異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした

冬野月子

文字の大きさ
9 / 62
第2章 再会と出会い

01

しおりを挟む
「最近フェールが変わったそうだな」
書類に向き合っていたオリエンスは王太子ユークの言葉に顔を上げた。

「ああ…そうですね」
氷の宰相との渾名が付けられるほど冷酷だと評判の、宰相補佐を務めるフェール・ノワールだが、最近はその表情やあたりも柔らかくなり笑顔を見せる事もある。
そして、元々見目は良いと評判だったが、その変化のお陰で王宮や貴族の女性達からの人気が高まっているのだという。

「妹のおかげでしょうか」
「ずっと領地で療養していたそうだな」
フェールの変化と共に、それまで存在を知られていなかった彼の妹が最近領地から王都の屋敷に出てきたという噂も流れるようになっていた。
そしてその妹の存在がフェールが柔らかくなった理由だと。

「ノワール公爵に娘がいたなど知らなかったぞ」
「これまで身体が弱くて外に出られなかったので、彼女の負担を減らすために存在は公にしていなかったとか」
長く行方不明だったとはいえ、五歳までロゼはこの世界で生きていた。
それなのにその存在をノワール家以外の者が知らなかった事を疑問に思い、オリエンスは公爵に尋ねてみたらそう返された。
成長して社交がこなせる身体になってからその存在を披露するつもりだったのだという。

「本当に妹なのか?」
「本当ですよ。ロゼ嬢はフェールにそっくりですし」

「お前は会ったことがあるのか」
オリエンスの言葉にユークは片眉を上げた。
「あ…ええ」
しまったという風に視線をそらせたオリエンスを緑色の瞳がじっと見つめる。


「公爵家の人間を私が知らないというのもおかしな話じゃないか、オリエンス」
視線を戻したオリエンスに、ユークは口角を上げた。
「是非そのロゼ嬢に会ってみたいものだな」





「殿下とのお茶会…?」 
不機嫌そうな兄の言葉に、ロゼは首を傾げた。

「どうしても殿下が君に会いたいと言うんだよ」
帰宅したフェールと共に屋敷を訪れたオリエンスが代わりに答えた。
「でも私はまだ…王宮になんて行けません」

ロゼがこの世界に戻ってから二十日あまりが経っていた。
五歳からの十三年間を庶民として、しかも異世界で暮らしていたロゼは、当然公爵令嬢としての立ち振る舞いを知らず、母親に教育を受けている最中だった。
ずっと療養していたという事にしているからダンスなどは後回しにしているが、基本的なテーブルマナーや言葉遣いもあやふやで、とても王子様の前に出る自信はない。

「身体が弱くて淑女教育もままならなかったと伝えたんだけどね、そんな事はどうでもいいからと譲らなくて」
実際、あまりそういう事は気にしない人だからとオリエンスは言った。
ロゼが知る王太子ユークはゲーム画面の中の姿だけれど、確かに貴族令嬢らしからぬヒロインの振る舞いにも不快になる事はなかったと思う。

———そういえば、王宮には〝ヒロイン〟はいるのだろうか。
ロゼはゲームの事を思い出した。
こうやって攻略対象が三人いるという事は、あとの二人もいるのだろうし、ヒロインがいる可能性もある。
そしてもしも彼女がフェールを選んだならば…やがて自分の義姉になるのだろうか。


「立ち振る舞いにはうるさくないが、いつ何を要求されるか分からないからな」
ロゼがゲームの事に思いを馳せているとフェールがため息をついた。
「要求?」
「殿下は我儘でね、思い通りにならないとすぐ機嫌が悪くなるんだ」
首を傾げたロゼにオリエンスが答えた。

「お前が甘やかすからだろう」
フェールはオリエンスを睨みつけた。
「だから殿下も付け上がるんだ」
「本当に無理な事や理不尽な事は言わないよ。———ああ、それと」
オリエンスは兄妹を見た。
「王宮に行くなら、ロゼをランドにも会わせた方がいいと思うんだが」
「ランドに?何故」
フェールは眉をひそめた。
「ロゼが戻ってこれた理由や今は魔力がない事も、彼なら分かるかもしれないだろう」

「ランド…様?」
「フラーウム公爵家の当主で、魔力の事に詳しいんだ」
ああ、やはり攻略対象の…。
ロゼは心の中で頷いた。
確か攻略対象の中では一番歳上、二十七歳にして既に公爵となっている、学者タイプの人だった。
ゲームでオリエンスの後、彼を攻略しようと始めて…少し進めた所でこの世界に戻ってきたのだ。

「そんな事知らなくともいいだろう」
「だが原因が分からないとまた同じ事が起きるかもしれない」
オリエンスの言葉にフェールはその顔を強張らせた。
「またロゼが別の世界に飛ばされる…その可能性もあるだろう」
「あ…」
ロゼは息を飲んだ。

ロゼの魔力はなくなっていたが、近くにいる時はフェールとの共鳴は続いているようだった。
———つまり、またあの時と同じ事が繰り返されるかもしれないのだ。


「ロゼについてフラーウム家に相談した事はないのか?」
「…先代の公爵に何度か見てもらっている。今の当主に受け継がれているかは分からないが」
フェールはそう言うとため息をついた。
「———確かに、ランドに会った方がいいのかもしれないが…」
「が?」
「ロゼを他の男に会わせたくない」
オリエンスとロゼは思わず顔を見合わせた。

「王宮などに行ったら男共の目に晒される。変な奴に捕まったらどうする」
「———ノワール公爵令嬢に手を出す奴もそうはいないと思うが」
そう言って、オリエンスは思案するように首を捻った。
「そうか…五家の中で未婚の娘はロゼだけか。きっとお披露目後に婚姻の申し込みが殺到するだろうな」
「お披露目……」
「聞いていないかい」
「…聞いてはいますけど…」
貴族の子息は成人した時にお披露目パーティを開く事になっていると両親から聞かされていた。
本来ならば十五歳の誕生日に行う事が多いが、ロゼはまず貴族令嬢としての教育を終えなければお披露目などできない。
だからまだ先の話だと思っていたし、それに結婚など…大学一年生の雫からすればまだまだ先の感覚だ。

「ロゼは嫁になど出さないぞ」
フェールはロゼを抱き寄せた。
「そういう訳にもいかないだろう」
「身体が弱くて結婚など無理だという事にしておけばいい」
「…兄馬鹿か」
「何とでも言え」

———確かに変わったな。
人前だという事を気にすることもなくロゼを抱きしめその頭にキスを落とすフェールに、オリエンスは苦笑した。
一度は失った妹が戻ってきたのだから仕方ないのかもしれないが…
いつも無表情な顔ばかり見てきたせいで、ロゼに向ける甘い顔と態度に違和感が拭えない。


「…まあともかく。殿下のお茶会には出てもらうから」
オリエンスは封筒を取り出すとロゼに差し出した。
「これは?」
「招待状だ。三日後だから準備をよろしく」
「え…三日?!」

「ごめんね、それ以上は引き延ばせなかったんだ」
笑顔でオリエンスは言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。 理由は、お家騒動のための避難措置である。 八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。 ★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。 ☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。 ☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

処理中です...