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第2章 再会と出会い
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「すごい…」
フェールのエスコートで馬車から降りると、目の前にそびえ立つ建物を見上げてロゼは感嘆の声を上げた。
白亜の宮殿は小さなスマホの画面で見るよりもはるかに大きく、重厚感があった。
ひんやりとした大理石の長い廊下に足音が響く。
高い天井も、壁や柱に施された豪華な装飾や灯りも…そして廊下を行き交う人々の衣装も、まるで映画の世界のようだった。
(どうしよう…緊張する)
事情を知る家族は優しく温かく接してくれ、淑女教育を受けながらも自分が貴族だという自覚もあまりないままに過ごしてきてしまったが、ここにいる人たちは———兄も含めて皆〝本物の〟貴族や騎士なのだ。
こんな煌びやかな場所に自分がいていいのだろうか。
大きく湧き上がった不安にぎゅっと握りしめたロゼの手を、フェールの手が包み込んだ。
「…お兄様」
「大丈夫、俺が付いているから」
そう言ってロゼに向かって微笑むと、フェールは妹の頭にキスを落とした。
途端にザワ、と周囲から声にならないどよめきが聞こえた。
———馬車を降りた時から多くの視線を感じていた。
自分という存在が噂になっている事は家族やオリエンスから聞かされいた。
それまで存在すら知られていなかった、ノワール公爵家の娘。
その娘が突然王宮に現れ…しかも無表情で冷酷だと評判の兄フェールが、人前だというのに甘い態度を見せているのだ。
…この事はきっと、あっという間に広まるのだろう。
そう思ったらロゼは逆に少し冷静になれた。
「お兄様…公共の場でこういう事をするのは…」
「何だ」
気にする事なくフェールがもう一度キスを落とすと、今度は悲鳴のような声が聞こえた。
ロゼ達が案内された、庭園に用意されたテーブルにはオリエンスが待っていた。
「やあロゼ。今日は一段と綺麗だね」
王太子からの招待という事で張り切った母親と侍女たちによって、ロゼは着飾っていた。
花柄の刺繍をあしらったクリーム色のドレスに、首元と耳には大きな赤いルビーの飾りを着け、髪を丁寧に編み上げている。
お姫様が着るような美しいドレスと宝石はロゼの心を高鳴らせたが、想像以上にコルセットが苦しく、つけてしばらくは動くことができないくらいだった。
「緊張してる?」
「はい…」
「大丈夫だよ、殿下は意外と気さくな人だから」
「〝意外〟とは心外だな」
突然聞こえた声に振り返ると、焔のように真っ赤な髪の青年が立っていた。
意志の強さを表すような、力強い光を宿した緑色の瞳がロゼを見つめている。
ゲーム画面で見た時と同様、王子らしいオーラに満ちた青年だった。
「———へえ、本当によく似ているな」
ロゼとフェールを見比べると王太子ユークは目を丸くした。
「…初めてお目にかかります。ロゼ・ノワールです」
フェールに促され、ロゼは慌てて覚えたばかりの淑女の礼を取った。
「ユークだ。そう畏まらなくていい、私的な場では王家と公爵家は対等だからな」
「はい…ありがとうございます」
爵位的に公爵が一番上なのは分かるけれど、対等とはどういう意味だろう。
帰ったらフェールに聞いてみようと思いながら、ロゼはオリエンスが引いてくれた椅子に腰を下ろした。
編模様が美しいレースが掛けられた丸テーブルには椅子が四つ。
ロゼとユークが向き合うように座り、その間にフェールとオリエンスがそれぞれ座っている。
侍女たちが手早くカップにお茶を注いでいくと、すっと離れていった。
「ロゼは長く病で領地から出られなかったと聞くが、随分と健康に見えるな」
しばらく他愛のない会話をした後、ユークが言った。
「今のところ体調は良い状態が続いているので」
フェールが答えた。
「どこが悪いんだ?」
「悪いというか…魔力が高すぎて身体が耐えられなかったんです」
「ふうん、そんな事があるのか」
ユークはじっとロゼを見つめた。
「———だが今、彼女から魔力は感じないようだが?」
「だからこうやって外に出られるようになったんです」
フェールは手を伸ばすとロゼの頭を撫でた。
「魔力が消えたのか?」
「はい。一時的なものなのかは分かりませんが」
「分からないのか」
「———この後、ランドの所へ行ってその辺りの事を聞く予定です」
「それは興味があるな。私も一緒に…」
「殿下はこの後会談の予定がありますよね」
ユークの言葉をオリエンスが遮った。
「…会談など」
「相手は隣国の大使。流石に中止はできませんよ」
「———」
不満そうに大きくため息をつくと、ユークはロゼを見た。
「しかしロゼは大人しいな。さっきから殆ど喋っていない」
「…申し訳…ありません」
「責めている訳ではないが。令嬢というものは姦しいくらいに喋るものだろう」
それは人によるのでは…と思ったけれど、この世界の他の貴族令嬢を知らないロゼは黙って目を伏せた。
初対面の相手とそう気安く話せる性格ではないのだ。
「今まで家族以外の者と接する機会はありませんでしたから。緊張しているんです」
フェールがロゼの頭を撫でながら言った。
自分を見上げた妹に微笑むと、身を乗り出してその頭にキスを落とす。
「…は?」
目の前のありえない光景にユークは目を見開いた。
「…フェール…今のは何だ」
「何だ、とは?」
ロゼの髪に手を触れたまま、フェールはユークを見た。
「お前…そういう奴だったんだな」
〝氷の宰相〟とは思えない行動に顔をひきつらせるユークを横目に、フェールはもう一度ロゼの頭にキスを落とした。
フェールのエスコートで馬車から降りると、目の前にそびえ立つ建物を見上げてロゼは感嘆の声を上げた。
白亜の宮殿は小さなスマホの画面で見るよりもはるかに大きく、重厚感があった。
ひんやりとした大理石の長い廊下に足音が響く。
高い天井も、壁や柱に施された豪華な装飾や灯りも…そして廊下を行き交う人々の衣装も、まるで映画の世界のようだった。
(どうしよう…緊張する)
事情を知る家族は優しく温かく接してくれ、淑女教育を受けながらも自分が貴族だという自覚もあまりないままに過ごしてきてしまったが、ここにいる人たちは———兄も含めて皆〝本物の〟貴族や騎士なのだ。
こんな煌びやかな場所に自分がいていいのだろうか。
大きく湧き上がった不安にぎゅっと握りしめたロゼの手を、フェールの手が包み込んだ。
「…お兄様」
「大丈夫、俺が付いているから」
そう言ってロゼに向かって微笑むと、フェールは妹の頭にキスを落とした。
途端にザワ、と周囲から声にならないどよめきが聞こえた。
———馬車を降りた時から多くの視線を感じていた。
自分という存在が噂になっている事は家族やオリエンスから聞かされいた。
それまで存在すら知られていなかった、ノワール公爵家の娘。
その娘が突然王宮に現れ…しかも無表情で冷酷だと評判の兄フェールが、人前だというのに甘い態度を見せているのだ。
…この事はきっと、あっという間に広まるのだろう。
そう思ったらロゼは逆に少し冷静になれた。
「お兄様…公共の場でこういう事をするのは…」
「何だ」
気にする事なくフェールがもう一度キスを落とすと、今度は悲鳴のような声が聞こえた。
ロゼ達が案内された、庭園に用意されたテーブルにはオリエンスが待っていた。
「やあロゼ。今日は一段と綺麗だね」
王太子からの招待という事で張り切った母親と侍女たちによって、ロゼは着飾っていた。
花柄の刺繍をあしらったクリーム色のドレスに、首元と耳には大きな赤いルビーの飾りを着け、髪を丁寧に編み上げている。
お姫様が着るような美しいドレスと宝石はロゼの心を高鳴らせたが、想像以上にコルセットが苦しく、つけてしばらくは動くことができないくらいだった。
「緊張してる?」
「はい…」
「大丈夫だよ、殿下は意外と気さくな人だから」
「〝意外〟とは心外だな」
突然聞こえた声に振り返ると、焔のように真っ赤な髪の青年が立っていた。
意志の強さを表すような、力強い光を宿した緑色の瞳がロゼを見つめている。
ゲーム画面で見た時と同様、王子らしいオーラに満ちた青年だった。
「———へえ、本当によく似ているな」
ロゼとフェールを見比べると王太子ユークは目を丸くした。
「…初めてお目にかかります。ロゼ・ノワールです」
フェールに促され、ロゼは慌てて覚えたばかりの淑女の礼を取った。
「ユークだ。そう畏まらなくていい、私的な場では王家と公爵家は対等だからな」
「はい…ありがとうございます」
爵位的に公爵が一番上なのは分かるけれど、対等とはどういう意味だろう。
帰ったらフェールに聞いてみようと思いながら、ロゼはオリエンスが引いてくれた椅子に腰を下ろした。
編模様が美しいレースが掛けられた丸テーブルには椅子が四つ。
ロゼとユークが向き合うように座り、その間にフェールとオリエンスがそれぞれ座っている。
侍女たちが手早くカップにお茶を注いでいくと、すっと離れていった。
「ロゼは長く病で領地から出られなかったと聞くが、随分と健康に見えるな」
しばらく他愛のない会話をした後、ユークが言った。
「今のところ体調は良い状態が続いているので」
フェールが答えた。
「どこが悪いんだ?」
「悪いというか…魔力が高すぎて身体が耐えられなかったんです」
「ふうん、そんな事があるのか」
ユークはじっとロゼを見つめた。
「———だが今、彼女から魔力は感じないようだが?」
「だからこうやって外に出られるようになったんです」
フェールは手を伸ばすとロゼの頭を撫でた。
「魔力が消えたのか?」
「はい。一時的なものなのかは分かりませんが」
「分からないのか」
「———この後、ランドの所へ行ってその辺りの事を聞く予定です」
「それは興味があるな。私も一緒に…」
「殿下はこの後会談の予定がありますよね」
ユークの言葉をオリエンスが遮った。
「…会談など」
「相手は隣国の大使。流石に中止はできませんよ」
「———」
不満そうに大きくため息をつくと、ユークはロゼを見た。
「しかしロゼは大人しいな。さっきから殆ど喋っていない」
「…申し訳…ありません」
「責めている訳ではないが。令嬢というものは姦しいくらいに喋るものだろう」
それは人によるのでは…と思ったけれど、この世界の他の貴族令嬢を知らないロゼは黙って目を伏せた。
初対面の相手とそう気安く話せる性格ではないのだ。
「今まで家族以外の者と接する機会はありませんでしたから。緊張しているんです」
フェールがロゼの頭を撫でながら言った。
自分を見上げた妹に微笑むと、身を乗り出してその頭にキスを落とす。
「…は?」
目の前のありえない光景にユークは目を見開いた。
「…フェール…今のは何だ」
「何だ、とは?」
ロゼの髪に手を触れたまま、フェールはユークを見た。
「お前…そういう奴だったんだな」
〝氷の宰相〟とは思えない行動に顔をひきつらせるユークを横目に、フェールはもう一度ロゼの頭にキスを落とした。
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