10 / 108
10.許せないこと。
しおりを挟むあの後すぐに女の子のお母さんが現れたので、私たちは女の子をお母さんに引き渡した。
女の子のお母さんは、最初、目が真っ赤な我が子を見て、とても狼狽えていたが、沢村くんから丁寧な説明を受け、状況を理解すると、私たちに感謝と謝罪をした。
『ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。娘を助けていただきありがとうございます。ポップコーンもごめんなさい』
と、申し訳なさそうに頭を下げた後、女の子のお母さんがポップコーン代として、数千円を私たちに渡そうとしてきたが、私たちはそれを断り、あの場を後にした。
泣いている女の子に対してあんなにも優しく、狼狽えているお母さんに対しても、冷静に丁寧に対応できる私の推しは、やっぱりすごい人だと改めて思う。
また一つ、推しの素晴らしいところを見つけてしまった。
『…私たち戦うしかないの?』
『ああ、そうだ』
大きなスクリーンに運命diaryの主人公たちのやり取りが映し出される。
残酷な定めに気づいてしまい、信じたくないと苦々しげな表情を浮かべる主人公の少女に、少年が難しい顔で淡々と事実を述べる、そんなシリアスなワンシーンだ。
彼らが今後どうなるのかわかってはいるのだが、ハラハラする展開に、私はずっとドキドキしっぱなしだった。
原作の漫画に忠実な登場人物にストーリー展開。
あえてアレンジは入れず、真っ直ぐに原作の面白さを表現しているこの映画に、まだ数十分しか見ていないが、感動すら覚えていた。
泣いていた女の子の対応をしていたこともあり、沢村くんとここへ来た時には、映画がもう始まっていた。
だが、最初の数分を見逃してしまっても、やはりこの映画はとても面白かった。
そんなことを思いながらも、映画に釘付けになっていると、斜め前の座席から小さな光を感じた。
気になって光の方へと視線を向けると、そこには若そうな2人の男の人がこそこそと何かをしている姿があった。
何をしているんだ?
彼らのことが気になって、映画ではなく、彼らのことをじっと見る。
すると、彼らのうちの1人が、こっそりと鞄からスマホの一部を出し、スクリーンへと向けたのだ。
「…」
目撃してしまった犯罪行為に私は言葉を失った。
あれはどう見ても盗撮だ。
何と許せない行為なのだろうか。
彼らのしていることに気づき、怒りが湧いてくる。
だが、大事にはしたくない、と思った。
ここには沢村くんを始め、運命diaryの映画を楽しみに来ている人たちがたくさんいる。
ここで騒ぎを起こし、映画を台無しにするなんて絶対に嫌だ。
「ちょっと、お手洗いに行ってくる」
なので、私は小声で沢村くんにそう言うと、一度このシアター内から出た。
*****
シアター内から出て数分後。
私は劇場内廊下で仁王立ちし、その場に正座している20代くらいの男二人組を睨みつけていた。
仁王立ちしている私の後ろには、映画館スタッフの大男が2人もいる。
私の後ろに控える映画館スタッフの方は、なかなか迫力のある方で、この状況に男二人組は、ダラダラと冷や汗を流しながら下を向いていた。
「盗撮していたことはわかっているのよ?さっさとスマホを出しなさい」
私にそう言われて、凄まれる男二人組だが、先ほどからずっと黙って下を向いたままで、何も言おうとしない。
一体何故、このような状況が、この劇場内廊下で完成してしまったのか。
その理由を簡単に説明するとこうだ。
シアター内から出た私が、すぐに映画館のスタッフの方に状況を報告し、そしてそれを聞いたスタッフの方が、大男2人を招集、その大男2人と私でシアター内へ乗り込み、盗撮犯二人組を連行したからだ。
連行中、たまたま沢村くんと目が合い、沢村くんがとても驚いた様子でこちらを見ていたが、私はそんな沢村くんに申し訳なさそうに会釈して、さっさとあの場から離れた。
会釈の意味はもちろん「ごめんなさい」だ。
沢村くんは優しいので、きっとあんな場面を見てしまえば、私のことが気になり、映画に集中できなくなってしまうだろう。
私が沢村くんの貴重な映画時間を邪魔しているのだ。
とても申し訳ない気持ちになるが、それでも悪いのは盗撮犯で、それを許す私ではない。
なので今現在私は盗撮犯の前で仁王立ちをしていた。
「ずっとそうやって黙ってるつもり?」
もう数分は黙り続けている男たちに、私を始め、映画館スタッフの方も圧をかけ続けるのだが、男たちは何も言わない。
しかしずっとこちらからネチネチと言われ続けることに耐えかねたのか、盗撮犯の1人がやっと口を開いた。
「…マジで撮ってないから。連絡が来てたから見てただけだし」
こちらと目も合わせようとせず、吐き捨てるようにそう言ったのだが、全く説得力のない言葉だ。
1人が喋り出したことによって、もう1人もやっと言葉を発した。
「…コ、コイツ撮ってないよ。お、俺、隣にいたからわかる…」
こちらもまたこちらと全く目を合わせようとせず、下を向いたまま、落ち着かない様子で自身が掛けているメガネをしきりに触っている。
そんな盗撮犯2人の姿に、やはり嘘をついているな、と私は感じた。
学校でよく見る嘘をつく生徒と雰囲気が2人揃ってよく似てるのだ。
「じゃあ、スマホを見せなさい。ロック解除して」
「「…っ」」
正座をする盗撮犯2人にズイッと顔を近づけ、さらに凄むと、盗撮犯2人は顔を青くして、肩に力を入れた。
そしてついに観念したのか、2人は互いに見つめ合った後、私にようやくスマホを渡した。
全く手のかかる。
ため息が出そうになりながらも、私は大男スタッフの方とスマホの中を確認する。
だが、ここで想定外の事態が発生した。
「…え」
スマホのライブラリの中に盗撮動画が一切なかったのだ。
おかしい。確かに彼らは盗撮をしていたし、様子だって明らかに怪しいのに。
それなのに動画が出てこないなんて。
内心焦っている私の横で、大男スタッフの方も「どこにもないですね」とおかしそうに首を傾げていた。
「ほら、撮ってないだろ?」
盗撮犯の1人が、はは、と冷や汗を流しながらもおかしそうに笑う。
盗撮犯のもう1人、メガネをかけている方もへらりと笑った。
「そっちが勘違いしてこうなったんだよね?本当いい迷惑なんだけど?謝ってくれる?」
勝ち誇ったようにこちらを見る盗撮犯2人組に「私の目は誤魔化せない!嘘つくな!」と怒鳴ってやりたいが、証拠がないことにはこれ以上何もできない。
クソッ。悔しいっ。
何も言えずに奥歯を噛みしめていると、その声は聞こえてきた。
「ちょっといい?鉄崎さん」
突然私の横に現れた沢村くんが、スッと私の持っていた盗撮犯のスマホを取る。
「え」
さ、沢村くん?な、何でここに?
沢村くんの突然の登場に困惑する私なんてよそに、沢村くんは慣れた手つきでスマホを触り始めた。
「…このスマホ、どっちのスマホ?」
少しスマホを触った後、沢村くんが真剣な表情で私に質問する。
「…あ、えっとそっちの人」
なので私は。沢村くんの手の中にあるスマホの持ち主を戸惑いながらも指差した。
すると沢村くんは「ありがとう」と私にお礼を言い、その男に近づいた。
「顔あげてください。ロック解除したいんで」
「…」
正座する盗撮犯の前にしゃがみ、私が指差した男の方へと沢村くんがスマホの画面を向ける。
だが、盗撮犯はまた黙り込み、サッと下を向いた。
アイツ!沢村くんの言うことを無視するなんて!
「顔をあげなさい!」
盗撮犯の態度に腹が立ち、私は盗撮犯の顔を両手で勢いよく掴む。そしてそのままグイッと無理やり顔をあげさせた。
私に無理やり顔をあげさせられた盗撮犯と私の目が合い、盗撮犯が顔をまた青くする。
やっぱりこの態度は何かを隠しているもので、確実に無実の人間がする表情ではない。
ギロリと盗撮犯を睨んでいると、「ありがとう、鉄崎さん」と沢村くんが私に優しく微笑み、スマホの画面を盗撮犯の方へと向けた。
「あ、やっぱり」
その場から立ち、ロックが解除されたらしいスマホを触り始めた沢村くんがそう呟く。
それからこの場にいる全員にスマホの画面を見せた。
『…私たち戦うしかないの?』
『ああ、そうだ』
そこに映し出されていたのは先ほど私も見ていた運命diaryの映像で。
「盗撮映像を隠す為にライブラリじゃなくて別の場所にロックかけて保存してたみたい」
沢村くんはそう言うと私にまた優しく笑った。
「そのメガネも怪しいですよね。右にある小さい穴ってカメラのレンズじゃないですか?」
「え!いや、ちが…」
沢村くんに微笑まれて、メガネを掛けている方の盗撮犯が気まずそうに下を向く。
絶対そうじゃん!
沢村くんの言葉に私はすぐに盗撮犯のメガネを奪う。
それからすぐに大男映画館スタッフの方にそれを渡した。
「現行犯ですね、連れて行きます」
メガネとスマホを確認した大男スタッフの1人が、淡々とそう言い、盗撮犯の1人を無理やり立たせる。
さらにもう1人も同じように立たされて、連行させることになった。
これでやっと解決である。
…と思っていたのだが。
「このクソ女!お前のせいで計画が台無しだ!」
「お前みたいな凶暴な女、誰も女として見ねぇよ!このゴリラ!」
盗撮犯2人組が去り際に急にしおらしい態度から一変し、荒々しい口調でこちらに叫ぶ。
何と失礼なやつらだ。逆恨みもいいところだ。
こちらを睨みながらも去っていく盗撮犯たちに「うるっさい!この犯罪者!」と叫ぶ。
すると私の横にいた沢村くんが突然私の頭を自身の肩へと寄せた。
な、な、な、な、突然、何!?
「ここにちゃんと女の子として見ているやつがいるから」
突然のことに動揺する私なんて気にもせず、沢村くんは今まで聞いたことのないほど低い声でそう言う。
声だけで沢村くんの怒りが伝わってくる。
推しが私の為に怒ってくれている。
推しが私を〝女の子〟として見てくれている。
推しが私の頭を抱き寄せている。
推しが…。私の推しが…。
推しからの供給があまりにも多すぎて、意識が遠のきそうになる。
ここは天国かな?
あまりの衝撃に意識を失いそうになったが、私は何とかそれに耐え、ただただ精神を統一する為に、遠くを睨み続けた。
0
あなたにおすすめの小説
生まれ変わったら極道の娘になっていた
白湯子
恋愛
職業専業主婦の私は、車に轢かれそうになってた子どもを守ろうとして死んでしまった。しかし、目を開けたら私は極道の娘になっていた!強面のおじさん達にビクビクしながら過ごしていたら今度は天使(義理の弟)が舞い降りた。やっふぅー!と喜んだつかの間、嫌われた。何故だ!構い倒したからだ!!そして、何だかんだで結婚に焦る今日この頃……………。
昔、なろう様で投稿したものです。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる