛いと思う。
自分を愛してくれない父親に、血の繋がらない母親と腹違いの兄弟。
しかも彼らが生まれたのは正妻であるルドルフの母親が生きている時だ。
いくら愛人を持つ貴族が珍しくないとはいえ……。
「……そういえば、陛下は王妃様お一人だけですね」
ふとカタリーナは思い出して口にした。
国王ともなると側室がいてもおかしくなさそうなのに。
「ああ……」
ハインツは遠い目になった。
「——父上は、若い頃はかなり酷かったらしい」
「え?」
「側室はいなかったが、目をかけていた相手は何人もいたそうだ。母上との関係も最悪だったとか」
「え……ええ?!」
思いもよらない言葉にカタリーナは目を見張った。
国王と王妃には何度も会っているが……仲睦まじい夫婦だと思っていたのに。
「何とか関係を改善して……それで私が生まれたそうだ」
ハインツはカタリーナを見た。
「……前に私達が心を通わせるよう言われたのも、自分達の二の舞になって欲しくないということだったそうだ」
「そうだったのですか」
「カタリーナの信頼を失うようなまねは決してするなと母上から言われたよ」
「そう……」
相槌を打とうとしてカタリーナは首を傾げた。
——自分の気を惹こうと、他の女生徒と親しく見せかけていたのは信頼を失う行為ではないのだろうか。
カタリーナの考えたことが分かったのだろう、ハインツは眉を下げた。
「あれは本当に……すまなかった。母上から叱られた、相手の気持ちを試すようなことは決してするなと」
「……そうですか」
「父上と同類だったのかと泣かれた。……私は酷い男だな」
「いえ……あれは私にも問題がありましたから」
カタリーナはお妃教育だけをこなし、ハインツ個人に歩み寄ろうとしていなかったのだ。
———しかも彼の心が他の女性にあるならば、それを機に婚約を解消してくれればいいとまで思っていた。
酷いというならばカタリーナの方が酷いのかもしれない。
(まあ、今は……そうは思わないけれど)
休日をハインツと過ごすようになり、彼の印象が変わってきた。
それまでは優秀で何でも卒なくこなす、非の打ち所がない王子様だと——表向きの姿しか見えていなかったけれど。
実際のハインツは欠点や苦手なものもある、普通の青年だということが分かってきた。
カタリーナとしては、完璧な王子様よりそちらの方がずっと好ましい。
(そう。殿下のことを知れて良かった)
あのまま、互いを理解せず結婚していたら……ルドルフのように、生まれてくる子供に悲しい思いをさせたかもしれないのだ。
「あの件は上手く収められず君に怖い思いをさせてしまった。本当にすまない」
「……いえ、それは、大丈夫です」
眉を下げたままのハインツにカタリーナは小さく首を振った。
ハインツが何度か相手をしていた女生徒がカタリーナに虐められていると嘘をついていた件は、ハインツが件の女生徒に誤解を与えた事を謝罪し、片がつくと思われた。
だがその女生徒イゾルデ・ミュラーは——ハインツの言葉を受け入れず、カタリーナが二人の仲を裂こうと王子を誑かしたのだと吹聴するようになった。
カタリーナの普段の言動からさすがにそれを信じる生徒達はいなかったが、イゾルデの狂言は止まずさらにはカタリーナに暴力を加えようとしたのだ。
魔獣と戦ったことのあるカタリーナには人間の少女の攻撃など大した脅威ではないが、そんな事を知る由もない学園や王宮は大いに慌て、イゾルデを停学としミュラー伯爵家へと帰す事になった。
彼女は元々思い込みの激しいところがあるらしい。
父親の伯爵からは謝罪と共に娘を修道院へ入れるという申し出があったが、元はといえばハインツとカタリーナの関係の希薄さが原因であり、彼女はある意味被害者だからと修道院入りは止めてもらったのだ。
「カタリーナ。二度と私は君を不安にさせるようなことはしないから」
「……はい」
「君に相応しい男になるよう、頑張るよ」
「は、はい……」
(私に相応しい?)
王子に相応しくなれるよう、カタリーナが頑張るものではないのだろうか。
(……ああ、私が聖狼の加護を受けたから……?)
今のカタリーナは、時には王族よりも立場が上になると父親から聞かされていた。
聖獣の加護を受けられるというのは、それだけ特別なことだと。
(本当に……私はただパンをあげただけなのに)
どうしてこんなことに……。
「——それにしても。一体何が起きているんでしょうね」
一行の最後尾を歩いていたヨハンの呟きにカタリーナは振り返った。
「この国を守る聖獣が聖力を失うとは……」
「……そうですね」
当人達にも分からないという、今回の件。
(もしも……プティノを元に戻せなかったら……?)
不安な気持ちを抱えながらカタリーナは森の奥へと入っていった。
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