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PKを外せるのはPKを蹴ろうとした者だけだ
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晴れた日だった。俺はその日の朝六時に起きて窓を覗いてみた。外はまだ薄暗かった。最近は日が出るのが遅い。
俺は顔を洗い、念入りに歯を磨いた。前の日に用意していた服に着替えてもう一度カーテンを開けると、白い光が俺の部屋に差し込んできた。外の空気を吸いたかった。窓を開けると、ひやりとした痛いような空気が俺の顔に当たった。窓に反射する自分の姿を一瞬見る。そこには、嫌になるくらい背が高くて、ちょっとだけ猫背で、目つきの悪い男がいた。
家を出た。
ブロック大会の優勝者は伊月に決まった。二位は社会人か大学生の男性だった。一位と二位の票数に大差は無かったので事実上の一騎打ちだった。
俺はギリギリ三位に食い込み、なんとか全国に行けることとなった。一度俺に負けたからだろうか、伊月のプレゼンは神がかっていた。口も前より達者になっていたが、何より、伊月自身が本当に面白いと思える本で勝負したのが良かった。彼は初め、評論や古典で勝負しようとしたが、結局俺の強い押しもあってか、彼が小学生の時に読んでいた本で勝負することにした。今回は土壇場で本を変えることもしなかったので、練習通りに事を進めることが出来た。
俺は得意の古典で勝負したが、結果は可もなく不可も無かった。確かに面白いとは思うが、こういう大作もいつか読めればいいや。そんな印象を与えてしまったのかもしれない。俺はもっと、物語の時代背景や作者の置かれていた状況を言う代わりに、物語の核部分、現代にも通じる本当に核の部分をフォーカスすべきだった。俺の前半の三十秒は、いくらか削った方が良かったかもしれない。
二位になった男は、以前の大会でも見かけた奴だった。細くて猫背で、眼鏡をかけていた奴だ。彼の得意領域はミステリーのようで、前回はフランスの、今回は日本の最新作を紹介した。
「また会いましたね」
俺は会場で海野さんに会った。
「久しぶりっすね」俺はこの人が苦手だ。本以外の話では、何を話していいのか全く分からないからだ。海野さんは白いタートルネックとグレーのワンピースみたいな服を着ていた。
「今回はうちの二(に)継(つぎ)君が健闘したみたいでしたけど、どうでした?」
「うちの二継?」
思わずちょっと声が裏返る。
「まさかあいつ、高校生なのか?」
「そうですよ、私と同い年で」
「呼びましたか?」
海野さんの後ろに、二位の奴がいた。背が低い訳では無いのに、声がするまで全く気配に気づかなかった。
「噂の通り、二継君です。同じ高校の」
海野さんが彼を手で示す。
「二継です」
相手は礼をした。
「日向です。桂陽校生だったんですね」
「よく驚かれます」
相手は俺の発言に何の感慨も抱いてないようだった。慣れているのだ。
「ミステリーが好きなんですね」
俺は動揺を悟られないよに話題を探した。
「ええ、広く読んでます。最近はまた日本人作家も面白くなってきています」
「俺は古典しかわからねえし、読んでもバカだから、ミステリーはすぐに内容を忘れちゃうんだよな」
「何か好きな作品は有りますか?」
「俺はベタだけどクリスティ派だよ」
「いいですよね、そもそも彼女の作品の魅力は何といっても、その膨大な数とそれに劣らない質にあって、それでいて長編も短編も最高にうまいんです、キャラクターも立っていますし、話の構成力に関しては彼女の右に出るものは……」
ニ継がものすごい早口でまくし立てる。
「それにしても、今回は伊月さんがすごかったですねえ。前は何て言うか、ちょっと生意気な子供みたいだったのに、今回は素直な少年の心を持った青年、って感じでしたよね」
二継の言葉をまるまる無視して海野さんが俺に話しかける。きっと慣れているのだろう。俺は桂陽高校でまともな人間関係を作れる自信が無い。
「生意気な子供ですか、言い得て妙ですね」
「そうでしょうかね、でも良かったです。あれを計算でやっているのか、天然でやっているのかはわかりませんけど、とにかくすごく、本が好きなことが伝わってきました」
海野さんは笑う。二継は言葉を遮られ、不服そうに彼女の後ろに立っていた。
「それにしてもいいねえ、第一(あなたの)高校は。文学オタクが生きやすい空間で」
「なんでですか?」
俺は質問の意味が分からなかった。
「私と二継君は、ただのクラスメイトなの。もっと言うと友達でもなかったわね」
「どういうことですか?」
「私たち、大会には個人で出場してるの。普段は私たち、放送委員と書道クラブよ」
「そうなんすか」
文芸部がどこの高校にもある訳ないとはわかっていたが、二継や海野さんみたいな知識のある人間が輝ける場所が無いのは勿体ない。そういう点では、俺は伊月に感謝しなければならない。
「それに第一には、桜木ヒカルって作家がいるんでしょ? 結構噂になってるけど本当なの?」
「そうらしいって聞きますね」
俺は適当にはぐらかした。海野さんは表情を全く変えない。
「伊月君は何かしら知ってそうね」
う、勘がいい。さすが。
「あいつは知ってるでしょうね、頭の良い奴ですから。俺と違って人望もあるし」
「そうね、ありがとう。あと、全国おめでとう」
海野さんが俺の手を握った。突然のことだったから、心の準備が全くできていなかった。
「あ、はい」
慣れてないせいで、俺は手を払いのける。やべ、と思ったがもう遅かった。しかし彼女は何も気にしていないみたいだたった。
「俺もですけど……」
二継は自分の話ができなくて不服そうだ。
ふと伊月の方を見ると、平静そのもので興奮も緊張もせず落ち着いて誰かと話していた。何も変わりがなかった。さすがだ。あいつはいつものあいつだった。
けど少しだけ、前より表情が柔らかくなっている気がした。
俺は顔を洗い、念入りに歯を磨いた。前の日に用意していた服に着替えてもう一度カーテンを開けると、白い光が俺の部屋に差し込んできた。外の空気を吸いたかった。窓を開けると、ひやりとした痛いような空気が俺の顔に当たった。窓に反射する自分の姿を一瞬見る。そこには、嫌になるくらい背が高くて、ちょっとだけ猫背で、目つきの悪い男がいた。
家を出た。
ブロック大会の優勝者は伊月に決まった。二位は社会人か大学生の男性だった。一位と二位の票数に大差は無かったので事実上の一騎打ちだった。
俺はギリギリ三位に食い込み、なんとか全国に行けることとなった。一度俺に負けたからだろうか、伊月のプレゼンは神がかっていた。口も前より達者になっていたが、何より、伊月自身が本当に面白いと思える本で勝負したのが良かった。彼は初め、評論や古典で勝負しようとしたが、結局俺の強い押しもあってか、彼が小学生の時に読んでいた本で勝負することにした。今回は土壇場で本を変えることもしなかったので、練習通りに事を進めることが出来た。
俺は得意の古典で勝負したが、結果は可もなく不可も無かった。確かに面白いとは思うが、こういう大作もいつか読めればいいや。そんな印象を与えてしまったのかもしれない。俺はもっと、物語の時代背景や作者の置かれていた状況を言う代わりに、物語の核部分、現代にも通じる本当に核の部分をフォーカスすべきだった。俺の前半の三十秒は、いくらか削った方が良かったかもしれない。
二位になった男は、以前の大会でも見かけた奴だった。細くて猫背で、眼鏡をかけていた奴だ。彼の得意領域はミステリーのようで、前回はフランスの、今回は日本の最新作を紹介した。
「また会いましたね」
俺は会場で海野さんに会った。
「久しぶりっすね」俺はこの人が苦手だ。本以外の話では、何を話していいのか全く分からないからだ。海野さんは白いタートルネックとグレーのワンピースみたいな服を着ていた。
「今回はうちの二(に)継(つぎ)君が健闘したみたいでしたけど、どうでした?」
「うちの二継?」
思わずちょっと声が裏返る。
「まさかあいつ、高校生なのか?」
「そうですよ、私と同い年で」
「呼びましたか?」
海野さんの後ろに、二位の奴がいた。背が低い訳では無いのに、声がするまで全く気配に気づかなかった。
「噂の通り、二継君です。同じ高校の」
海野さんが彼を手で示す。
「二継です」
相手は礼をした。
「日向です。桂陽校生だったんですね」
「よく驚かれます」
相手は俺の発言に何の感慨も抱いてないようだった。慣れているのだ。
「ミステリーが好きなんですね」
俺は動揺を悟られないよに話題を探した。
「ええ、広く読んでます。最近はまた日本人作家も面白くなってきています」
「俺は古典しかわからねえし、読んでもバカだから、ミステリーはすぐに内容を忘れちゃうんだよな」
「何か好きな作品は有りますか?」
「俺はベタだけどクリスティ派だよ」
「いいですよね、そもそも彼女の作品の魅力は何といっても、その膨大な数とそれに劣らない質にあって、それでいて長編も短編も最高にうまいんです、キャラクターも立っていますし、話の構成力に関しては彼女の右に出るものは……」
ニ継がものすごい早口でまくし立てる。
「それにしても、今回は伊月さんがすごかったですねえ。前は何て言うか、ちょっと生意気な子供みたいだったのに、今回は素直な少年の心を持った青年、って感じでしたよね」
二継の言葉をまるまる無視して海野さんが俺に話しかける。きっと慣れているのだろう。俺は桂陽高校でまともな人間関係を作れる自信が無い。
「生意気な子供ですか、言い得て妙ですね」
「そうでしょうかね、でも良かったです。あれを計算でやっているのか、天然でやっているのかはわかりませんけど、とにかくすごく、本が好きなことが伝わってきました」
海野さんは笑う。二継は言葉を遮られ、不服そうに彼女の後ろに立っていた。
「それにしてもいいねえ、第一(あなたの)高校は。文学オタクが生きやすい空間で」
「なんでですか?」
俺は質問の意味が分からなかった。
「私と二継君は、ただのクラスメイトなの。もっと言うと友達でもなかったわね」
「どういうことですか?」
「私たち、大会には個人で出場してるの。普段は私たち、放送委員と書道クラブよ」
「そうなんすか」
文芸部がどこの高校にもある訳ないとはわかっていたが、二継や海野さんみたいな知識のある人間が輝ける場所が無いのは勿体ない。そういう点では、俺は伊月に感謝しなければならない。
「それに第一には、桜木ヒカルって作家がいるんでしょ? 結構噂になってるけど本当なの?」
「そうらしいって聞きますね」
俺は適当にはぐらかした。海野さんは表情を全く変えない。
「伊月君は何かしら知ってそうね」
う、勘がいい。さすが。
「あいつは知ってるでしょうね、頭の良い奴ですから。俺と違って人望もあるし」
「そうね、ありがとう。あと、全国おめでとう」
海野さんが俺の手を握った。突然のことだったから、心の準備が全くできていなかった。
「あ、はい」
慣れてないせいで、俺は手を払いのける。やべ、と思ったがもう遅かった。しかし彼女は何も気にしていないみたいだたった。
「俺もですけど……」
二継は自分の話ができなくて不服そうだ。
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