それでも日は昇る

阿部梅吉

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何事にも初めての時がある 2

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「そういえばあなたの作品、読んだわ」

二人で本屋の前のベンチに座った。本屋はある大きなビルのテナントの一角にあり、一階が休憩スペースになっていた。

「あの『ごはんとチョコレート』?」

「なかなかおもしろかった」

彼女はそう言いながらリュックからタッパーを取り出した。サンドイッチとおそらく冷凍食品のから揚げ、おそらく冷凍食品のひじき、おそらく冷凍食品のホウレンソウと卵焼きが中に入っていた。彼女の料理の腕前は「そこそこ」らしい。

「いいの?」

俺は恐る恐る聞く。こんな冷凍食品尽くしのお弁当でも、やはり俺のために作ってくれたと思うと嬉しくないわけではなかった。

「貴方って、でかい図体のわりに小心者よね」

優理愛はまたくすくす笑った。

「食べてよ。私、サンドイッチだけで十分だから」

「頂きます」

俺は恐る恐るス少し形の崩れたサンドイッチを食べた。一口食べるとそのおいしさが伝わて来た。見た目に反してなかなかおいしい。と思いきや、次の瞬間、辛さがこみあげてきた。どうやらマスタードが均一に塗られていないらしい。

「どう?」

「うまいよ」

俺は平然を装って言う。

「ところで何か飲み物はあったりするかな?」

「忘れてた」

彼女はリュックの中から何か英語のロゴが書いてある水筒を出した。何かのブランド品なのかもしれない。

「はい、これルイボスティー。ノンカフェインなの」

そのお茶は熱く、おいしかった。サンドイッチも上手かったが、少々俺には辛かった。

「じゃあおかずも食べていい?」

「もちろん」

俺は恐る恐る卵焼きを食べた。口に持っていく途中でかろうじてまかれていた卵の僧はベロンと取れ、途中で大きな一枚の板のようになったが、味はおいしかった。

「うまい」

俺は言った。

「何かだしを使っているの?」

「そう。卵焼き専用の出汁醤油があるの。それを使って、砂糖を混ぜたの」

見た目は多少ボロボロだったが、味は今まで食べたどの卵焼きよりもおいしかった。

「まじでうまいよ」

俺が言うと、優理愛はにこ、と笑った。

「よかった、私、本当はとっても不器用だからよく怒られるの」

「誰に?」

「母親に。彼女、教育ママみたいなところがあるのよね」

「へえ、じゃあ結構、もう、受験とか考えているんだ」

「まあね」

優理亜はそれから黙ってサンドイッチを食べた。一口食べてからお茶を飲んでいたところを見ると、やはり本人でさえ辛かったのだろうか。でもそれは聞かないことにした。

「そういえば、俺の作品、どうだった?」

「正直言って、衝撃だったわね」

少し低い声のトーン。本心で言っているのだろう。

「貴方みたいな見た目の人が、あんな繊細で可愛らしい小説を書くんだなあって。人は見た目に寄らないのね。それでいてとても面白いし」

「よかった」

俺は心底ほっとした。優理愛は嘘の付けない奴だから、どんな評価が来るのだろうと内心びくびくしていた。

「説教臭くなかったかな」

「全然。むしろあれくらい寓話的な方がいいと思う。『こめたろう』って言うネーミングもなかなかかわいいわね。太宰の書く『走れメロス』みたいな雰囲気があってよかったと思うわ」

「そんな、大層だな」

「本当よ」

彼女は食べる手を止め、下を向いた。

「私には書けないもの」

「何故そう決めつける?」

「一度やってみようとしたの。でも書けなかった」

「それは書こうと思っているからだよ」

俺も昔はそうだった。

「どういうこと?」

「俺のカンなんだけどさ」
と俺は切り出す。

「優理愛は相当頭いいし知識もあるんじゃないかな。だから、書けると思う。でもいきなり小説を書くんじゃなくって、エッセイから始めてみたらどうかな?随筆」

「エッセイ」

彼女はふむ、と言った真剣な顔つきで右手を顎に載せた。

「その心は?」

「たぶん、物語を書こうって思っているだけで、何が書きたいのかわからないんだと思う。書きたいことがあれば、自然に書けちゃうものだから。って言っても、それ、俺の友人の受け売りなんだけどさ。だから気ままに小説じゃなくって書きたいことを書いて、そこから文章を書く練習して、ネタが思いついたときに小説は書けばいいんじゃないのかな」

「なるほど」

彼女は即座に答えた。

「それは合理的ね」

「だろ?結局文章を書く練習にはなるんだからさ。とりあえず思ったことを書いてみて、損はないんじゃないかな」

「そうね」

彼女はさらっと言う。

「ありがとう、参考にする」

「うん」

「まだまだサンドイッチあるけど、食べない?」

そういうわけで、俺は計四つの少し辛いサンドイッチを食べた。
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