風の精霊の愛し子は王子に見染められ人の心を知る

冬野月子

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火の章

「聞いたぞルキウス!やらかしたんだってな」

ノックもなく開かれた扉からの声と顔に、書き物をしていたルキウスは眉をひそめて顔を上げた。


「セドリック…」
「俺も夜会に出れば良かったよ」
許可を得るより先に部屋に入ってくると、セドリック・エインズワースはルキウスの前に立ち、口角を上げた。

「王子が夜会から令嬢を抱きかかえて逃げ去るなんて、滅多に見られるものじゃないからな」
「…やめてくれ」
「まさかお前がそんな事するなんてな。兄上も驚いていたぞ」

普段のルキウスは落ち着きがあり、感情的に動く事は滅多になく———特に女性に関してはかなり消極的な方だった。


「———正直、自分でもよく分からないんだ」
ルキウスは組んだ手に額を乗せて、深くため息をついた。

「彼女を見た瞬間、勝手に身体が動いていたんだ。……とても済まない事をしてしまった」
朝、自室のベッドで目覚め———昨夜の事を思い出して愕然とした。

何故あんな行動を取ったのか、自分でも分からなかった。
ただどうしようもないほど、アリアの側にいたいと———彼女に触れたいと強く思ったのは自覚している。

だが、あれはあまりにも自分勝手な言動だった。


「ふうん…。兄上からお前がちゃんと謝罪の手紙を書いているか見てくるように言われたんだけど、その分じゃ大丈夫そうだな」
ちらとルキウスの手元を見てセドリックは言った。

「これはもちろん書くよ。だけど…」
「だけど?」
「———受け取ってくれるだろうか」
もう一度ルキウスは深くため息をついた。

「…その子、怒っていたり怯えたりしていたのか?」
「……それはないと思う…」

「自信を持てよ、王子サマ」
セドリックはルキウスの肩を叩いた。
「お前みたいな奴は強気に出ておいた方がいいって」
「…無理にキスしようとするくらいに?」
「は?それは聞いてないんだけど?」
二人は顔を見合わせた。

「あ…」
「———お前、兄上達に全部言わなかったな」
しまったというようにルキウスは視線をそらせた。

「昨夜の事を残らず話してもらおうか、殿下」
兄オスカーに良く似た鋭い視線がルキウスを見据えた。




「昨夜の夜会での出来事が王宮中で騒ぎになっているよ」
王宮から帰ってきたウィリアムがため息とともにそう言った。

「騒ぎ…?」
「何せこれまで一度も自分から女性に手を出す事のなかった殿下が公衆の面前であんな事をしたからね」
「そうなんですか…」


「ふふ、殿下はアリアが好きすぎて舞い上がってしまったのね」
アリアの隣に座っていたエイダが口を開いた。
「……好きすぎる?会ったばかりなのに?」
「恋ってそういうものよ」
首を傾げた妹にそう言って微笑んだ。

「それで、これを君に預かって来た」
ウィリアムはアリアに一通の封筒を差し出した。

「これは?」
「ルキウス殿下からの謝罪状だ」
「…わざわざ書いて頂かなくても」
「そういう訳にもいかないよ。今後の事もあるからね」
「今後?」
「もう一通。王家からの招待状だ」
ウィリアムは別の封筒を差し出した。

「君を殿下の婚約者候補として城に招きたい、と」



「私……」
アリアは手渡された二通の封筒に視線を落とした。

「私はいいお話だと思うわ」
「エイダ姉様…」
「アリア、あなたはもう十七歳なのよ」
エイダはアリアの肩に手を添えると、顔を覗き込んだ。
「いつ結婚してもおかしくない歳なの。分かっているでしょう?」
「だけど、お相手が殿下なんて…」
「あなたはどこへ嫁いでも大丈夫よ。たとえ王族でもね」
「…でも私は……」

「———まあ、すぐに婚約という話ではないから。まずは殿下と改めて会って、話をするだけでいいからね」
「……はい」
ウィリアムの言葉に、アリアは小さく答えて頷いた。



「アリアはね…人の感情に疎い所があるの」
妹が部屋へ戻るのを見送って、エイダは口を開いた。

「人の感情に疎い?」
「生まれた時から精霊に好かれていて…私達家族よりも彼らと一緒に過ごす時間の方が長かったせいかしら。あの子の心は精霊に近いの。…だから、殿下のお心を理解するのも、受け入れるのも時間がかかるかもしれないわ」

「…そうか」
ウィリアムは妻の隣に腰を下ろした。

「家族より精霊との時間が長いとは。よほど気に入られているんだな」
「気がつくと森にいるのよ。———あのまま精霊にアリアを取られるんじゃないかって、怖かったわ」
エイダは顔を伏せた。
「アリアは人間よ。精霊には渡さない。あの森にはもう行かせたくない…領地にも帰らせたくないの」

エイダが家族の事を語る事は少なかった。
ガーランド家について、王家同様精霊との結びつきが深い家だという事くらいは知識として持っているが———妻やその妹の抱える事情までは、ウィリアムはほとんど知らなかった。


「———大丈夫。きっと殿下と上手くいくよ」
慰めるように、ウィリアムは妻をそっと抱きしめた。
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