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チョコレートの国
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俺たちは人通りの少ない駅のベンチに座った。俺は鈴木にゆず茶をおごり、自分用には温かい緑茶を自販機で買った。電車が来ても何本か俺たちは見逃した。
「『チョコレートの国』っていう題名なんだ」
と俺は言った。
「面白そう、かわいいね」
「短いし、ちょっと絵本みたいな話なんだけど」
「で、主人公はお米なんだ」
「あははっ」
鈴木が笑った。
「かわいすぎ」
「名前は、『こめたろう』にしよう、うん、今決めた。で、その『こめたろう』は、いつも成績が悪くて、いじめられたりして、劣等感を持つんだ」
「うん」
鈴木から笑顔が段々取り戻されてきていた。
「なぜなら、『チョコレートの国』ではチョコレートに合う食材が優秀だとされていたからなんだ。同級生のクッキー君やマシュマロ君、クロワッサン君にイチゴ君、それにマカダミアナッツ君、みんなそれぞれに優秀だった。生まれつき知チョコレートに生まれてきた子たちは、自分がどんなチョコレートになるのかを必死に考えて日々勉強に励んでいた」
「うんうん」
「で、学校を卒業したこめたろうは一人、思い立って旅をするんだ。そこで『ごはんのくに』にたどり着く」
「うん」
「『ごはんのくに』では、優秀なお米たちが将来美味しいご飯になろうと頑張って勉強していた。そこでは鮭や梅やおかかもいて、どれだけご飯に合うかで優秀さが決まっていたんだ」
「へええ」
「でも、たまあにいるのな。『ごはんのくに』にもチョコレートが。だから『こめたろう』は言うんだ、『あっちの方へ旅してご覧、世界が変わって見えるよ』って」
「面白い」
「それで、こめたろうは一生をいろんな国を見て回ることに決めたんだ。世界を知って、国を知って、文化を知って、色々な人を助けたいと思うようになった。おわり」
ぱちぱちぱち、と音がする。鈴木は音を立てて拍手してくれた。駅の中でその音が反響する。
「すごいよ、本当に面白い」
「でも、文字にすると三千字くらいなんだぜ」
「分量は関係ないよ。ショートショートとしてもありだし、絵本っぽくするならもっと削ってもいいんじゃないかな」
的確なコメントを入れてくるあたり、さすが鈴木だ。
「うん、明日見せるよ」
「見せて」
「校正してくれる?」
「もちろん」
鈴木が笑った。
「あ、あと二分で電車来るって」
「あ、うん」
「悪いな、つきあわせてしまって」
「ううん、とっても面白かった」
「救われた?」
「とても」
鈴木は笑う。自然な笑い方だった。俺は何となく、去年伊月と俺と、三人だけでいた頃を何となく思い出した。
「白線の内側までお下がりください」
アナウンスとともに、電車が来る。
「あ、きた」
「うん」
「本当、引き留めてごめんな」
「ううん、ありがとう」
何人かがこの駅で降りた。電車はすいていたので俺たちは座ることができた。
「あのさ、」
俺は徐に話を切り出した。
「うん」
穏やかに鈴木が答える。
「俺、物語って、壮大な手紙だと思っているんだ」
「壮大な手紙?」
「っていうか、仮説」
「うん」
「物語を読んでさ、主人公なり誰かの体験を追体験してさ、考えるわけだよな。登場人物たちと同じような状況にあった時にどうするか」
「うん」
鈴木はじいっと俺の顔を見る。
「物語って、そういう意味では大きな『問い』みたいなものだと思うんだ。登場人物と同じように共感できてもいいし、できなくってもいい。でも、同じ状況に会った時、自分は何を選択するのか、何を信じて何を優先して、どう生きるのか、それを考えるヒントにさせてくれる」
「そうだね」
「それで、物語を呼んできて答えが見つかるときもあれば、何年たってもわからないこともある。答えはわかっていても物語のように行動できないときもある。人生と物語は違うからね。でも、大きな考えるヒントを与えてくれるのは確かだと思う。それ自体に正解は無いんだと思う」
「なんだっけ、『本は半分しか書かれていなくて、半分は読者が作る』ってやつみたいだね」
「ジョゼフ・コンラッドかな」
「たぶんそう、さすがだね。なんだっけ。代表作」
「『闇の奥』かな?」
「そうそう」鈴木の目がぱあっと少し開く。
「その話も、さっきの日向君の話と似ているね」
「そうかな」
そんな気がしないでもないが、あの名作と比べると月とスッポンだ。
「わかんねえな」
「ねえ」
鈴木がノートを取り出した。
「私も、短編、書く」
そう言ったきり、鈴木は降りるまで、ノートに何か書いていた。
鈴木は真剣に何かを書いていた。丸い目がいる最寄り光っている。こういう時の鈴木はそっとしておくのが一番だ。俺は集中する鈴木を横目で見ながら英単語集を眺めた。
ふと、降りるときに反対側のホームで伊月と紙の長い女の子が向かい合ってずっと何かを話しているところを見た。二人とも真剣な表情だった。鈴木は何か構想を練っているらしく、向かいのホームまでは見る余裕がなさそうだ。俺は小走りで階段を上る。
「もう暗いし早く帰ろう」
「あ、うん」
鈴木も少し小走りで走る。
「明日」
鈴木が少し大きな声を出す。
「明日、また、物語、作るよ!!!」
「うん!!!!」
俺も少しだけ大きな声を出す。人ごみに流されながら、でも流されないように小走りで走りながら、届けたい人に届くように俺は伝える。
「また明日!」
俺は手を振る。鈴木も手を大きく振った。その姿はやがて小さくなり、人ごみに紛れて言った。
「『チョコレートの国』っていう題名なんだ」
と俺は言った。
「面白そう、かわいいね」
「短いし、ちょっと絵本みたいな話なんだけど」
「で、主人公はお米なんだ」
「あははっ」
鈴木が笑った。
「かわいすぎ」
「名前は、『こめたろう』にしよう、うん、今決めた。で、その『こめたろう』は、いつも成績が悪くて、いじめられたりして、劣等感を持つんだ」
「うん」
鈴木から笑顔が段々取り戻されてきていた。
「なぜなら、『チョコレートの国』ではチョコレートに合う食材が優秀だとされていたからなんだ。同級生のクッキー君やマシュマロ君、クロワッサン君にイチゴ君、それにマカダミアナッツ君、みんなそれぞれに優秀だった。生まれつき知チョコレートに生まれてきた子たちは、自分がどんなチョコレートになるのかを必死に考えて日々勉強に励んでいた」
「うんうん」
「で、学校を卒業したこめたろうは一人、思い立って旅をするんだ。そこで『ごはんのくに』にたどり着く」
「うん」
「『ごはんのくに』では、優秀なお米たちが将来美味しいご飯になろうと頑張って勉強していた。そこでは鮭や梅やおかかもいて、どれだけご飯に合うかで優秀さが決まっていたんだ」
「へええ」
「でも、たまあにいるのな。『ごはんのくに』にもチョコレートが。だから『こめたろう』は言うんだ、『あっちの方へ旅してご覧、世界が変わって見えるよ』って」
「面白い」
「それで、こめたろうは一生をいろんな国を見て回ることに決めたんだ。世界を知って、国を知って、文化を知って、色々な人を助けたいと思うようになった。おわり」
ぱちぱちぱち、と音がする。鈴木は音を立てて拍手してくれた。駅の中でその音が反響する。
「すごいよ、本当に面白い」
「でも、文字にすると三千字くらいなんだぜ」
「分量は関係ないよ。ショートショートとしてもありだし、絵本っぽくするならもっと削ってもいいんじゃないかな」
的確なコメントを入れてくるあたり、さすが鈴木だ。
「うん、明日見せるよ」
「見せて」
「校正してくれる?」
「もちろん」
鈴木が笑った。
「あ、あと二分で電車来るって」
「あ、うん」
「悪いな、つきあわせてしまって」
「ううん、とっても面白かった」
「救われた?」
「とても」
鈴木は笑う。自然な笑い方だった。俺は何となく、去年伊月と俺と、三人だけでいた頃を何となく思い出した。
「白線の内側までお下がりください」
アナウンスとともに、電車が来る。
「あ、きた」
「うん」
「本当、引き留めてごめんな」
「ううん、ありがとう」
何人かがこの駅で降りた。電車はすいていたので俺たちは座ることができた。
「あのさ、」
俺は徐に話を切り出した。
「うん」
穏やかに鈴木が答える。
「俺、物語って、壮大な手紙だと思っているんだ」
「壮大な手紙?」
「っていうか、仮説」
「うん」
「物語を読んでさ、主人公なり誰かの体験を追体験してさ、考えるわけだよな。登場人物たちと同じような状況にあった時にどうするか」
「うん」
鈴木はじいっと俺の顔を見る。
「物語って、そういう意味では大きな『問い』みたいなものだと思うんだ。登場人物と同じように共感できてもいいし、できなくってもいい。でも、同じ状況に会った時、自分は何を選択するのか、何を信じて何を優先して、どう生きるのか、それを考えるヒントにさせてくれる」
「そうだね」
「それで、物語を呼んできて答えが見つかるときもあれば、何年たってもわからないこともある。答えはわかっていても物語のように行動できないときもある。人生と物語は違うからね。でも、大きな考えるヒントを与えてくれるのは確かだと思う。それ自体に正解は無いんだと思う」
「なんだっけ、『本は半分しか書かれていなくて、半分は読者が作る』ってやつみたいだね」
「ジョゼフ・コンラッドかな」
「たぶんそう、さすがだね。なんだっけ。代表作」
「『闇の奥』かな?」
「そうそう」鈴木の目がぱあっと少し開く。
「その話も、さっきの日向君の話と似ているね」
「そうかな」
そんな気がしないでもないが、あの名作と比べると月とスッポンだ。
「わかんねえな」
「ねえ」
鈴木がノートを取り出した。
「私も、短編、書く」
そう言ったきり、鈴木は降りるまで、ノートに何か書いていた。
鈴木は真剣に何かを書いていた。丸い目がいる最寄り光っている。こういう時の鈴木はそっとしておくのが一番だ。俺は集中する鈴木を横目で見ながら英単語集を眺めた。
ふと、降りるときに反対側のホームで伊月と紙の長い女の子が向かい合ってずっと何かを話しているところを見た。二人とも真剣な表情だった。鈴木は何か構想を練っているらしく、向かいのホームまでは見る余裕がなさそうだ。俺は小走りで階段を上る。
「もう暗いし早く帰ろう」
「あ、うん」
鈴木も少し小走りで走る。
「明日」
鈴木が少し大きな声を出す。
「明日、また、物語、作るよ!!!」
「うん!!!!」
俺も少しだけ大きな声を出す。人ごみに流されながら、でも流されないように小走りで走りながら、届けたい人に届くように俺は伝える。
「また明日!」
俺は手を振る。鈴木も手を大きく振った。その姿はやがて小さくなり、人ごみに紛れて言った。
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