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13.勇気を出して
しおりを挟むカイが一体どんな話を始めるのかよくわからないが、とりあえず目の前にあるコップを手に取り、水を口に含む。
「…ラ、ラナはまた恋しているんだよね。…エイダンに」
「…っ!」
先ほどの私と同じように視線を伏せ、言いづらそうに突然、私の恋の話を始めたカイに、私は今しがた口に含んだ水を盛大に吹きそうになった。
だが、それを私は何とか堪えてゴクッと強制的に喉に流し込んだ。
きゅ、急になんて話をするだ!カイは!
顔を真っ赤にして何も言わない…いや、何も言えない私を見て、カイが力なく笑う。
「かわいいね、ラナは」
それからカイはそんなことを優しく目を細めて言ってきた。
カイの方が絶対にかわいいと私は思うのだが。
「…わ、わかりますか?」
少しだけ口から出てしまった水を拭いながら、カイの様子を窺う。
するとカイは「…うん」と気まずそうに頷いた。
「俺はいつもラナを見ていたからね。ラナの心境の変化くらい痛いほどわかっちゃうよ」
どこか寂しそうに笑うカイに私の頬がどんどん赤くなっていく。
側から見てもわかるほど、どうやら私はエイダンへの気持ちを隠しきれていないらしい。
恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。
「…カイ、ごめんなさい。せっかくカイたちが恋心を消してくれたのに、私、またエイダンを…」
好きになってしまって。
そこまで言おうとしたのだが、それは私の目の前に座るカイの人差し指がそっと私の唇に触れたことによって止められた。
これ以上何も言わなくてもいい、と言わんばかりの笑顔をカイが私に向けている。
「…俺はね、ラナが大好きなんだ。ラナが笑顔でいてくれるなら、幸せでいてくれるなら、どんな形でもいいんだ。今のラナはあの時と違ってとても幸せそうだよ?」
「…カイ」
優しいカイの言葉に目頭が熱くなっていく。
優しいカイが私も大好きだ。
「ラナが幸せなのはきっとエイダンがあの時とは違うからだよね。だから…」
カイがそこまで言葉を紡いで、一旦止まる。
それから意を決したように口を開いた。
「…ラナの想い、エイダンに伝えたらどうかな」
「…え」
カイの突然の提案に目をパチクリさせる。
お、想いを伝える?え?エイダンに?
「わわわ私がですか!?おおおお、おこがましいにもほどがあります!」
あまりの衝撃に思わず、顔を真っ赤にして叫ぶとレストランの店員さんから「店内ではお静かに」と軽く注意されてしまった。
…ゔぅ、ごめんなさい。
「…取り乱してしまいました。ごめんなさい。ですが、本当に私には到底無理な話で…。今のままでいいと言いますか…」
「今のままって?現状維持ってこと?」
「…そうです。エイダンが私の想いを不快に思わず、受け入れてくれるだけでもう十分なんです。想うだけで私は満足なんです。幸せなんです」
「…」
私の答えを聞いてカイが何か考えるように押し黙る。
私はそんなカイを見つめながら、落ち着くためにも先ほど切っていたステーキを口に入れた。
もぐもぐとゆっくりとステーキを噛み締めながら、改めて自分の想いを整理していく。
私はエイダンが好きだ。
エイダンが同じ気持ちかもしれないという図々しいが、淡い期待さえもある。
アランが言っていたことなのできっとそうなのだろう。
もちろん一番嬉しいことはエイダンと両想いになり、恋人になることだ。
だが、気まぐれで気分屋なところのあるエイダンだ。
いつかきっと私に飽きてしまうだろう。
恋人になれば必ず私たちの関係は未来まで続かない。
終わりの来る関係だ。
そう思ってしまうとエイダンに想いを伝えようとは思えなかった。
いつか終わりの来る関係なら最初から築かない方がいい。
このままずっとエイダンに拒否されず、想い続けている方がずっと幸せだ。
逃げているとは自分でもわかっていたが、どうしても逃げずにはいられなかった。
それだけエイダンのことが好きだった。
「…俺もラナの気持ちわかるよ。相手との終わらない関係をずっと築いていたくて、そこから抜け出せない気持ち。側にいるだけで、想うだけて幸せだって思える気持ち。でもね、きっといつかそれだとラナは後悔するよ。今の俺みたいに」
「え?カイですか?」
今にも泣き出しそうな表情でゆっくりと紡ぎ出されたカイの言葉が意外で驚いてしまう。
カイのあの言い草は、カイも私と同じ境遇である、もしくはあったということだ。
少々意外に思えてしまったが、そういえばカイは見た目は美少年で未成年に見えるが、実は私よりもずっと年上の魔法使いであることを思い出した。
長く生きてきたカイなら、きっと私よりもうんといろいろな経験をしており、その中にはもちろんいろいろな恋もあったのだろう。
人生の大先輩であると改めて認識して、カイを見つめると、カイは綺麗な涙を流していた。
「カ、カイ?」
泣き始めたカイに私は慌てて、ポケットに入れていたハンカチを差し出す。
カイはそれを受け取ると、「…ご、ごめんね、ラナ。ありがとう。俺が泣いちゃって情けないね」と涙を拭いながらそう言った。
それから少し泣いた後、カイは呼吸を整えてまたゆっくりと口を開いた。
「…エイダンにもし、ラナじゃない想い人が現れたらラナはどう思う?耐えられる?」
「…わ、私ですか?」
「そう」
「…」
エイダンが私ではない誰かを好きになる。
私ではない誰がエイダンに愛されて、当たり前のようにエイダンの側にいる。
…想像しただけでもすごく重たい気持ちになってしまう。
「…耐えられないです」
「うん。そうだよね。それだけ好きならそれが普通だよ」
暗い表情で答えた私にカイが優しく笑う。
「だから終わりを恐れて想いを伝えないなんてダメだよ。ラナがこの先幸せになりたいのなら気持ちを伝えるべきだ。いつか終わる関係かもしれないけど、一生終わらない関係になれるかもしれないんだから。
きっと伝えなかったら、ラナは一生後悔するよ。それに恋人になれればきっと今よりもずっと幸せになれるはずだよ」
「…そ、そうですね」
カイにそう言われて私は深く頷いた。
やらないよりもやって後悔した方がいい。
あの時こうしていればと思うくらいならしてしまった方がいい。
もし仮にエイダンと恋人同士になれて、終わりが来るのだとしたら、一生分の恋をしたと笑おう。
私にはもったいないほどの素敵な時間だったと思えるように頑張ろう。
「カイ、私、伝えてみます。それでお願いがあるのですが…」
「何?」
「もし私がフラれたら…もし恋人になれたとしても遠い未来でフラれたら、どうか私と一緒に泣いてください。そしてまた前を見て歩けるようにしてください」
「もちろん、お安い御用だよ」
こうして私はカイに背中を押されて、エイダンにこの想いを伝えることを決心したのであった。
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