15 / 50
PKを外せるのはPKを蹴ろうとした者だけだ
しおりを挟む
晴れた日だった。俺はその日の朝六時に起きて窓を覗いてみた。外はまだ薄暗かった。最近は日が出るのが遅い。
俺は顔を洗い、念入りに歯を磨いた。前の日に用意していた服に着替えてもう一度カーテンを開けると、白い光が俺の部屋に差し込んできた。外の空気を吸いたかった。窓を開けると、ひやりとした痛いような空気が俺の顔に当たった。窓に反射する自分の姿を一瞬見る。そこには、嫌になるくらい背が高くて、ちょっとだけ猫背で、目つきの悪い男がいた。
家を出た。
ブロック大会の優勝者は伊月に決まった。二位は社会人か大学生の男性だった。一位と二位の票数に大差は無かったので事実上の一騎打ちだった。
俺はギリギリ三位に食い込み、なんとか全国に行けることとなった。一度俺に負けたからだろうか、伊月のプレゼンは神がかっていた。口も前より達者になっていたが、何より、伊月自身が本当に面白いと思える本で勝負したのが良かった。彼は初め、評論や古典で勝負しようとしたが、結局俺の強い押しもあってか、彼が小学生の時に読んでいた本で勝負することにした。今回は土壇場で本を変えることもしなかったので、練習通りに事を進めることが出来た。
俺は得意の古典で勝負したが、結果は可もなく不可も無かった。確かに面白いとは思うが、こういう大作もいつか読めればいいや。そんな印象を与えてしまったのかもしれない。俺はもっと、物語の時代背景や作者の置かれていた状況を言う代わりに、物語の核部分、現代にも通じる本当に核の部分をフォーカスすべきだった。俺の前半の三十秒は、いくらか削った方が良かったかもしれない。
二位になった男は、以前の大会でも見かけた奴だった。細くて猫背で、眼鏡をかけていた奴だ。彼の得意領域はミステリーのようで、前回はフランスの、今回は日本の最新作を紹介した。
「また会いましたね」
俺は会場で海野さんに会った。
「久しぶりっすね」俺はこの人が苦手だ。本以外の話では、何を話していいのか全く分からないからだ。海野さんは白いタートルネックとグレーのワンピースみたいな服を着ていた。
「今回はうちの二(に)継(つぎ)君が健闘したみたいでしたけど、どうでした?」
「うちの二継?」
思わずちょっと声が裏返る。
「まさかあいつ、高校生なのか?」
「そうですよ、私と同い年で」
「呼びましたか?」
海野さんの後ろに、二位の奴がいた。背が低い訳では無いのに、声がするまで全く気配に気づかなかった。
「噂の通り、二継君です。同じ高校の」
海野さんが彼を手で示す。
「二継です」
相手は礼をした。
「日向です。桂陽校生だったんですね」
「よく驚かれます」
相手は俺の発言に何の感慨も抱いてないようだった。慣れているのだ。
「ミステリーが好きなんですね」
俺は動揺を悟られないよに話題を探した。
「ええ、広く読んでます。最近はまた日本人作家も面白くなってきています」
「俺は古典しかわからねえし、読んでもバカだから、ミステリーはすぐに内容を忘れちゃうんだよな」
「何か好きな作品は有りますか?」
「俺はベタだけどクリスティ派だよ」
「いいですよね、そもそも彼女の作品の魅力は何といっても、その膨大な数とそれに劣らない質にあって、それでいて長編も短編も最高にうまいんです、キャラクターも立っていますし、話の構成力に関しては彼女の右に出るものは……」
ニ継がものすごい早口でまくし立てる。
「それにしても、今回は伊月さんがすごかったですねえ。前は何て言うか、ちょっと生意気な子供みたいだったのに、今回は素直な少年の心を持った青年、って感じでしたよね」
二継の言葉をまるまる無視して海野さんが俺に話しかける。きっと慣れているのだろう。俺は桂陽高校でまともな人間関係を作れる自信が無い。
「生意気な子供ですか、言い得て妙ですね」
「そうでしょうかね、でも良かったです。あれを計算でやっているのか、天然でやっているのかはわかりませんけど、とにかくすごく、本が好きなことが伝わってきました」
海野さんは笑う。二継は言葉を遮られ、不服そうに彼女の後ろに立っていた。
「それにしてもいいねえ、第一(あなたの)高校は。文学オタクが生きやすい空間で」
「なんでですか?」
俺は質問の意味が分からなかった。
「私と二継君は、ただのクラスメイトなの。もっと言うと友達でもなかったわね」
「どういうことですか?」
「私たち、大会には個人で出場してるの。普段は私たち、放送委員と書道クラブよ」
「そうなんすか」
文芸部がどこの高校にもある訳ないとはわかっていたが、二継や海野さんみたいな知識のある人間が輝ける場所が無いのは勿体ない。そういう点では、俺は伊月に感謝しなければならない。
「それに第一には、桜木ヒカルって作家がいるんでしょ? 結構噂になってるけど本当なの?」
「そうらしいって聞きますね」
俺は適当にはぐらかした。海野さんは表情を全く変えない。
「伊月君は何かしら知ってそうね」
う、勘がいい。さすが。
「あいつは知ってるでしょうね、頭の良い奴ですから。俺と違って人望もあるし」
「そうね、ありがとう。あと、全国おめでとう」
海野さんが俺の手を握った。突然のことだったから、心の準備が全くできていなかった。
「あ、はい」
慣れてないせいで、俺は手を払いのける。やべ、と思ったがもう遅かった。しかし彼女は何も気にしていないみたいだたった。
「俺もですけど……」
二継は自分の話ができなくて不服そうだ。
ふと伊月の方を見ると、平静そのもので興奮も緊張もせず落ち着いて誰かと話していた。何も変わりがなかった。さすがだ。あいつはいつものあいつだった。
けど少しだけ、前より表情が柔らかくなっている気がした。
俺は顔を洗い、念入りに歯を磨いた。前の日に用意していた服に着替えてもう一度カーテンを開けると、白い光が俺の部屋に差し込んできた。外の空気を吸いたかった。窓を開けると、ひやりとした痛いような空気が俺の顔に当たった。窓に反射する自分の姿を一瞬見る。そこには、嫌になるくらい背が高くて、ちょっとだけ猫背で、目つきの悪い男がいた。
家を出た。
ブロック大会の優勝者は伊月に決まった。二位は社会人か大学生の男性だった。一位と二位の票数に大差は無かったので事実上の一騎打ちだった。
俺はギリギリ三位に食い込み、なんとか全国に行けることとなった。一度俺に負けたからだろうか、伊月のプレゼンは神がかっていた。口も前より達者になっていたが、何より、伊月自身が本当に面白いと思える本で勝負したのが良かった。彼は初め、評論や古典で勝負しようとしたが、結局俺の強い押しもあってか、彼が小学生の時に読んでいた本で勝負することにした。今回は土壇場で本を変えることもしなかったので、練習通りに事を進めることが出来た。
俺は得意の古典で勝負したが、結果は可もなく不可も無かった。確かに面白いとは思うが、こういう大作もいつか読めればいいや。そんな印象を与えてしまったのかもしれない。俺はもっと、物語の時代背景や作者の置かれていた状況を言う代わりに、物語の核部分、現代にも通じる本当に核の部分をフォーカスすべきだった。俺の前半の三十秒は、いくらか削った方が良かったかもしれない。
二位になった男は、以前の大会でも見かけた奴だった。細くて猫背で、眼鏡をかけていた奴だ。彼の得意領域はミステリーのようで、前回はフランスの、今回は日本の最新作を紹介した。
「また会いましたね」
俺は会場で海野さんに会った。
「久しぶりっすね」俺はこの人が苦手だ。本以外の話では、何を話していいのか全く分からないからだ。海野さんは白いタートルネックとグレーのワンピースみたいな服を着ていた。
「今回はうちの二(に)継(つぎ)君が健闘したみたいでしたけど、どうでした?」
「うちの二継?」
思わずちょっと声が裏返る。
「まさかあいつ、高校生なのか?」
「そうですよ、私と同い年で」
「呼びましたか?」
海野さんの後ろに、二位の奴がいた。背が低い訳では無いのに、声がするまで全く気配に気づかなかった。
「噂の通り、二継君です。同じ高校の」
海野さんが彼を手で示す。
「二継です」
相手は礼をした。
「日向です。桂陽校生だったんですね」
「よく驚かれます」
相手は俺の発言に何の感慨も抱いてないようだった。慣れているのだ。
「ミステリーが好きなんですね」
俺は動揺を悟られないよに話題を探した。
「ええ、広く読んでます。最近はまた日本人作家も面白くなってきています」
「俺は古典しかわからねえし、読んでもバカだから、ミステリーはすぐに内容を忘れちゃうんだよな」
「何か好きな作品は有りますか?」
「俺はベタだけどクリスティ派だよ」
「いいですよね、そもそも彼女の作品の魅力は何といっても、その膨大な数とそれに劣らない質にあって、それでいて長編も短編も最高にうまいんです、キャラクターも立っていますし、話の構成力に関しては彼女の右に出るものは……」
ニ継がものすごい早口でまくし立てる。
「それにしても、今回は伊月さんがすごかったですねえ。前は何て言うか、ちょっと生意気な子供みたいだったのに、今回は素直な少年の心を持った青年、って感じでしたよね」
二継の言葉をまるまる無視して海野さんが俺に話しかける。きっと慣れているのだろう。俺は桂陽高校でまともな人間関係を作れる自信が無い。
「生意気な子供ですか、言い得て妙ですね」
「そうでしょうかね、でも良かったです。あれを計算でやっているのか、天然でやっているのかはわかりませんけど、とにかくすごく、本が好きなことが伝わってきました」
海野さんは笑う。二継は言葉を遮られ、不服そうに彼女の後ろに立っていた。
「それにしてもいいねえ、第一(あなたの)高校は。文学オタクが生きやすい空間で」
「なんでですか?」
俺は質問の意味が分からなかった。
「私と二継君は、ただのクラスメイトなの。もっと言うと友達でもなかったわね」
「どういうことですか?」
「私たち、大会には個人で出場してるの。普段は私たち、放送委員と書道クラブよ」
「そうなんすか」
文芸部がどこの高校にもある訳ないとはわかっていたが、二継や海野さんみたいな知識のある人間が輝ける場所が無いのは勿体ない。そういう点では、俺は伊月に感謝しなければならない。
「それに第一には、桜木ヒカルって作家がいるんでしょ? 結構噂になってるけど本当なの?」
「そうらしいって聞きますね」
俺は適当にはぐらかした。海野さんは表情を全く変えない。
「伊月君は何かしら知ってそうね」
う、勘がいい。さすが。
「あいつは知ってるでしょうね、頭の良い奴ですから。俺と違って人望もあるし」
「そうね、ありがとう。あと、全国おめでとう」
海野さんが俺の手を握った。突然のことだったから、心の準備が全くできていなかった。
「あ、はい」
慣れてないせいで、俺は手を払いのける。やべ、と思ったがもう遅かった。しかし彼女は何も気にしていないみたいだたった。
「俺もですけど……」
二継は自分の話ができなくて不服そうだ。
ふと伊月の方を見ると、平静そのもので興奮も緊張もせず落ち着いて誰かと話していた。何も変わりがなかった。さすがだ。あいつはいつものあいつだった。
けど少しだけ、前より表情が柔らかくなっている気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる