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水の章

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「わ…あ…!」
窓の外に広がる景色にアリアは感嘆の声を上げた。

視界を遮るもののない晴れた空の下に広がる、空を映した青い海。
いくつもの船が行き交い、水平線の先には島影が見える。
陸にはカラフルな建物が建ち並び、多くの人々の活気に満ちていた。

「ここは王国最大の港だよ」
ウィリアムが言った。
「マクファーソン領は海と王都を繋ぐ位置にあるからね。海運が盛んなんだ」
「初めての海はどう?」
「絵で見るよりずっと素敵だわ」
顔を輝かせながら食い入るように馬車の外の景色を見つめるアリアに、ウィリアムとエイダは顔を見合わせ笑みを交わした。


王宮通いで疲れが溜まったアリアの保養にと、ウィリアムが治めるマクファーソン領にしばらく滞在する事になったのだ。
観光も兼ねながらゆっくりと馬車を走らせ、屋敷に到着する頃にはすっかり日が暮れていた。


「お帰りなさい、ウィリアム」
屋敷に入ると一人の男性が出迎えた。
ウィリアムより歳下の、優しげな雰囲気の青年だった。

「彼はクレイグ。私の従兄弟で治領の仕事を手伝っている」
ウィリアムはアリアを振り返った。
「彼女がエイダの妹、アリアだ」
「…はじめまして」
「夕食まで休むといい。クレイグ、アリアを部屋に案内してくれるか」
「はい。どうぞこちらへ」
ウィリアムの言葉に頷くと、クレイグはアリアを促した。


クレイグの後を付いてアリアは長い廊下を歩いていた。

「———クレイグ様は…」
他の者の気配がなくなった所で、前を歩くクレイグに声をかける。
「精霊の加護付き…ではないんですよね…?」

「…何故ですか?」
「精霊の気を濃く感じるわ。加護とはまた違う感じの…」

「やはりアリア様には分かるんですね」
立ち止まるとクレイグは振り返った。
「明日案内したい所があるんです。その時に説明させて下さい」
クレイグは笑顔でそう答えた。




「この先は神聖な場所とされ、領主一族以外は入れない事になっています」
翌日。
馬に乗り、屋敷を出てまず向かったのはほど近くにある森の中だった。

「なのでここに連れてきた事は他の者には秘密に」
「…私が入っていいの?」
「貴女は問題ありませんよ」
馬を降り、森の奥へと歩いていく。

『シルフの愛し子だ』
『アリアが来たよ』
『アリアだ』
木々の間から光の玉が現れ、アリアの周りを飛び回る。

「貴女は本当に精霊に好かれているのですね」
アリアを見ながらクレイグは言った。

「クレイグ様は精霊が見えるの?」
「ええ、声までは聞こえませんが」
「…私の事も知っているの?」
「教えてくれるひとがいるんです。ここに」
クレイグの足が止まった。


「聖なる泉です」
クレイグの示した先には、色とりどりに咲く花に囲まれた小さな泉があった。
手前には白い石で作られた祭壇が置かれている。
「マクファーソン領は水の恵みで栄えた土地。ここで感謝の祈りを捧げます」
「とても綺麗な水だわ」

底が見えるほど透き通った泉の水面に、ふいに波紋が広がった。
波紋は大きく広がり———パシャン、と音を立てて水飛沫が上がる。

水飛沫は人の形になった。

青色の髪に同じ色の瞳、そして水色のドレスを纏った美しい女性が現れた。


「ウンディーネ」
クレイグが手を差し出すと、女性は柔らかな笑みを浮かべた。
水面を叩いたような音が響くと彼女の姿は消え、次の瞬間クレイグの腕の中に現れた。

『クレイグ』
クレイグの首に細い腕を絡め、抱きつくと水の精霊ウンディーネはアリアを見た。

『あなたがシルフの愛し子ね。会いたかったのよ』
「は、はじめまして」
『ふふ、本当に綺麗な子ね。シルフやサラマンダーがメロメロになるはずだわ』
楽しそうに笑うと、ウンディーネはクレイグを見上げた。

『クレイグ。アリアと二人きりで話がしたいの』
「…分かった」
クレイグはウンディーネに軽くキスをするとその身体を離した。
「アリア様。しばらくしたら戻ってきますので、この泉から離れないで下さいね」
そう言ってクレイグは二人に背を向け歩き出した。
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