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11.幸せな時間。
しおりを挟む盗撮犯を無事、送り出した後、私たちはシアター内へと戻った。
しかし、かなり揉めていたこともあり、戻った時には、もう映画はクライマックスを迎えていた。
その為、結局映画はあまり見られなかったのだが、映画館のスタッフの方が、盗撮犯を見つけ、対応してくれたお礼にと、また好きな映画を一本観られるチケットをくれたので、あまり悲しい気持ちにはならなかった。
むしろ、それでも盗撮犯を捕まえられたことの方が嬉しく思えた。
映画はまた見に行けばいいだけだ。
もう日が暮れ始め、街に灯りがつき始めた頃。
私たちは映画館から出て、帰る為に駅へと向かっていた。
悠里くんと並んで、街の中をゆっくりと歩く。
幸せな時間の中で、私は今日という最高の一日に思いを馳せた。
今日はとても楽しかった。
運命diaryに登場した神社で、たくさん風景や推しの写真を撮り、映画にまで行って…。推しの素晴らしすぎるところをたくさん見れたり、改めて知れたり。
推しとたくさんの時間を過ごすことができた今日という日を、きっと私はキラキラと輝く宝物のように大事にし、忘れられないだろう。
今日は私にとって人生最高の一日だった。
しかしきっと沢村くんにとっては違っただろう。
私のせいで。
「…沢村くん。さっきはごめんね。私のせいでほぼ映画、見られなくて…」
申し訳ない気持ちでいっぱいになり、ぎゅっと両手に握り拳を作る。
もっと私が盗撮犯の対応をきちんとできていれば、沢村くんの手を煩わせることなどなかった。
動画の保存場所に気づけなかった私のせいで、沢村くんは映画を見られなかったのだ。
「え?何で謝るの?鉄崎さんのせいじゃないじゃん」
眉間にシワを寄せ、深く反省していると、そんな私に沢村くんの不思議そうな声が届いた。
あまりにもあっけらかんとしている沢村くんに、私は驚いて、無言のまま、目を大きくぱちくりさせる。
悠里くんはそんな私に優しく続けた。
「悪いのはどう考えても盗撮していた人だよ。鉄崎さんは何も悪くない」
夕日に照らされる私の推しはなんて眩しい存在なのだろうか。
この輝きとかっこよさはきっと世界を救う。
「俺、今日、鉄崎さんと一緒にいられてめっちゃ楽しかったよ。鉄崎さんの知らないところとか、知っていたけど改めて知れたところとかも知れて、良かったって思った。本当に楽しかった。ありがとう」
夕日を背に、はにかむ沢村くんには、きっと嘘も偽りもないのだろう。
まっすぐな沢村くんから紡がれた言葉に私の心はふわふわと幸せな気持ちでいっぱいになった。
しかし、それと同時に、やはり推しの大事な時間を奪ってしまった事実に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
きっと沢村くんは私がそう思うことを一切、望んでいないのに。
「…わ、私も沢村くんと一緒にいられて楽しかったよ。いっぱいかっこいい沢村くんを見られて最高だった。本当にありがとう」
推しからのお言葉に応えねばと、気持ちに折り合いがつかないまま、複雑な表情を浮かべる。
すると、そんな私の様子に、沢村くんが優しく口を開いた。
「…鉄崎さんは優しいね。きっと俺が大丈夫って、言ってもずっと気にするんだろうな」
「…え、あ、いや…」
沢村くんの言っていることが的確すぎて、咄嗟に否定の言葉が出ない。
これでは沢村くんにさらに気を使わせてしまうというのに私は一体何をやっているんだ。
「…じゃあ、一つお願いしていい?」
突然、一緒に歩いていた悠里くんがその場で足を止める。
予想外の悠里くんの言動に私は「お願い?」と首を傾げ、前に出そうとしていた足を止めた。
推しのお願い?一体なんだろう?
推しのお願いなら何でも叶える所存だけど…。
「一緒に写真撮ろう?」
「へ」
沢村くんからのお願いがあまりにも盲点すぎて、思わず間の抜けた声を出してしまう。
私が沢村くんと一緒に写真を撮る?
あの造形美の横に私が失礼する?
おこがましくない?
「いや、ちょっとそれは…」
「でもさっきのこと悪いと思ってるんだよね?だったらお詫びも兼ねて撮ってほしいな。ね?」
「…」
沢村くんにキラキラと輝く瞳で、物欲しげに見つめられ、私は何も言えなくなってしまった。
…推しからのお願いを断るなんて言語両断。
どんなにおこがましくてもやるしかない。
「…わかったよ、沢村くん」
「ありがとう、鉄崎さん」
肩を落とし、渋々了承した私を、沢村くんが嬉しそうに見る。
その笑顔に私の中の負の感情はあっという間に吹き飛んだ。
この笑顔の為に、何百枚でも撮りましょう、写真!
最初は、緊張とおこがましさといろいろな感情で、硬かった私の表情が少しだけ和らぐ。
そんな私に沢村くんは、一緒に写真を撮る為に、グッと距離を詰めた。
沢村くんがスマホを縦に持ち、画角に私が入るように調整を始める。
意識せず、結果として、画角に入るように近づいた距離に、私の心臓はもうドキドキとお祭り騒ぎだった。
横持ちならこんなに近づかなくてもいいのだが、縦持ちではどうしても近づかなくてはならない。
推しの体温を感じ、推しの優しいシャンプーの香りが香るこの距離が許されてしまう彼女とは、とんでもない立場だ、と、クラクラしながら改めて痛感する。
ドキドキしすぎて変な顔にならないように、私は一生懸命沢村くんのスマホに向かって笑顔を作った。
それから沢村くんはスマホのシャッターを押した。
キラキラ爽やか笑顔の沢村くんと硬い笑顔の私。
明らかにかっこよすぎる沢村くんの横に、いてはいけないものが写っている。
違和感しかなく、あまりいい写真ではないのに、写真を撮り終えた後、沢村くんは何故か嬉しそうにその写真を見ていた。
隣に写ってはいけない、不審者がいる写真だというのに。
そして、この半分は神々しくて、半分は禍々しい写真を、私と何と沢村くんはデート記念に、とスマホのホーム画面に設定したのであった。
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