それでも日は昇る

阿部梅吉

文字の大きさ
35 / 50

チョコレートの国

しおりを挟む
 俺たちは人通りの少ない駅のベンチに座った。俺は鈴木にゆず茶をおごり、自分用には温かい緑茶を自販機で買った。電車が来ても何本か俺たちは見逃した。

「『チョコレートの国』っていう題名なんだ」
と俺は言った。

「面白そう、かわいいね」

「短いし、ちょっと絵本みたいな話なんだけど」

「で、主人公はお米なんだ」

「あははっ」

鈴木が笑った。

「かわいすぎ」

「名前は、『こめたろう』にしよう、うん、今決めた。で、その『こめたろう』は、いつも成績が悪くて、いじめられたりして、劣等感を持つんだ」

「うん」

鈴木から笑顔が段々取り戻されてきていた。

「なぜなら、『チョコレートの国』ではチョコレートに合う食材が優秀だとされていたからなんだ。同級生のクッキー君やマシュマロ君、クロワッサン君にイチゴ君、それにマカダミアナッツ君、みんなそれぞれに優秀だった。生まれつき知チョコレートに生まれてきた子たちは、自分がどんなチョコレートになるのかを必死に考えて日々勉強に励んでいた」

「うんうん」

「で、学校を卒業したこめたろうは一人、思い立って旅をするんだ。そこで『ごはんのくに』にたどり着く」

「うん」

「『ごはんのくに』では、優秀なお米たちが将来美味しいご飯になろうと頑張って勉強していた。そこでは鮭や梅やおかかもいて、どれだけご飯に合うかで優秀さが決まっていたんだ」

「へええ」

「でも、たまあにいるのな。『ごはんのくに』にもチョコレートが。だから『こめたろう』は言うんだ、『あっちの方へ旅してご覧、世界が変わって見えるよ』って」

「面白い」

「それで、こめたろうは一生をいろんな国を見て回ることに決めたんだ。世界を知って、国を知って、文化を知って、色々な人を助けたいと思うようになった。おわり」

ぱちぱちぱち、と音がする。鈴木は音を立てて拍手してくれた。駅の中でその音が反響する。

「すごいよ、本当に面白い」

「でも、文字にすると三千字くらいなんだぜ」

「分量は関係ないよ。ショートショートとしてもありだし、絵本っぽくするならもっと削ってもいいんじゃないかな」

的確なコメントを入れてくるあたり、さすが鈴木だ。

「うん、明日見せるよ」

「見せて」

「校正してくれる?」

「もちろん」

鈴木が笑った。

「あ、あと二分で電車来るって」

「あ、うん」

「悪いな、つきあわせてしまって」

「ううん、とっても面白かった」

「救われた?」

「とても」

鈴木は笑う。自然な笑い方だった。俺は何となく、去年伊月と俺と、三人だけでいた頃を何となく思い出した。

 「白線の内側までお下がりください」

アナウンスとともに、電車が来る。

「あ、きた」

「うん」

「本当、引き留めてごめんな」

「ううん、ありがとう」

何人かがこの駅で降りた。電車はすいていたので俺たちは座ることができた。

「あのさ、」

俺は徐に話を切り出した。

「うん」

穏やかに鈴木が答える。

「俺、物語って、壮大な手紙だと思っているんだ」

「壮大な手紙?」

「っていうか、仮説」

「うん」

「物語を読んでさ、主人公なり誰かの体験を追体験してさ、考えるわけだよな。登場人物たちと同じような状況にあった時にどうするか」

「うん」

鈴木はじいっと俺の顔を見る。

「物語って、そういう意味では大きな『問い』みたいなものだと思うんだ。登場人物と同じように共感できてもいいし、できなくってもいい。でも、同じ状況に会った時、自分は何を選択するのか、何を信じて何を優先して、どう生きるのか、それを考えるヒントにさせてくれる」

「そうだね」

「それで、物語を呼んできて答えが見つかるときもあれば、何年たってもわからないこともある。答えはわかっていても物語のように行動できないときもある。人生と物語は違うからね。でも、大きな考えるヒントを与えてくれるのは確かだと思う。それ自体に正解は無いんだと思う」

「なんだっけ、『本は半分しか書かれていなくて、半分は読者が作る』ってやつみたいだね」

「ジョゼフ・コンラッドかな」

「たぶんそう、さすがだね。なんだっけ。代表作」

「『闇の奥』かな?」

「そうそう」鈴木の目がぱあっと少し開く。

「その話も、さっきの日向君の話と似ているね」

「そうかな」

そんな気がしないでもないが、あの名作と比べると月とスッポンだ。

「わかんねえな」

「ねえ」

鈴木がノートを取り出した。

「私も、短編、書く」

そう言ったきり、鈴木は降りるまで、ノートに何か書いていた。

鈴木は真剣に何かを書いていた。丸い目がいる最寄り光っている。こういう時の鈴木はそっとしておくのが一番だ。俺は集中する鈴木を横目で見ながら英単語集を眺めた。

 ふと、降りるときに反対側のホームで伊月と紙の長い女の子が向かい合ってずっと何かを話しているところを見た。二人とも真剣な表情だった。鈴木は何か構想を練っているらしく、向かいのホームまでは見る余裕がなさそうだ。俺は小走りで階段を上る。

「もう暗いし早く帰ろう」

「あ、うん」

鈴木も少し小走りで走る。

「明日」

鈴木が少し大きな声を出す。

「明日、また、物語、作るよ!!!」

「うん!!!!」

俺も少しだけ大きな声を出す。人ごみに流されながら、でも流されないように小走りで走りながら、届けたい人に届くように俺は伝える。

「また明日!」

俺は手を振る。鈴木も手を大きく振った。その姿はやがて小さくなり、人ごみに紛れて言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...