永遠への階~オルセレイド王国物語~

弥生

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第34話 鼓動

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「アークレイ様から、私はたくさんのものをいただきました・・・・・・ローザラン様ともお会いできましたし・・・・・・夢が叶って、こんなにも幸せで良いのかと思うほどに」

「なに・・・・・・俺がやりたいからやっているだけだ。シルフィアが気にする必要はない」

「ですが・・・・・これほどまで良くしてくださっているのに、私は貴方様に何もお返しできておりません。申し訳ない気持ちでいっぱいです」

 そう言うと、シルフィアは気まずそうに目を伏せて眉根をひそめた。

「何を言うか・・・・・・シルフィアは俺を好きだと言ってくれた。その気持ちだけで、俺は何よりも嬉しい。何物にも替えられない、貴方からのお返しだ」

「私こそアークレイ様からお気持ちをいただきました。本当に、貴方様が私を愛してくださるなど、未だ夢のようで信じられないくらいです・・・・・・」

「シルフィア・・・・・・」

 シルフィアの身体に覆いかぶさるように抱きしめれば、おずおずと背に回された腕が、アークレイの存在を確かめるようにしがみついてくる。
 不安に思うことがないように、夢ではないのだということを伝えるために、抱く腕に力をこめれば、急にシルフィアは短い悲鳴のような声をあげて身をよじり、何かをこらえるかのように顔をしかめた。

「どうした?」

「いえ・・・・・あの・・・・・」

 顔を覗き込めば、シルフィアは戸惑いの表情を浮かべつつも、未だ顔をしかめたままだ。

「シルフィア?・・・・・・あ」

 アークレイはそのときになってようやく気づいた。
 少し身体を離して、己の腰に視線を落とす。
 腰に提げられていたアークレイの剣。
 その剣の柄先が、シルフィアの脇腹のあたりに当たっていたのだ。

「ああ、すまない!痛かったか?」

 慌てて身体を起こし、アークレイは腰に巻いていた革の剣帯の金具を、忙しなく外し始めた。

「いえ・・・・・・大丈夫です」

「すまない。気づかなかった」

 いつもはそれほど時間がかからない動作だが、二つある銀製の金具がなかなか外れない。
 金具が擦れ合う音が耳障りで、酷くもどかしかった。
 少し冷静になって己を見下ろせば、未だマントも上着も羽織ったままだし、ブーツも履いたままシルフィアの寝台に上がってしまっていた。
 よほど余裕を無くしていたのだろうと自嘲してしまう。
 腰からはずした剣帯と剣を、枕元にあったシルフィアのそれと並べるように置けば、それを見ていたシルフィアが目を見開いてアークレイを見上げてくる。

「ん?どうした?」

「あ、あの・・・・・・お部屋にお戻りにはなられないのですか?」

「部屋?俺の部屋か?」

 膝下まである漆黒のブーツも脱ぎ捨て、アークレイはそれらを無造作に床に落とす。

「何故だ?」

「何故って・・・・・・」

 白のマントの留具も外して勢いよく投げると、シルフィアは僅かに身体を起こして、それがばさりと床に落ちていくのを唖然とした表情で追っていた。

「お召し物が・・・・・・」

「構わん」

「ですが」

 濃紺の上着の襟元まで留められた釦を片手だけで外し、上着を脱ぎ、アークレイは広い寝台の端へと乱暴に投げた。

「あっ!駄目です!せっかくの上着が皺に・・・・・・・」

 慌てたシルフィアはそれを取りに行こうと起き上がろうとするが、アークレイはそれを許さず、シルフィアの身体を再びシーツに横たえた。

「アークレイ様」

「別に皺になろうと構わん。気にするな」

「ですが・・・・・・・」

 シルフィアは「上質の絹織物なのに・・・・・」とつぶやき、ちらりと上着のほうに視線を向けるが、しばらくすると諦めたのか小さく息を吐いた。
 シルフィアらしいといえばらしいが、アークレイにとっては、一瞬でもシルフィアが別のことに気をとられるのは嬉しくない。
 基本、あまり人や物に強く執着しないアークレイだが、どうもシルフィアに関しては狭量になってしまうようだ。

「上着のことより、俺を気にしてくれ」

「え?あ・・っ・・・・・・」

 シルフィアの細い顎を指で掴むと強引にこちらを向かせ、その身体に覆いかぶさるようにして、深い口づけを落とした。
 薄く開いた唇に舌を入れれば、シルフィアは軽く呻くが、ためらいがちに応えてくれる。
 もう、幾度目になるのかもわからないシルフィアとの口づけ。
 それは何故か、とても熱いものだ。
 甘い痺れにも似た感覚が、頭から足先まで全身をかけめぐっていく。
 理性というものを奪い、まるで麻薬のように溺れてしまいかねない。
 優しくしてやりたいと思う愛情と、奪いつくしたいと思う欲望。
 様々な感情がない交ぜになる。
 このような口づけは初めてだった。
 シーツに落ちたシルフィアの手にアークレイの手を重ね指を絡ませると、縋るようにシルフィアの指もきゅっと強く握り返してくれた。

「今宵は、シルフィアの側で眠らせてくれないか?」

「・・・・・・え?」

 口づけから解放されたシルフィアは、茫洋とした表情を浮かべていた。

「せっかくシルフィアと想いを通じあえたのに、このまま離れてしまうのは、まるで心に穴が開いたかのような寂しさだ。貴方の温もりを確かめながら俺は眠りたい」

 アークレイのその言葉に、一気にシルフィアの頬が赤く染まる。

「そのようなっ・・・・・・」

 シルフィアの側に身体を横たえると、アークレイはシルフィアの肩と腰を抱き寄せる。

「ア、アークレイ様・・・・・・」

 布越しに触れ合う互いの体温を感じ、シルフィアはますます顔を真っ赤にしてうろたえてしまう。

「だ、駄目・・・です」

 慌ててアークレイの胸に両手をあてて突っ張ろうとするが、その力は決して強いものではない。
 アークレイはふっと微笑んで、シルフィアの顔を覗きこむ。

「駄目?何故だ?」

「・・・・・・アークレイ様は、最近特に政務をお忙しくされ、十分な睡眠をとることもままならないとお伺いしております。ですから・・・・・・」

「だから、シルフィアの側で眠りたいのだ。貴方をこうして抱いていれば、俺もゆっくりと眠れそうだ。貴方も俺が側にいたほうが眠れるだろう?」

 口の端を上げて笑ったアークレイに、シルフィアはかあっと顔を染めてぶんぶんと勢い良く首を振った。

「そんなっ・・・・・・私は眠れませんっ」

「何故だ?」

「だ、だって・・・・・」

 恥かしそうに目元を染め顔を伏せてしまったシルフィア。

「緊張しているのか?」

 シルフィアの胸に手をあてると、「あ・・・・・・」と驚きに目を瞠り、戸惑いの表情でアークレイを見上げてくる。
 手のひらから伝わるシルフィアの熱。
 そして、トクトクと脈打つシルフィアの鼓動。

「本当だ」

「アークレイ様っ」

「なに。貴方だけではない」

 シルフィアの右手首を掴むと、それを自分の胸元へと引き寄せた。

「ほら・・・・・・俺も同じだ」

「あ・・・・・・」

 胸に触れたシルフィアの手のひら。
 戸惑いに揺れた碧玉の瞳で見上げてくるシルフィアに、アークレイの本心は伝わっただろうか。

「わかるか?」

 シルフィアは一瞬躊躇い、だが、小さくこくっと頷き頬を染めた。
 その身体をもう一度強く抱き寄せると、アークレイはシルフィアの耳元に顔を寄せる。

「俺に・・・・・・部屋へ戻って欲しいのか?」

 息が耳にかかるほど近づ囁くように問いかければ、その耳元まで真っ赤に染めたシルフィアは、だが、おずおずとアークレイの背に腕を回してくる。

「嫌・・・・・・です」

 消え入りそうなほど小さな声だったが、アークレイの耳はそれをはっきりと捉えた。
 心の奥底に温かな火が灯ったかのようで、嬉しくてシルフィアをきつく抱きしめていた。

「シルフィア、好きだ・・・・・・愛してる」

 シルフィアの透き通るようなその美貌を見下ろし、アークレイは想いを込めて囁いた。

「アークレイ様・・・・・・」

 シルフィアは小さく微笑むと、すっとその瞼を閉じ、僅かに首を伸ばした。
 柔らかな、シルフィアの唇の感触。
 僅かに触れただけの口づけ。
 だがそれは、紛れもなくシルフィアからの口づけだった。
 はにかむような笑顔を浮かべ、シルフィアはまっすぐにアークレイを見上げてくる。

「私も・・・・・・好きです、アークレイ様」

「シルフィア・・・・・・」

 身体が震えるほどの甘い痺れがアークレイの全身を駆け巡る。
 嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
 幼い頃に、今は亡き父から剣を贈られたときのように、歓喜のあまり舞い上がってしまいそうだ。
 シルフィアの身体を強く抱くと、アークレイはその唇に何度も何度も口づけた。

「今宵は・・・・・・眠りにつくまで、こうしてシルフィアに口づけていたい」

 蕩けるように甘い口づけをしながらアークレイは甘く囁く。

「そんな・・・・・・だ・・・め・・・・です・・・・・」

「駄目?・・・何故だ?」

「だって・・・眠れ・・・・っ・・・」

 息を継ぐのももどかしい口づけの合間に、シルフィアもなんとか言葉を紡ごうとするが、アークレイの口づけに阻まれてしまう。

「眠れない?では・・・・・・止めるか?」

 顔を離し、舌で己の濡れた唇を舐めたアークレイは「ん?」と意地悪い笑みを浮かべて、シルフィアの潤む碧玉の瞳を覗き込む。

「俺は無理強いしたくないからな。シルフィアが止めてほしいというのなら、俺はべつに構わないぞ?・・・・・・止めるか?」

 白金の髪をそっと指で梳けば、少しだけ拗ねたように朱色に熟れた唇を尖らせた。
 そのような表情をしても、今のアークレイには逆効果だ。

「嫌・・・・・・です・・・・・・」

 シャツにしがみつくように、シルフィアはアークレイを強く抱きしめる。

「止めないで・・・・・・もっと・・・・・・して、ください・・・・・・」

 その瞬間、全身の血という血が逆流しそうなほど滾るような熱に襲われた。
 あまりの熱にアークレイの理性は千切れそうになってしまったが、何とか我慢をして、寸でのところで押し留まる。
 その熱を鎮めるために、シルフィアの身体を抱きしめ、貪るような口づけを落としていた。

「シルフィア・・・・・・貴方は酷い。そんなふうに俺を狂わせないでくれ」

「そんな・・・・・・酷いのは貴方様のほうです。私は何だか、おかしくなってしまいそうです」

「シルフィア・・・・・・」

 アークレイは、愛しきその名を呼び深く深く口づける。
 しん・・・・・と静まり返った、ほとんど灯りのないシルフィアの寝室。
 静寂の部屋の中で聞こえるのは、唇の重なる音と、濡れた音、時々もれる熱い吐息、そして衣擦れの音。
 寝台の上で強く抱き合いながら、二人はいつ終わるとも知れない熱い口づけを交わし続けていた。
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