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水の章

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「アリア!起きて大丈夫なのか?」
現れたアリアの姿を見てルキウスは慌てて駆け寄った。

ルキウスを見て小さく頷くと、アリアはクレイグの前に立った。

「アリア様…?」
「ウンディーネに何を言ったの?」
それはひどく冷えた声だった。

「何を…とは…」
「この雨はウンディーネが泣いているからなの」
アリアの言葉にクレイグは瞠目した。
「ウンディーネの涙は雨になって…彼女の悲しみが全て消えるまで止まないわ」
「消えるまでって…どれくらい…」
「分からないわ。十日後かもしれないし、一カ月か…もっとかもしれないわ」
「…そんな」

「あなたがウンディーネを泣かせたのでしょう」
強い光を帯びた瞳がクレイグを見据えた。
「泣き声が聞こえるの……悲しいって…寂しい…会いたいって…」
「———っ」



「クレイグ!」
部屋を飛び出していったクレイグを見やると、ウィリアムはアリアに向いた。
「…アリア、今の話は一体……ウンディーネとは…水の精霊の事か?」

「水の精霊でクレイグの恋人よ」
「何だと?」
ウィリアムはエイダと顔を見合わせた。

「そんな事…今まで一度も……」
「———昨夜…クレイグは、ずっと前から好きな相手がいるのだと言っていた」
ウィリアムは言った。
「だが結婚できるような相手ではないと…諦めると。彼女にも伝えたと……まさかその相手とは…精霊だったのか?」


「クレイグと別れないといけないから…悲しくて泣いているの」
藍色の瞳から大きな涙が零れ落ちた。
「苦しいの……」
ぽろぽろと大粒の涙が溢れだす。

「苦しくて…悲しくて…でも……愛しているの……」
涙で濡れる瞳の奥が金色の光を帯びはじめた。

「アリアっ」
エイダは頭を抱え込むように、強くアリアを抱きしめた。
「それ以上は駄目!もう精霊に共鳴しないで…お願い……」



「……姉様」
エイダの腕の中で小さな声がもれた。

「アリア…」
エイダは両手でアリアの頬を包み込みその瞳を確認するように覗き込むと、もう一度抱きしめた。

「共鳴…?」
「———アリアは精霊の声が聞こえるから…あまりにもその声が強いと引きずられてしまうんです」
エイダはルキウスを見て答えると、視線をアリアに戻した。
「アリア…大丈夫?部屋で休む?」
「私が連れて行こう」
ルキウスはアリアを抱き上げるとドアの前で立ち止まり、振り返った。
「ウィリアム。二人を認めてやれ。失恋で国が水没させられたら敵わない」
「…はっ」


ルキウスが出ていくのを見送ると、ウィリアムは深く息を吐いた。
「…しかし…この雨が精霊の涙だなんてそんな事———」
「精霊はね、怒らせたり、傷つけたりしてはいけないのよ」
エイダはウィリアムを見た。
「彼らは自然の一部なの。特に名前を持った精霊はとても力が強くて…感情の乱れが自然を乱してしまうのよ」


「…よりを戻せばこの雨は止むのか?」
窓の外に視線を送ってブライアンが口を開いた。

「そうね…上手く仲直りできればね」
「女を泣かせると後が怖いのは人間も精霊も同じなんだな」
「あら、ご経験があるのかしら」
エイダの返しに首をすくめると、ブライアンはもう一度外を見た。
「……ところで、ウンディーネってもっと西に住んでいるんだろう?どうやって付き合ってるんだ?」

「そういえば…」
「———そうか、聖なる泉か」
「聖なる泉?」
「屋敷の近くにある泉で…特に清浄な水が湧いているんだ」
ウィリアムは言った。
「ウンディーネは綺麗な水のある場所に現れる事があると聞く。泉の管理をクレイグに任せていたから…そこで知り合ったんだろう」


「……早く泣き止んでくれるといいわね」
エイダは絶え間なく雨の降り注ぐ空を見上げた。
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