だからこの恋心は消すことにした。

朝比奈未涼

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8.続く奇妙な行動

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それから私に怒っているエイダンの奇妙な行動は続いた。
私の大好物のフルーツタルトをくれたかと思えば、ある時は突然私に色とりどりの花の雨を降らせた。
そしてその中から一輪の花を選び、私に投げつけてきた。

またある時は食堂で私の隣に座り、私からフォークとスプーンを奪うと、強制的にご飯を食べさせ始めた。
時折「おいしい?」や「ほら、しっかり噛めよ」などと私に声をかけながら私の様子を窺う。
スープがまだ熱く、食べられない私に気づくとそれを魔法や己の息で冷まし、逆に少し冷えてしまったものには、これまた魔法で一番美味しく食べられる熱さにしてくれた。

私に会う度にエイダンは何故か私に絡んでくる。
最初は戸惑っている私を見て楽しんでいるのかとも思ったが、奇妙な行動を繰り返すエイダンを見て、そうではない気がしてきた。

どちらかといえば、私を気にかけて、私を喜ばそうとしている気がするのだ。
あのエイダンが?と思ってしまうが、どうしてもそう見えてしまう。

恋心を捨ててしまう前の私ならエイダンの行動一つ一つに心を動かされ、時には喜び、時には今と同じように戸惑っていただろう。
だが、それでもきっと戸惑いよりも嬉しいが勝っていたはずだ。

こんなにもいろいろとされては、消したはずの恋心が戻ってきてしまうのではないかと心配になり、エイダンへの恋心を消してくれたアランにそのことを聞いてみると、


『消えた恋心は戻らないわよ、一生ね』


と、不敵に、そして何より怪しく笑って答えてくれた。
だが、続けてアランは言った。


『消えた恋心は戻らないけど、それはただラナがその想いを失って、フラットな状態になっただけよ。嫌な話だけど、もし、またアナタがエイダンに魅力を感じてしまったのなら、それが恋へと発展してもおかしくない。戻らないだけでまた作ることは残念だけどできてしまうのよ』


はぁ、と大きくため息をつき、『心って難しいのよ』と嫌そうにしているアランの姿を今でも鮮明に思い出せる。
国中から恐れられ、できないことはないと言っても過言ではない彼でも〝難しい〟と思うことがあるのだと、あの時は心底驚いたものだ。

離宮内にある自室の浴槽で湯浴みを終えて、濡れた髪をタオルで拭きながら寝室へと戻る。
窓の外を見れば、そこには三日月が浮かんでおり、1日の終わりを私に告げていた。

今日も怒涛の1日が終わった。
魔法使いたちの生活のサポート、仕事のサポート、それから王宮での会議。
最近、王都の隣街ユルではまた魔物に関する事件が多発しているらしい。
現地の魔法使いだけでは手に負えそうにない相手もいるらしく、ここの魔法使いたちに出動要請が出る可能性も高いとか。

そうなればもろもろの準備が必要になってくる。

魔法使いたちも暇ではない。一人一人のスケジュールを見て、それから事件の概要を見て、誰に行ってもらうのが適任か考えなければならない。
また彼らはとても個性的で曲者だ。私や国王様の言葉に素直に頷く者もいれば、そうではない者、また条件付きで頷いてくれる者もいる。
いろいろと加味して考えなければならない問題だ。



「まずは予定の確認からですね…」



頭の中でぐるぐると回る言葉たちをまとめて、秘書室のものほどではないが、簡単な事務作業のできる机と椅子の方へと向かい、腰を下ろす。
それから私は机に置いてあった分厚い本のようなノートを開くと、1ページづつ丁寧に目を通し始めた。



「そんな格好で何してるの」

「…え」



少しだけ仕事に没頭していた私に窓の方から誰かが話しかけてきたことにより、私はノートから窓の方へと視線を向ける。
するとそこには三日月を背にして、こちらを呆れたように見つめるエイダンが立っていた。



「ど、どうしたんですか?」

「それはこっちのセリフなんだけど」



突然現れたエイダンに驚いていると、エイダンがおかしなものでも見るような目で私を見つめ、私の方へとスッと手を伸ばす。
男の人の手にしては美しく細いエイダンの指先。
そこから柔らかな光がふわりと舞い、その光は私の方へとやってきた。
そしてその光は私の髪へまとわりつき、キラキラと輝きを放ちながらその姿を消した。

…魔法だ。
エイダンは今、魔法で私の髪を乾かしてくれたのだ。



「髪も乾かさず仕事?しかもこんな時間に。もう寝る時間だよね?秘書官様は忙しいんだね」



わざと憐れむような表情を作り、「かわいそう」と言う、エイダンのアメジスト色の瞳には何の感情もない。
だからエイダンが何を考えているのか全くわからないが、可哀想な私を見て、エイダンは愉快な気持ちになっているのかも…とは思った。
いや、きっとそうに違いない。



「髪、ありがとうございました。ちょっと自主的に仕事をしていただけですし、すぐ終わらせて、髪も温風機で乾かすつもりでしたから可哀想ではないですよ」



表面上は私を憐んでいるエイダンにお礼を言ったのち、私は状況を説明する。
私は別に憐れまれる状況ではないのだ。
おそらく〝かわいそう〟な私を見て愉快に思っているエイダンに私は「好きでやっているんですよ」と微笑んで、またノートへと視線を移した。

自主的にやっているとはいえ、仕事は仕事だ。
明日以降も効率よく、仕事をする為にはもう少しこの確認の作業をしておきたい。

きっとエイダンは気まぐれに私の部屋に来たのだろう。
仕事に没頭する今のつまらない私を見れば、勝手に消えるはずだ。
そう思って作業を再開すると、ドカッと乱暴に私のベッドへと座るエイダンの姿が視界の端に見えた。

…エイダンはここに居座るつもりなのだろうか。
実は何か大事な話があってここへ来た、とか?



「…お茶でも飲みますか?」



ここへ留まる様子のエイダンにそうおずおずと聞いてみる。
するとエイダンは「ストロベリーラテ」と言って、魔法で苺とミルクとコップと砂糖と生クリームを出してきた。
エイダンが出したそれら全てが私の机へとところ狭しと並ぶ。

よくわからないが、エイダンはここへ留まり、ストロベリーラテを飲むらしい。

私は椅子から立つとエイダンが用意してくれた材料と部屋に置いてある調理器具を使ってさっさとストロベリーラテを作り始めた。
それから完成したストロベリーラテをエイダンに渡すと、私はまた仕事を再開した。
仕事の途中、エイダンが急にこちらに近寄り、「お前も飲め」とストロベリーラテを渡されたので、ストロベリーラテをお供に。


少しだけのつもりが、気がつけば1時間は仕事に没頭してしまった。
コップに入っていたストロベリーラテも当然もうない。
この甘い飲み物のおかげで疲れを忘れて仕事に没頭できてしまったのだろう。

私にもストロベリーラテを分けてくれたエイダンには感謝しなければ。

そう思いながら、先ほどまでエイダンがいたであろうベッドへと視線を向ける。



「…っ!」



そして私はそこでエイダンと目が合い、声にならない悲鳴をあげた。

な、何で、エイダンがまだそこにいるの?

私はもうてっきりエイダンはこの部屋から姿を消したと思っていた。
私にストロベリーラテを渡した後、エイダンの声が聞こえなくなったからだ。
それなのに今、そのいないはずのエイダンがつまらなそうにこちらを見ている。



「ず、ずっといたんですか!」

「そうだけど」



驚く私を見て、エイダンが不思議そうに首を傾げる。
まるで私が何故こんなリアクションをしているのかわからないようだ。

そういえばこんなふうに夜ではなかったが、エイダンが突然朝から秘書室へと押しかけてきて、ずっと秘書室でケーキやらお菓子やらを食べながら1日中私を見ていた時があった。
その時は疲れている私をクスクスおかしそうに笑いながら、その口に食べ物を頬張り、気まぐれに私にいろいろな食べ物を与えていた。

何がしたかったのか、何が楽しかったのかよくわからなかったが、あの時に今はよく似ていた。
やはり、魔法使いは変わり者で、浮世離れしており、人間では到底理解できない面がある。



「…ふぁ、お前は本当に馬車馬のように働くね。待ちくたびれたよ」



私のベッドの上で眠たそうにあくびをするエイダンに私はハッとする。
よくわからないが、どうやらエイダンは私のことを待っていたらしい。



「ご、ごめんなさい!エイダン!まさか私の仕事を待ってまでしなければならないことがあったとは…」



私は慌てて椅子から立ち上がり、エイダンの方へと駆け寄った。
そしてそんな私の腕をエイダンはガシッと掴んだ。



「…え?うわぁ!」



突然のことに戸惑う暇もなく、そのままエイダンが私をベッドの中へと引きずり込む。



「なっ、突然何ですかっ」



いつの間にかエイダンの腕の中に入ってしまった私はこの状況の元凶に抗議の声を上げた。



「別に。一緒に寝たいだけだけど」

「へ?」

「ダメなわけ?」



何でもないようにそう言うエイダンに思わず、変な声を出してしまう。
エイダンが何を考えているのか本当にわからない。
また変なアプローチで私を困らせて楽しもうとしているのか。



「…ダ、ダメで」

「ま、お前が何を言っても俺は今日お前とここで寝るけど」



エイダンを何とか拒否しようとした私の台詞にエイダンがそう冷たく被せる。
それから「ただの人間が僕に逆らえるとでも思ったの?」と言ってきた。



「おやすみ、ラナ」

「お、おやすみなさい…。エイダン…」



この状況に戸惑う私なんてお構いなしにぎゅうっとまるで抱き枕を抱くようにエイダンが私を抱きしめる。

何故か少しだけドキドキしてしまう気もするが、きっとこの慣れない状況のせいからなのだろう。
ここの魔法使いたちはいろいろとスキンシップが度を超えているところがあるが、まだ一緒に寝たことも、またその間ずっと抱きしめられたこともなかった。


それから私はなかなか寝付けず、浅い睡眠をずっとエイダンの腕の中で繰り返したのだった。




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