それでも日は昇る

阿部梅吉

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意見を言わない限り肯定したと思われても仕方がない 1

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「……というわけ」

南条と中谷さんと別れ、俺は伊月と図書室に向かう途中で事の顛末を話した。

「そうか」

伊月はそう言ったきり口をぎゅっと結んだ。冷静さを装っているが、こぶしに力が入っている。

「卑劣な奴がいる。他人のアカウントを使ってまで」

「明日の昼休みに八組に行く」

「明日の昼か。俺も行く」

「大勢で行って刺激しない方がいいだろう。まずは俺だけで行く。ダメなら援護を呼ぶ。中谷さんもついて来てくれる予定だ。後は南条がいれば怪しまれないだろう」

「俺と中谷さんは後ろで待機していた方がいいな」

「そうだな、まず俺と南条で行こう。そうすれば怪しまれない。さすがに四対一だと警戒するだろ」

「だな」

ちょうど図書室に着いた。扉を開けると、高橋と若狭しかいなかった。

「今日遅かったですね、先輩」

相変わらず犬のように若狭が話しかけてくる。

「まあ。みんなは?」

「佐伯さんはペンを買いに購買へ、鈴木先輩も飲み物を買いに行きました」と高橋が淡々と答える。手には何か詩集か歌集を持っている。

「そっか、梶は今日理学部の日だったな。そういや、若狭は原稿、どうなった?」

「どうもこうも、進んでませんよ。収集付かなくて。昨日進めた分、見てくださいよ。って言ってもメモ書きですけど」

「若狭は以外にも長編書きなんだなあ」

伊月がしみじみ言う。

「もともと若狭は長編とかファンタジー畑だしな」

俺と伊月がメモを見る。確かにまだまだ長くなりそうだ。物語の「転」までは書けそうだが、「結」が思いつかないらしい。

「まだ細かいところも全然詰めてないですし」

「北欧神話とかちゃんとお前、勉強しているのか?」

伊月が突っ込む。

「いや、まずはギリシア悲劇を勉強してからデウスエクスマキナを突っ込むべきだと思うんだが」

俺も加勢する。

「なんですか、それ?何語ですか?」

若狭がしょぼんとして言う。本当にイヌのようだ。

「「よし、まずは勉強だ」」

俺と伊月がハモる。

「あ、久しぶりのシンクロ」と高橋が言う。

「勉強っすか?神話とかすげえ楽しそうですね、教えてください」

若狭は割とノリノリだ。

「親友の 声と重なる 飛ぶトンボ」

高橋が一句詠んだ。確かに窓の外を見ると二匹一緒に飛ぶトンボがいた。

 「そういや、出版社の人電話をかけるのはいつにするんだ?」

伊月が何事もなかったかのように俺に話題を振った。

「それなんだけど、佐伯と若狭の原稿次第にしようと思う。鈴木はもうすでに印刷段階に入っている。俺の原稿も前のやつを見せようと思う」

「光は問題なさそうだな。佐伯も前に一作書き上げたものがあるし」

「となると、」

伊月と俺の視線が若狭に集中する。

「あと一週間後でどうだ?」

俺が提案してみる。

「鬼すぎません?」

若狭が言う。

「俺と日向も手伝うしさ」
と伊月が言う。

「まあ実際、書き上げなくても何かしら悩んでいる、ってことを伝えたらいいんじゃないのかな。向こうも時間がないだろうし、全部読んでもらうんじゃなくって、かいつまんだあらすじを書いてここで詰まっているんです、って正直に言うとか」

俺が若狭をなだめる。

「そうそう、気楽にありのままでいいんだよ」

伊月もあまり深く考えていないようだった。

「ええ、でも俺、ぼろくそに言われたら凹むかもしれません」

「誰だってそうだろ」

俺が突っ込む。

「ぼろくそに言われるのは、言われるだけ努力した人だけだよ」

伊月が笑いながら言った。

「かっこいいですね、なんか、それ」

高橋が本から顔をあげの口を挟んだ。

「私、今の言葉、書いておきます」

「やめろ、恥ずかしいから」

「今度の部誌の表題にでもする?」

俺も珍しく伊月をからかってみる。

「えっ、部誌?」

若狭が食いつく。

「年(ねん)一(いち)で部誌でも出そうかと思っているんだ。原稿は既にあるからな。製本作業が面倒だけど。若狭のは長いから半分くらいしか掲載できないかもな」

 ガラガラと扉の音がして佐伯が入ってきた。

「お疲れ」

俺が声をかける。

「お疲れ様です」

「原稿の進み具合はどう?」

「今回はすっごく短くて、一万字も行かなかったです」

「あ、俺も今回、短い。気にしなくていいよ。とりあえず完成はしてある?」

「はい」

「じゃあ、今週からお互いの原稿を回し読みしてブラッシュアップしよう。若狭の原稿はみんなでアイディアを出し合う」

「ありがとうございますう」

「だから、」

俺は語気を強める。

「「お前は勉強だ」」またも伊月とハモる。高橋と佐伯の笑い声が教室中に響いた。

「何の話?」

扉の音とともに鈴木が入ってくる。

「お、鈴木、印刷してきたか?」

俺が務めて明るく鈴木に話しかける。何事もなかったかのように。

「まだだよー。修正したくなっちゃってさ、明日には印刷かな」

「わかった。じゃあ時間があったら、佐伯の文章を見てやってくれ。俺と伊月は若狭の原稿を読み直す」

「わかった。おっ、もう和可菜ちゃん、原稿、書き上げたんだ。すごいねえ、早くなったねえ」

鈴木は佐伯の功績が自分のことのように嬉しそうだ。

「よろしくお願いします」

佐伯がパソコンを鈴木に見せる。

「高橋は俺の文章校正、お願い」

「わかりました」

俺の原稿はすでに印刷してある。短いから彼女ならすぐ読めるだろう。高橋は赤ペン片手に俺の原稿と向かい合う。今やすっかり彼女はこの部の編集担当だ。

 その日は皆七時まで作業した。俺は帰り際に高橋から赤で直された原稿を手渡された。帰りの電車の中でそれを読み、修正案を考えながら帰宅した。
 
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