永遠への階~オルセレイド王国物語~

弥生

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第38話 兄弟

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 天を仰げば、太陽が西に傾く夕暮れの空がひろがっていた。
 険しい山々に囲まれたセンシシアとは異なる、平地にあるここ王都エシャールの、ずっと遥かな高みにある空だ。
 暮れなずむその空を、家路を急ぐかのように飛んでいく鳥たちにシルフィアは眩しげに目を細め、飽くことなくその姿を追っていた。

 鳥のように、自分にも羽根があればいいのにとずっと思っていた。
 丘を越え、谷を越え、山を越え、懐かしいセンシシアへいつでも戻ることができるから。
 故郷を離れて、間もなく1ヶ月が経とうとしている。
 こんなふうに静かな時間を過ごしていると、時々、センシシアのことが思い出されて少しだけ切なくなる。
 帰りたいというわけではない。
 ただ、懐かしい父や母、兄や幼い甥や姪たちの顔が見たいと思うだけだ。
 オルセレイドでは、どこか独りぼっちで居るような、独り残されたような寂しさを感じていたから。

 だが、昨日と今日は感じ方が違う。
 空を飛ぶ鳥を羨ましいとは思うが、ただそれだけだ。
 自分の居場所はここなのだと、自分は独りではないのだと、優しく包んでくれた温かな腕を思い出し、シルフィアは己の身体を自らの腕で抱き、小さく微笑んだ。

『愛している、シルフィア』

 アークレイの囁く声。
 甘い痺れにも似た感覚に、ゾクリと身震いさせられる。
 あの声をずっと・・・ずっと聞いていたい。

「シルフィア?」

 ふと名を呼ばれ、シルフィアははっと我に返る。
 目を見開いて声の主を見下ろせば、大きな翠の瞳が4つ、キョトンとこちらを見上げていた。

「どうしたの?」

「シルフィア、どうしたの?」

 シルフィアを見上げていたのは、仲良く手を繋ぐ、第一王子のナレオと第二王子のジェレスだった。

「ああ、いいえ。なんでもありませんよ」

「だいじょうぶ?どこかいたいの?」

「大丈夫ですよ。お優しいのですのね、王子様たち。心配してくださってありがとうございます」

 安心させるように微笑むと、2人の王子は笑顔になった。
 彼らに気づかれないようにため息をつく。
 気を抜いて、つい、アークレイのことを考えてしまっていたようだ。

「シルフィアー!こっち!こっちきて!」

「はい、王子様」

 2人の王子に両方の腕を引かれ、シルフィアは苦笑しつつも彼等についていく。
 王城の図書室にいたシルフィアは、元気よく飛び込んできた王子たちに「あそぼ!」とねだられ、王城の庭園に連れてこられたのだ。
 ナレオとジェレスは母親違いの兄弟だが、とても仲がいい。
 彼等にとっては、母親同士が正王妃の座を巡って仲たがいしていることも、周囲の大人たちの思惑なども関係ないのだろう。
 2人の王子が遊んでいる姿を、シルフィアも王城内でよく見かけていた。

 2人ともに、容姿は父親であるアークレイに似ている。
 髪の色も茶色、瞳の色も翠、目鼻立ちも似ているので、母親が違うということを感じさせない兄弟だ。
 1歳も違わないのでまるで双子のようだが、二人から受ける印象が全く違うので、まだ出会って日が浅いシルフィアでも見間違うことはない。

 兄のナレオは4歳。
 年に似合わずしっかりとしていて、子供とは思えないほど周囲の者たちへの気配りができている。
 物怖じせずにはきはきと喋るし、明るくてとても元気がいい。
 性格は、どちらかというとアークレイに似たのかもしれない。
 弟ジェレスの手を引いて、転ばないようにと気を遣っている姿は良いお兄ちゃんというかんじだ。
 一方のジェレスは3歳。
 母親に似たおっとりとした性格で、いつも元気一杯な兄に一所懸命付いていっているというかんじだ。
 多少人見知りはするが、優しくて笑顔が愛らしいと、城中でも可愛がられている存在だ。
 そのジェレスも、あと3ヶ月ほどで4歳になる。
 そのとき、ナレオとジェレスは母親たちの手を離れ、シルフィアのもとで育てられることが決まっている。

 本当にそれでいいのだろうかと、未だに悩み考えてしまう。
 幼い、まだ甘えたい盛りの幼い子達を母親から離して、自分がその子達を育てることは本当に良いことなのだろうか。
 苦渋の決断をせざるをえない状況なのだということも、シルフィアは十分にわかっている。
 2人の母親は、大国でも四強といわれている国の出身だ。
 この大陸において、四強国の勢力が危うい均衡の上で保っていることも現実問題としてある。

 ナレオの母親は、北東の大国リヒテラン王国の姫。
 ジェレスの母親は、南西の大国ファーリヴァイア王国の姫。
 二人ともに現国王の娘であり、しかも、正妃との間に出来た姫たちだ。
 大切な娘たちをオルセレイド王国に嫁がせたのは、当然に政治的な思惑があってのことだ。
 この二国は昔から互いを敵視し、牽制しあっているところがあり、些細なきっかけでも、一触即発、大規模な戦争が勃発しかねない。
 オルセレイド王国は中立国ではあるが、その姿勢も、大国の圧力の前ではいつ崩れてしまうかわからない。
 大国の影響を少しでも少なくしようと考えられた苦肉の策が、王子たちを母親のもとから離し、新たに迎える正妃に育てさせるというものだ。
 無邪気な王子たちは、未だそのことを理解できていない。
 シルフィアがアークレイの正妃として嫁いできた理由など、その意味もこの歳ではわかりはしないだろう。
 それ以前に、シルフィアが男性なのだということを、この二人は未だにわかってくれていないと不安に思っていたりもするのだが。

 シルフィアはふう・・・・・・と息を吐きだす。
 こんなことを自分が悩んでいても仕方がない。
 すでに決定事項であり、だからこそ自分がオルセレイドに来たのだから。
 誰よりも悩んだのは、他ならぬアークレイの筈だ。
 家族を大切にしているアークレイが、そこに至るまでどれほど悩み苦しんだか。
 シルフィアはその想いを受け止め、2人の王子を立派に育て、自立させることが役目なのだから。
 少しでもアークレイの役に立てるように。
 花壇の中で無邪気に走り回っている王子たちに笑みを浮かべ、備え付けられた木製の長椅子に腰掛けたシルフィアは、ふと視線を横へと向けた。

「・・・・・・」

 円形状に造られた花園の脇、少し離れたところに王子の従者や騎士たちが控えている。
 騎士の中には、シルフィアの警護をしている宮殿騎士も含まれている。
 シルフィアの騎士は3人。
 昨日まで常時付く騎士は2人だったのだが、今日からもう一人増えて、3人もの騎士が付くことになった。
 3人も不要だと一旦は断ったのだが、宮殿騎士団団長が言うには、これはアークレイからの命令らしい。
 何故かという理由を聞くことは出来なかった。

 シルフィアのことを護りたいと言ってくれたアークレイの気持ちは嬉しいのだが、そんなに自分は頼りないのだろうか?
 少しだけ寂しい思いもしたのだが。
 王子たちと庭に降りてきて、ようやくそうではないのだとシルフィアは気づいた。
 騎士の数が増えていたのはシルフィアだけではなかった。
 王子付きの騎士の数も増えていたのだ。
 さらに、騎士たちを取り巻く張り詰めた緊張感が、いつもと違うのだということを物語っていた。
 当然に警護をする立場としては緊張感があってしかるべきだが、昨日までの通常の警備としての緊張感ではなく、騎士たちはあからさまなほどに神経を尖らせ、周囲に鋭い視線を配り何かに警戒をしているのだ。

 空気が重い。
 一体何があったというのだろうか。
 何かがあることはわかるのだが、何も知らないということは不安を覚える。
 アークレイに問えば、その答えは返ってくるのだろうか。

「あ!ちちうえーーー!」

 子供たちの一段と喜びに満ちた声に、はっと顔を上げて視線を移す。

「ちちうえ!」

 銀糸で縁取られた紺のマントを颯爽と翻し、堂々とした足取りで歩いてきたのは、誰あろうアークレイだった。

「やあ、王子様たち。今日も元気だな」

 穏やかな笑みを口元に浮かべ、右手を軽く上げたアークレイ。

「ちちうえ!」

 王子たちはアークレイに向かって笑顔で走り寄り、足に勢いよく飛びついた。
 それを揺らぐことなく受け止め、子供たちに優しい笑みを浮べたアークレイだったが、ふと視線が上がり、子供たちに向ける以上の柔らかな笑みでシルフィアへ笑いかけた。

「シルフィア」

 アークレイのその声で名を呼ばれた途端、シルフィアの脳裏に昨夜のことが一瞬にして駆け巡り、全身がかあっと熱くなる。

「あ・・・・・・へ、陛下・・・・・・」

 慌ててシルフィアはベンチから立ち上がり、勢いよく頭を下げた。
 そんなシルフィアの態度に困ったように苦笑し、アークレイは背後に付いていた騎士たちへ下がるように首で合図をする。

「子供たちの相手をしてくれていたのか?貴方も忙しいだろうに、すまないな」

 アークレイは腰を少し屈め、両足にしがみつくナレオとジェレスの肩を軽く叩く。

「い、いえ・・・・・・陛下も、よろしいのでしょうか?」

「俺か?ああ、午後の謁見は終わったし、執務も少しだが落ち着いた。夕食を食べたらまた会議だがな」

「やれやれ・・・」と肩を竦めるアークレイだったが、シルフィアはその顔をまともに見ることができなかった。
 どのような顔で目を合わせればいいのかわからなくて、戸惑いに瞳を伏せれば、そんなシルフィアの様子に困ったように苦笑された。

「ナレオ、ジェレス、父上はシルフィアと大事な話があるからな、おまえたちはあっちで遊んでいなさい」

「おはなしおわったら、あそんでくれる?」

「わかったわかった。あとで、シルフィアと一緒にな」

「はーい!」

 王子たちは素直にうなずき、お互い手を繋ぎながら、歓声をあげて再び花園へと走り去っていった。

「子供は元気で良いな」

 その姿を見送ったアークレイの視線が、再びシルフィアへと向けられる。
 ゆっくりとした足取りで歩み寄ったアークレイは、シルフィアの前に立って、瞳を伏せてしまったシルフィアの顔を覗き込んできた。

「どうした?シルフィア」

 どこか笑みを含んだような余裕のある声。
 シルフィアの戸惑いや緊張などもお見通しと言ったような声だ。

「あ・・・あの・・・・・・」

「立ち話も何だし、座ろうか」

「あっ!」

 手首を掴まれて腕を引かれたシルフィアは、その勢いで、腰掛けたアークレイの胸元に倒れ込むように落ちてしまった。

「へ、陛下!」

 不意打ちとも言えるアークレイの熱と鼓動を感じて、シルフィアの身体が一層熱くなってしまう。

「何をそう緊張しているのだ?」

 くすくすと笑みを含んだ声が頭上から落ちてきた。
 その声に誘われるように視線を上げると、アークレイの翠色の瞳が、優しげに細められてシルフィアを見下ろしていた。

「き、緊張なんて・・・・・・」

「していない?」

「・・・・・・しておりません」

 思わずふいっと視線を外すと、 白い手袋を嵌めたアークレイの掌が、シルフィアの頬にそっと添えられて正面に向き直させられた。

「陛下・・・・・」

「『陛下』は止めてくれと言っただろう?名で呼んでくれないか?」

「ですが、王子様方もいらっしゃいますし」

「王子たちは遊びに夢中だ」

「で、ですが、騎士の方々も・・・・・・」

「構わん」

「ですが・・・へい・・・・・・っ」

 頬を滑った指がシルフィア顎をくいっと上げ、あ・・・・と思う間もなくアークレイの顔が近づき、シルフィアの言葉を遮るように唇が重ねられていた。
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