風の精霊の愛し子は王子に見染められ人の心を知る

冬野月子

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水の章

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「———クレイグ様とウンディーネは……」
クレイグの背中を見送って、アリアは口を開いた。

『クレイグは私の恋人なの』
「恋人…」
『そうよ』
「クレイグ様は人間よね?」
『種族なんて関係ないわ』
ウンディーネは微笑んだ。
『確かに人間はすぐに寿命が尽きるし、私も自由には動けない。でも彼を愛しているの』

「愛…」
『貴女だって人間の王子に嫁ぐのでしょう?精霊よりも人間を愛する事を選んだのではなくて?』

「私…は……」
アリアは思わず目を伏せた。
「…愛とか…恋とか…分からなくて」
『あら、王子を愛していないの?』
「ルキウス様は好きです。だけど…それがルキウス様が私を好きなのと同じなのか……」

『そんなの考えたって分からないわ』
ふわり、とウンディーネはアリアの目の前に立った。

『愛するひとと出会うとね、そのひとの事ばかり考えるようになるの。心の全てが彼でいっぱいになるのよ』
そう言ってアリアの顔を覗き込む。
『そうやって迷うのはまだ王子の事を愛していないのね』
「…どうやったら…愛せるの?」
『ふふ、難しい質問ね。私は彼と出会った瞬間に恋に落ちたの。どうやってなんて分からないわ』
ウンディーネは目を細めてそう答えた。




「ウンディーネと何の話をしていたんですか」
泉からの戻り道。
馬に揺られながらクレイグが尋ねた。

「…秘密です」
「それは残念ですね」
「———クレイグ様とウンディーネの事は…ウィリアム様達は知っているの?」
「いいえ、誰も知りません」
「秘密なの?」
「……言った所で反対されるだけですから」
クレイグは寂しげな笑みを浮かべた。
「身分や家名を捨てられればいいんですけれどね」

貴族の義務として、結婚する事で家や財産を守ったり、他家との繋がりを深めなければならない。
精霊と結ばれるなど———確かに許される事ではないのだろう。

「…それでも…好きなんですよね?」
「———ずっと彼女と一緒にいたいと願うくらいにね」
クレイグは顔を上げると視線を遠くへと泳がせた。
「ウンディーネと出会うまで、精霊というのはもっと無機質で、人間とは全く違う存在だと思っていました。けれど実際は人間のように感情もあれば温もりもある…。確かに人と違う所もあるけれど、愛する心は同じです」
そう言うと視線をアリアへ戻した。

「アリア様は、人間でもあり精霊でもあると聞きましたが」


「……私は、生まれる前に一度死んだの」
アリアの言葉に、クレイグが息を飲む音がかすかに聞こえた。

「お母様のお腹の中で…。だけどシルフから精霊の命を与えられて。しばらくは風の森で暮らしていて…小さい時は自分が精霊だと思っていたの」
アリアは真っ直ぐにクレイグを見た。
「この身体は人間だし、今は人間の中で暮らしているけれど……自分が人間なのか精霊なのか、よく分からないわ」



「———そうだったんですね」

しばらくの沈黙の後、クレイグは口を開いた。
「ウンディーネから貴女の話を時々聞いていて。…もしも私も精霊に近づける可能性があればと思ったのですが」
「それは、ウンディーネのために?」
「…というより自分のためでしょうか。———少しでも長く彼女と生きたいんです」
クレイグは再び寂しげな笑みを浮かべた。
「人間と精霊の生きる長さはあまりにも違い過ぎますから」


「……そうね」
アリアは頷いた。

「クレイグ様は———どうしてウンディーネを好きになったの?」
「……初めてあの泉で彼女を見た時に何て美しいひとなんだろうと…会った瞬間にね、心を奪われたんです」
今度は幸せそうな笑みを、クレイグはその口元に浮かべた。

「彼女と一緒にいると、とても温かくて…優しい気持ちになれるんです。…彼女だけなんです、こういう心にさせてくれるのは」

「———お互いとても大切な存在なのね」
つられるように、アリアも笑みを浮かべた。
「うらやましいわ」
「…アリア様は殿下ともうじき婚約されると聞いていますが」
「……ルキウス様は私の事をとても想ってくれているけれど、私は…ルキウス様の気持ちに応えられるか、自信がないわ」

「出会ってすぐに恋に落ちる事もあれば、時間をかけて生まれる愛もあります」
そう言うと、クレイグは少し意地悪そうに口端を上げた。
「ウィリアムとエイダさんが婚約前、仲が悪かったのは知っていますか?」
「え?!本当に?」
「今はとても仲がいいですけれどね、昔は会えば喧嘩ばかりでしたよ。———だからアリア様なりの愛をこれから作っていけばいいと思います」


「ありがとう」
アリアはクレイグを見上げて微笑んだ。
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