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15.デートの終わり。
しおりを挟む「…」
疲れた。
お化け屋敷からやっと出た私は、もう満身創痍で、千晴に寄りかかっていた。
あんなもの入らなければよかった。何も楽しくなかった。
「先輩、大丈夫?」
ぐったりとしている私の様子を伺う千晴は、私とは違い余裕があり、どこか満足げだ。
お化け屋敷が苦手だと言っていたわりには、ずっと平気そうで、私を抱き寄せたまま、腰を抜かす私を何度も何度も庇ってくれた。
どうなっているんだ。本当は苦手ではないのか…?
千晴に疑念の視線を向け始めた、その時。
「きゃー!」
突然、女性の甲高い叫び声がこの場に響いた。
ただ事ではなさそうなその声に、周囲の人々はざわつき始める。
声の方へと視線を向ければ、そこには倒れている女性と、女性ものの鞄を抱えて走る、全身黒ジャージの30代くらいの男がこちらに向かって走ってくる姿があった。
状況から見ておそらくアイツが女性から鞄を奪ったのだろう。
…全く。せっかくのメルヘンランドなのに。
全員の楽しい気持ちに水を差す行為、許せない。
「…はぁ」
ひったくり犯を捕まえる為に、大きなため息を吐き、千晴から離れる。
それからひったくり犯を睨みつけて、腕をあげようとした。
「先輩、下がって」
しかし、そんな私の前に千晴が現れ、左手で私を制止した。
あのひったくり犯から私を守ろうとしての行為なのだろう。
だが、私にはそんなもの必要ない。
お化け屋敷ではぜひ私を守ってもらいたいが。
「千晴、大丈夫」
私を庇うように立った千晴を避け、こちらに迫ってくるひったくり犯をもう一度睨む。
ひったくり犯は目の前に現れた私を見て、「退けや!」とすごい形相で叫んできたが、私は構わず右腕を肩の高さまで上げ、少し曲げて構えた。
先ほどまで満身創痍だったはずなのに、体の奥底から力がみなぎる。
私の中の正義感がそうさせる。
「止まりなさい!」
そして私の叫びと共に振り抜かれた右腕は、見事にひったくり犯の首へと当たり、ひったくり犯はその勢いのまま、地面へと仰向きに叩きつけられた。
ラリアット成功だ。
「…ゔっ」
私からラリアットを喰らったひったくり犯は、うめき声を漏らしながらも、表情を歪めていた。
とても苦しそうだが、犯罪に手を染めたやつに慈悲など必要ないだろう。
「返しなさい、それ」
「…あ、は、はい」
私に凄まれたひったくり犯は、半泣きで何度も頷き、鞄をこちらに差し出す。
これで万事解決だ。
この一連の流れを見ていた千晴は最初そこ、唖然としていたが、すぐに「あはははっ。さすが先輩っ」と大笑いし始め、一緒にひったくり犯の対応をしてくれたのであった。
*****
メルヘンランドに来てノンストップで遊び続け、ひったくり犯の対応までし、疲れた表情を浮かべていると、「休もう」と千晴にVIP専用ラウンジへと案内された。
VIP専用ラウンジはメルヘンランドのシンボルである大きなお城の中にあり、そこはメルヘンランドの景色を一望できる場所でもあった。
私たちはそこの窓際にあるカウンター席に座り、景色を眺めながらもジュースを飲んだり、軽食を食べたりしていた。
VIPだからなのか知らないが、ここでのお会計はチケット代に入るらしい。
「あ、見て、千晴!あのアトラクションここからでも見えるよ!あれ感動したよねぇ」
ポテトを食べながら今まさに目に入った景色の中にある大きなアトラクションを私は指差す。
日が暮れはじめ、ライトアップされたパーク内はキラキラと輝いており、そこには昼間とはまた違った非現実が広がっていた。
まるで宝石箱の中のようだ。
「あの横にあるシアターも面白かったよね。まさか最後ああなるなんてね。ジェットコースターも気持ちよかったよねぇ」
「…」
「それからさ、あそこの場所なんだけど…」
「…」
夢中になって喋り続ける私に千晴は何故か応えない。
黙ったまま何も言わない千晴に違和感を感じた私は、何となく景色から隣に座る千晴へと視線を向ける。
すると千晴は、何故か愛おしげに私を見て、スマホをこちらに向けていた。
「…え、撮ってる?動画?」
「うん」
まさかと思い、質問した私に何でもないように千晴が頷く。
「…私なんて撮らずに、ここからの景色を撮った方がよくない?私にわざわざ撮るほどの価値なんてないよ?」
ここからの景色はVIPという選ばれた者しか見られない景色だ。
一般人である私たちがこの景色を見られるのも、きっと今日が最初で最後なのだ。
だからこそ目に焼き付け、動画で残す必要がある。
今後一生見られないこの景色を記録しておく為に。
そんな価値のある景色よりも、いつでも会える学校の先輩の動画を撮っているとは。
一体何を考えているんだ、千晴は。
千晴の言動の意味がわからず、呆れ顔になっていると、千晴はそんな私に頬を緩めた。
「価値しかないよ。俺にとってはここの景色よりも先輩の方がいい。どの先輩も可愛いし、記録に残しておきたい」
「はぁ…」
やはり、千晴の言動の意味がわからず、間の抜けた声を出す。
常々変わり者だとは思っていたが、ここまでとは。
変なやつ、と思いながらも私は目の前にあるジュースのストローに口をつけたのだった。
*****
ラウンジで休憩した後、私たちはもう少し遊んで、それからお土産屋に入った。
お菓子に服に人形にキーホルダー。
広い店内には見切れないほどたくさんの商品が並べられている。
あれもこれもと目移りしながらも、私はあるものを手に取った。
メルヘンランドのメインマスコットキャラクターの一つ、薄いふわふわのピンクの毛に黄色の垂れ目が可愛らしい、メルヘン猫のマスコットキーホルダーだ。
尻尾の付け根にある赤のリボンが特徴的なメルヘン猫は、メルヘンランドのキャラクターたちの中でも一二を争う人気キャラの一つだった。
沢村くんにお土産を買いたいけど、これはちょっと可愛らしすぎるかな。
そう思って、他のキャラクターたちも見るが、やはりどれもふわふわで可愛らしい。
そもそも私からのお土産なんて沢村くんにとってはいい迷惑かもしれない。
付き合っているとはいえ、私たちの関係はあくまでも、沢村くんがバスケに専念する為の偽りの関係だ。
そんな何とも思っていない偽りの彼女が突然お土産なんて渡してきたらどう思う?
沢村くんは優しいので、きっといらないと思っても、笑顔で受け取ってくれるだろう。
そしてその後、これはどうしたらいいのか、と悩むのではないだろうか。
私の軽率な行動で推しを困らせてしまうなんて。
そんなことできない。
私はそこまで考えると、メルヘン猫をそっと棚に戻した。
「どうしたの?買わないの?」
一連の流れを見ていた様子の千晴が不思議そうに私を見る。
「いや、買わないっていうか買えないっていうか…」
「…?だったら俺が買おうか?」
「いや、違う。私が欲しいんじゃなくて、沢村くんにお土産として買おうかなって思ったんだけど…」
そこまで言うと私は先ほどまで考えていたことを千晴に包み隠さず話した。
私の話を聞き終えた千晴は珍しく、にっこりと笑った。
「買ってあげよ?絶対欲しいと思う」
「そうかな?」
「うん、絶対」
「じゃあ、買おうかな」
千晴に背中を押されて、もう一度メルヘン猫のマスコットキーホルダーを持つ。
そんな私にどこか意味深に笑いかける千晴に、私は一瞬だけ違和感を覚えたが、すぐにその違和感は消えた。
千晴はただ私にいつものように笑いかけているだけだろう。そこに深い意味なんてきっとないはずだ。
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