風の精霊の愛し子は王子に見染められ人の心を知る

冬野月子

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水の章

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「ごめん」

「え?」
部屋に入るなりルキウスが発した言葉にアリアは首を傾げた。

「こんな所まで押しかけてきて、迷惑じゃなかった?」
「いいえ」
困ったような表情のルキウスに、アリアは首を横に振ると微笑んだ。
「私も、ルキウス様に会いたいと思っていました」
「本当?」
「はい」
頷いたアリアの頬に両手を添えて顔を上げさせると、しばらく顔を見つめ———ルキウスは唇を重ねた。

「———会いたかった」
唇を離してそう言うと、再び口づける。
幾度もついばむような口づけを繰り返され、くすぐったさと、体の奥からこみ上げきた未知の感覚から逃れようと、アリアは目の前の身体を押し離そうとしたが———ルキウスは逆にアリアを逃すまいと強く抱きすくめてきた。
「ん…ふ…っ」
自分の口から漏れる吐息の熱さと声に肩がびくりと震えた。

「アリア……」
掠れた声に目を開けると、今まで見た事のない光を帯びた瞳がアリアを見つめていた。
「…っ」
「———怖い?」
ルキウスは身体を強張らせるアリアを抱きしめる力を緩めた。
「…ごめんね」
目尻に口づけを落とされ、そこに涙が滲んでいた事に気づいた。


「…ルキウス様は…謝ってばかりですね」
ようやく身体の力を抜くとアリアは口を開いた。
「アリアに…私の気持ちを押し付けてばかりだから」

「……じゃあ、私の気持ちも受け取ってくれますか」
「え?」
手を伸ばし、ルキウスの頬に触れるとアリアは自分から口づけた。

「……今のは驚きましたけど」
アリアは目を丸くしたルキウスを見つめ微笑んだ。
「私も…ルキウス様に触れられたいと、思っています」
「…アリア———」
ルキウスはアリアを強く抱きしめた。

「———ダメだよアリア。そんな事言われたら…我慢できなくなる」
「?我慢しなくても…」
「……我慢しないといけない事もあるんだよ、結婚前には」
「それは…?」

「———今は分からなくていいから」
アリアの髪に顔を埋めるとルキウスは深く息を吐いた。




「何をして過ごしているの?」
並んでソファに座ると、ルキウスはアリアに尋ねた。

「町へ行って色々なものを見たり…」
はっとしたようにアリアは顔を上げた。
「そうだ、ルキウス様にお土産を買ったんです」
「土産?」


慌てて部屋から出ていき、戻ってきたアリアが手にしていた紙袋の中に入っていたのは細長い黒箱だった。
「綺麗な…不思議な模様だね」
表面には青を基調とした複雑な色彩を放つ細かな欠片が幾何学模様を描いていた。
「螺鈿細工といって、貝殻だそうです」
せっかくだから特産品がいいと言うと、エイダが連れていったのが螺鈿細工を扱う工房だった。
様々な商品が並ぶ中でアリアの目についたのがこの箱だった。


「この間見た精霊の光みたいにキラキラしている」
手に取った箱を角度を変えながら眺めると、ルキウスはアリアに向いた。
「ペンを入れるのに丁度良さそうだ。ありがとう、アリア。大切にするよ」
「はい」
満面の笑みを浮かべたアリアに、ルキウスの頬も緩んだ。

「ここでの生活を楽しんでいるみたいだね」
「はい。毎日色々な所に連れて行ってもらったり、初めて見るものも沢山あります」
「そう。良かった…」
そう言って、ルキウスは視線を逸らすとふと表情を消した。
「———悔しいな」
「え?」
「…私がアリアを色々な場所に連れて行きたいのに。実際は王宮を出る事もままならない」
宙を見つめてルキウスはため息をついた。
「———アリアが初めて知るものや望む全てを私が与えたいのに」

「ルキウス様……」
「私は望んでばかりだ」
ルキウスはアリアの肩に寄りかかった。
「…こうやって王宮から離れた場所で君と二人きりになれる、それだけで充分贅沢な事のはずなのに。もっと多くを望んでしまう」


表情の見えないルキウスの赤い髪を見つめ———アリアは昼に見た海の中に生えるという珊瑚を思い出した。

「海…」
「ん?」
「ここに来る時に、海を見ましたか?」
「…アリアの事で頭が一杯で外を見る余裕なんてなかった」
「では明日見に行きましょう。とても綺麗なんです。…ルキウス様と一緒に見たいです」

「———ああ」
顔を上げ、アリアと視線を合わせたルキウスはようやく笑みを浮かべた。
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