婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子

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「――だから。優しくしてあげるんだよ」
遠くで女性の声がする。

「分かってるよ」
(殿下の声……)
いや……違う?

目を開くと、見たことのない部屋だった。
壁も板も何の装飾もない木でできている。
質素……というか物置のような?
私は上体を起こした。

(ここは、どこかしら)
硬いベッドと小さなテーブルに椅子。
あとはチェストがあるばかりの部屋は何の飾り気もない。
(庶民の家……?)
窓の外は明るくて、もう朝か昼間なのだろう。
周囲を見渡しながら、少しずつ記憶を思い出す。
――そうだ、馬車が襲われて……ラナが……。
「あ……や……」
恐怖と、混乱と。
身体が震え出した。

「や、いや……!」
「姫さん?!」
飛び込んできた、その男の顔を見て――私は息を飲んだ。
アレク様によく似た人が立っていた。

「目が覚めたか」
男はベッドの側に歩み寄ると膝をつき、私の顔を覗き込んできた。
「気分が悪いのか? 痛いところはないか? 眠れたか? 腹は減ってるか?」
「え……あ……」

「エド」
女性の声が聞こえた。
「いきなり立て続けに聞かれたって答えられないだろう」
見ると中年女性が扉の所に立っていた。
女性は私と視線を合わせると優しそうな笑みを浮かべた。

「まあ、本当に綺麗なお姫様だね。目が覚めたらこんな汚い部屋でびっくりしただろう」
「汚なくはないぞ」
「お貴族様からすれば馬小屋みたいなもんだろう、ねえ」
「あ……いえ……そのような……」
確かに狭くて何もないけれど、掃除はいき届いている、清潔感のある部屋だ。

「あたしはダリア、こいつはエド。義賊なんて気取っているけど、ただの盗人だよ」
(義賊? この人が)
私は改めて男性を見た。
――この声といい、馬車に入ってきた人だろう。

「昨夜姫様を抱えて帰ってきた時は驚いたよ。怖い思いをしたんだろう、でもここは安全だからね」
女性の言葉を聞きながら、昨夜の男性の言葉を思い出す。
この人は馬車が襲われていたのを見ていて、私を馬車から連れ出して……。

「……助けていただいて、ありがとうございます」
私が頭を下げると、エドと呼ばれた男性とダリアと名乗った女性が驚いたような顔をした。
「まあ、貴族の姫様が盗人に頭を下げるなんて」
「何者であっても命の恩人に変わりはありませんから」
この人がいなければ、おそらく私は殺されていたのだ。
ラナや……馬車を警護していた護衛や馭者のように。
(そうだ、彼らは……もう)
あの時の音と血の匂いを思い出してまた身体が震えだした。
目頭が熱くなり、涙が溢れ出してしまう。

「姫さん」
大きな手が頭を撫でる。
エドはそのまま私を抱きしめた。

家族以外の男性にこんな風に抱きしめられたことはなかった。
婚約者のアレク様も……ダンスの時に触れるくらいだった。
義賊だという、見知らぬ人に抱きしめられても……あまり恐ろしくないのは、この人の顔や声がアレク様によく似ているからだろうか。


「エド。あたしは姫様用の食事を作ってくるけど、手ぇ出すんじゃないよ」
「分かってるよ」
「姫様は何か食べられないものはあるかい」
「……いいえ……」
「庶民のものなんて口に合わないかもしれないけど、我慢しておくれよ」
そう言い残してダリアは部屋から出て行った。


身体の震えが治まってもエドは私を抱きしめたままだった。
怖くはないけれど……さすがに二人きりでこれはまずいのでは……。
「姫さん。あんた名前は?」
エドが尋ねてきた。
(名前……教えていいのかしら)
命の恩人なのだから、きちんと名乗ってお礼をすべきだろう。
けれど彼は貴族を狙うという義賊。
私の家を知られるのは……。

「……ルイーズ、です」
私は下の名前だけ名乗った。
「ルイーズ。あんたが乗っていた馬車の紋章はグレゴワール侯爵家のものだった」
エドの言葉に思わず息を呑む。
「あんたはグレゴワール家の娘か?」
「……紋章を見て家が分かるのですか」
「色々調べてるんだよ、義賊としては盗っていい家と悪い家があるからな。あんたの家は領民からの評判もいいから盗っちゃだめな家なんだ」
「そうなのですか……」
評判がいいのは嬉しいけれど。

「で、あの家の娘は一人だけ」
エドの手が私の顎にかかり、顔を上げさせられる。
「公太子の婚約者っていうのはあんたのことか?」
公太子――アレク様によく似た顔が私をじっと見つめた。
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