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10.甘い誘惑
しおりを挟むエイダンへの想いに気づいてしまい、1週間ほどが経った。
エイダンの行動は相変わらず奇妙で、最近はよく私に甘い言葉を吐いたり、心臓に悪いスキンシップをしてきたりする。
まるで私の気持ちを試すようなエイダンの行動に心臓が毎回激しく鼓動し、私はいつもドキドキさせられていた。
私がエイダンを好きだったあの頃と今はもう何も変わらないとまで言えるほどだ。
ただ一つだけ違うとすれば、それはエイダンが私の想いに気がついていないということだった。
エイダンは私が恋心を消してしまったことしか知らない。
私がまたエイダンを好きになってしまったことまでは知らないのだ。
…それでいい、と私は思っていた。
私の恋心にエイダンが気づけば、私はまたあの時と同じような思いをするだろう。
エイダンは人の不幸が大好きだ。負の感情が大好きだ。
私の想いを知れば、またあの頃のように私が苦しむ姿を見る為に、あの手この手で私に迫ってくるだろう。
酷い言葉もきっとかけられるだろう。
私はもうそれに耐えられない。
「秘ー書官様」
離宮から離れへと続く、渡り廊下を重たい足取りで歩いていると、今は会いたくない人物に突然声をかけられた。
私を上機嫌に呼んだ人物、エイダンが渡り廊下の外からふわりと宙を舞い、私の元まで魔法で飛んでくる。
お昼の暖かい日差しを浴びて、キラキラと輝くエイダンはまるで天使のようで、思わず目を奪われた。
…い、いけない!
惚けている場合ではない!エイダンに今度こそ気持ちを悟られてはいけない!気を引き締めなくては!
「エイダン。こんにちは」
私の元に現れたエイダンにいつもと変わらない笑顔を私は浮かべる。
この浮ついている気持ちを一切感じさせないように。
「こんにちは、ラナ。お前は今日も忙しそうだね」
挨拶をした私にエイダンもふわりと笑う。
何かを隠しているようなそんな怪しい笑顔だ。
「俺がそんなお前を元気にしてあげようか?」
「エイダンがですか?」
「うん」
悪戯っ子のように目を細めるエイダンに私は首を傾げた。
エイダンらしくない提案の真意がまるでわからない。
元気にしてくれるとは、どういうことをエイダンはしようとしているのだろうか。
疲れや不安などを魔法で一瞬で消してくれる、とか?
…そんなこと、エイダンが本当にするだろうか。
エイダンの次の行動の見当が全くつかず、身構えていると、エイダンはそんな私を愉快そうに見つめてきた。
嫌な予感しかしない。
「手を出して」
「…こう、ですか?」
「そう」
おずおずとエイダンの前に出した私の手にエイダンが自身の指を絡める。
それから自身の方へとグイッと引っ張り、その形の良い唇を私の手の甲へと押し付けた。
チュッ、と音を立てて、エイダンの美しい顔がゆっくりと私の手の甲から離れる。
だが、離れたのはエイダンの顔だけで未だに私とエイダンの手は繋がれ、指は絡まったままだった。
「どう?元気出たでしょ?」
少し首を傾げて、こちらを窺うエイダンの瞳はどこか甘く、私の心臓を加速させていく。
心臓に悪すぎる美青年の完成だ。
「…元気が出るというよりもまず普通に恥ずかしいです。手の甲にキスはしないでください」
バクバクとうるさい心臓に目を瞑り、あくまでもこの行為が恥ずかしいのだと、エイダンに主張する。
エイダンだから心臓が加速するのではなく、誰にやられてもそうなってしまうと訴え、恋心を隠すのだ。
「恥ずかしい…へぇ」
私の訴えにエイダンが意味深に笑う。
「お前は忙しい女だね。手の甲にキスされただけでこんなにも心臓が激しく動いて」
クスクスと笑うエイダンにはどうやら私の心臓の音が聞こえていたらしい。
きっと魔法で聞こえるようにしていたのだろう。
「唇にキスされたら死ぬね、お前」
楽しそうにそれだけ言うとエイダンはいつものように魔法でその場から姿を消した。
「…はぁ~」
最後の一瞬まで気が抜けず、やっと解放された私はその場で盛大に息を吐き、しゃがみ込む。
エイダンはもう私の想いに気づいているのかもしれない。
もしそうなら、今までのことが全て意味をなさなくなってしまう。
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