だからこの恋心は消すことにした。

朝比奈未涼

文字の大きさ
10 / 19

10.甘い誘惑

しおりを挟む



エイダンへの想いに気づいてしまい、1週間ほどが経った。

エイダンの行動は相変わらず奇妙で、最近はよく私に甘い言葉を吐いたり、心臓に悪いスキンシップをしてきたりする。
まるで私の気持ちを試すようなエイダンの行動に心臓が毎回激しく鼓動し、私はいつもドキドキさせられていた。
私がエイダンを好きだったあの頃と今はもう何も変わらないとまで言えるほどだ。

ただ一つだけ違うとすれば、それはエイダンが私の想いに気がついていないということだった。
エイダンは私が恋心を消してしまったことしか知らない。
私がまたエイダンを好きになってしまったことまでは知らないのだ。

…それでいい、と私は思っていた。

私の恋心にエイダンが気づけば、私はまたあの時と同じような思いをするだろう。
エイダンは人の不幸が大好きだ。負の感情が大好きだ。
私の想いを知れば、またあの頃のように私が苦しむ姿を見る為に、あの手この手で私に迫ってくるだろう。
酷い言葉もきっとかけられるだろう。

私はもうそれに耐えられない。



「秘ー書官様」



離宮から離れへと続く、渡り廊下を重たい足取りで歩いていると、今は会いたくない人物に突然声をかけられた。
私を上機嫌に呼んだ人物、エイダンが渡り廊下の外からふわりと宙を舞い、私の元まで魔法で飛んでくる。

お昼の暖かい日差しを浴びて、キラキラと輝くエイダンはまるで天使のようで、思わず目を奪われた。

…い、いけない!
惚けている場合ではない!エイダンに今度こそ気持ちを悟られてはいけない!気を引き締めなくては!



「エイダン。こんにちは」



私の元に現れたエイダンにいつもと変わらない笑顔を私は浮かべる。
この浮ついている気持ちを一切感じさせないように。



「こんにちは、ラナ。お前は今日も忙しそうだね」



挨拶をした私にエイダンもふわりと笑う。
何かを隠しているようなそんな怪しい笑顔だ。



「俺がそんなお前を元気にしてあげようか?」

「エイダンがですか?」

「うん」



悪戯っ子のように目を細めるエイダンに私は首を傾げた。

エイダンらしくない提案の真意がまるでわからない。
元気にしてくれるとは、どういうことをエイダンはしようとしているのだろうか。

疲れや不安などを魔法で一瞬で消してくれる、とか?
…そんなこと、エイダンが本当にするだろうか。

エイダンの次の行動の見当が全くつかず、身構えていると、エイダンはそんな私を愉快そうに見つめてきた。
嫌な予感しかしない。



「手を出して」

「…こう、ですか?」

「そう」



おずおずとエイダンの前に出した私の手にエイダンが自身の指を絡める。
それから自身の方へとグイッと引っ張り、その形の良い唇を私の手の甲へと押し付けた。
チュッ、と音を立てて、エイダンの美しい顔がゆっくりと私の手の甲から離れる。
だが、離れたのはエイダンの顔だけで未だに私とエイダンの手は繋がれ、指は絡まったままだった。



「どう?元気出たでしょ?」



少し首を傾げて、こちらを窺うエイダンの瞳はどこか甘く、私の心臓を加速させていく。
心臓に悪すぎる美青年の完成だ。



「…元気が出るというよりもまず普通に恥ずかしいです。手の甲にキスはしないでください」



バクバクとうるさい心臓に目を瞑り、あくまでもこの行為が恥ずかしいのだと、エイダンに主張する。
エイダンだから心臓が加速するのではなく、誰にやられてもそうなってしまうと訴え、恋心を隠すのだ。



「恥ずかしい…へぇ」



私の訴えにエイダンが意味深に笑う。



「お前は忙しい女だね。手の甲にキスされただけでこんなにも心臓が激しく動いて」



クスクスと笑うエイダンにはどうやら私の心臓の音が聞こえていたらしい。
きっと魔法で聞こえるようにしていたのだろう。



「唇にキスされたら死ぬね、お前」



楽しそうにそれだけ言うとエイダンはいつものように魔法でその場から姿を消した。



「…はぁ~」



最後の一瞬まで気が抜けず、やっと解放された私はその場で盛大に息を吐き、しゃがみ込む。

エイダンはもう私の想いに気づいているのかもしれない。
もしそうなら、今までのことが全て意味をなさなくなってしまう。





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄でお願いします

基本二度寝
恋愛
王太子の婚約者、カーリンは男爵令嬢に覚えのない悪行を並べ立てられた。 「君は、そんな人だったのか…」 王太子は男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして… ※ギャグかもしれない

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

賭けで付き合った2人の結末は…

しあ
恋愛
遊び人な先輩に告白されて、3ヶ月お付き合いすることになったけど、最終日に初めて私からデートに誘ったのに先輩はいつも通りドタキャン。 それどころか、可愛い女の子と腕を組んで幸せそうにデートしている所を発見してしまう。 どうせ3ヶ月って期間付き関係だったもんね。 仕方ない…仕方ないのはわかっているけど涙が止まらない。 涙を拭いたティッシュを芽生え始めた恋心と共にゴミ箱に捨てる。 捨てたはずなのに、どうして先輩とよく遭遇しそうになるんですか…?とりあえず、全力で避けます。 ※魔法が使える世界ですが、文明はとても進んでとても現代的な設定です。スマホとか出てきます。

その言葉はそのまま返されたもの

基本二度寝
恋愛
己の人生は既に決まっている。 親の望む令嬢を伴侶に迎え、子を成し、後継者を育てる。 ただそれだけのつまらぬ人生。 ならば、結婚までは好きに過ごしていいだろう?と、思った。 侯爵子息アリストには幼馴染がいる。 幼馴染が、出産に耐えられるほど身体が丈夫であったならアリストは彼女を伴侶にしたかった。 可愛らしく、淑やかな幼馴染が愛おしい。 それが叶うなら子がなくても、と思うのだが、父はそれを認めない。 父の選んだ伯爵令嬢が婚約者になった。 幼馴染のような愛らしさも、優しさもない。 平凡な容姿。口うるさい貴族令嬢。 うんざりだ。 幼馴染はずっと屋敷の中で育てられた為、外の事を知らない。 彼女のために、華やかな舞踏会を見せたかった。 比較的若い者があつまるような、気楽なものならば、多少の粗相も多目に見てもらえるだろう。 アリストは幼馴染のテイラーに己の色のドレスを贈り夜会に出席した。 まさか、自分のエスコートもなしにアリストの婚約者が参加しているとは露ほどにも思わず…。

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

処理中です...