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26.君の声。side悠里
しおりを挟むside悠里
コートを半分に分け、練習試合前のアップをする両校。
その中でも一際目立つ存在は、俺たち鷹野高校バスケ部の部員からも視線を奪っていた。
「…なぁ、あれってうちの華守だよな?」
「な、何で、華守学園に華守がいるんだ?」
「しかも普通に上手いし…」
アップを続けながらも部員たちはちらちらと何度も何度も華守を見る。
時には見間違いではないかと、疑わしく、時には何故そこにいるのかと、不思議そうに首を傾げていた。
そして俺もまた他の部員たちと同じような視線を華守に向けていた。
華守の格好はまさにバスケ上級者のそれで、特にシューズが初心者とは違った。
きちんと履き慣らされ、手入れされていることがわかるバッシュなのだ。
さらに格好通り、バスケをする姿は上級者そのもので、普通に上手かった。
まだ練習しているところしか見ていないが、それでも華守が華守学園内で一番の実力者だということはわかる。
華守学園バスケ部は華守がいることで、実力が底上げされているように見えた。
今の華守学園はうちの地区では中堅どころだが、華守がいるだけで、上位に入れそうな雰囲気さえもある。
練習を続ける華守から視線を外し、自分も練習に身を入れる為に、自分たちのコートへと視線を戻す。
ーーーー鉄崎さんにかっこいいところを見せたい。
改めて気合を入れていると、俺の足元に華守学園からバスケットボールが転がってきた。
俺は特に何も思わず、そのボールを拾う。
それからこちらに歩み寄ってきた人の気配に顔を上げた。
「先輩、こんにちは」
へらりとこちらに笑い、やって来たのは、なんとあの華守だった。
華守は表情こそ笑っているが、目は鋭いままで俺を見ていた。
俺を殺したいほど憎んでいる、と言われてもなんら不思議に思わない鋭さだ。
「…は、華守…くんは何でここにいるの…。しかも華守学園の選手で」
拾ったボールを華守に渡しながらも、華守に対して、今まさに疑問に思っていることをそのまま俺は口にする。
「柚子先輩にかっこいいところ見せたいから」
すると華守は至極当たり前ように淡々とそう答えた。
欲しかった答えとは微妙に違う華守の答えに、違うと思うよりも、モヤモヤした感情が勝ってしまう。
そのモヤモヤの原因がなんなのかはよくわからないが。
そう思っている内に華守はさっさと俺の側から離れ、華守学園側へと自然な流れで戻っていった。
*****
アップが終わり、いよいよ、練習試合開始時刻となった。
整列して挨拶した後、両校のスタメンメンバーだけが、コート内に残り、各ポジションへとつく。
その中には当然、華守もおり、どうしても目に付いた。
もちろん、俺もスタメンとしてコート内に残っていた。
…ダメだ。これから試合だっていうのに華守の存在がどうしても気になって、集中できない。
『柚子先輩にかっこいいところ見せたいから』
先ほどまさにそこで言われた華守のセリフが頭から何故か離れない。
何が印象的で離れないのか全くわからないが、このセリフが浮かぶたびにモヤモヤが募っていく。
華守のことなど考えている場合ではない。
鉄崎さんが試合を観に来てくれているのだ。
試合に集中し、当初の目的通り、鉄崎さんに〝かっこいい〟と思ってもらわないと。
そう思いながらも、チラリと2階のギャラリーにいる鉄崎さんの方へと視線を向けると、そこにはこちらを見ていない鉄崎さんがいた。
鉄崎さんの視線の先には、鉄崎さんに軽く手をあげる華守がおり、鉄崎さんはそんな華守に苦笑しながらも手を振っていた。
遠目からでも鉄崎さんが苦笑しているが、どこか優しい目をしていることがわかる。
…これじゃあ、どちらが鉄崎さんの彼氏かわからないな。
2人の姿を見て俺の気持ちは一気に重たくなった。
*****
「今のままではダメなことくらい自分たちが一番わかっているだろう?エースの調子が悪い時に崩れるチームじゃあ、全国ベスト8を狙うどころか、地区大会優勝すらも危ういぞ」
俺たち選手に囲まれて、鷹野高校バスケ部の顧問が難しい顔をする。
顧問の言っていることは至極真っ当で、俺たちは深刻な顔でそれぞれが頷いた。
第二クォーターが終わり、ハーフタイム。
俺たちは顧問の指摘通り、あまり褒められた試合はできていなかった。
本来ならかなりの点差をつけたい相手なのだが、その点差が一向に広がらないのだ。
試合内容はずっと拮抗しており、華守学園にリードされてしまう場面さえもあった。
何故、そうなってしまったのか。
原因は二つある。
一つは、あちらに華守がいることだ。
華守は予想通り、かなりの実力者で、うちのバスケ部にいてもレギュラーになれるほどの力を持っていた。
そんな華守を中心に底上げされた華守学園は実に厄介で、中堅とは思えないバスケをしていた。
そして原因二つ目。
きっとこちらの方が大きい。
俺のシュートが一本も入らないのだ。
今までいろいろな試合をしてきたが、こんなにも不調なのは初めてだった。
うちの高校のエースだと言われている俺はもちろん他の部員よりも多くシュートチャンスを作る。
そのシュートチャンスの度に、ボールをいつものようにゴールへと投げるのだが、それがゴールネットを揺らすことはまだ一度もなかった。
打てども打てどもシュートが入らない。
いつも通りなはずなのに、どこかが違う気がして、違和感を覚えずにはいられない。
けれど、その違和感がなんなのか全くわからない。
やがて呼吸の仕方もよくわからなくなり、息苦しくなる。
胸の辺りがモヤモヤして、吐き気までする。
部員の誰かに渡されたスポーツ飲料の入ったボトルに口をつけ、何とか喉に通す。
視界が揺れている気がして、どうしたらいいのかわからなくなった。
「おい、悠里、大丈夫か?」
突然、俺に心配そうにそう声をかけてきた陽平によって、ぼんやりとしていた意識が鮮明になる。
俺と目の合った陽平は「やっと、こっち見た」と安堵した表情を浮かべた。
「お前ばかり頼りすぎてたツケが今来たな。気にすんなよ、悠里。お前がダメな時はこっちが頑張るから。先輩たちもそう言ってるぞ」
俺の背中を軽くポンと叩き、陽平がレギュラー陣である先輩たちに視線を向ける。
すると、先輩たちは、
「おう!気にすんなよ、エース!」
「お前が取れない分、俺らが取るぜ!」
「ここから巻き返しだ!」
と、明るく笑ってくれた。
なんて優しくて頼もしい先輩たちなのだろうか。
陽平と先輩たちの暖かさに自分の不甲斐なさを痛感するとともに、心が暖かくなる。
「ほら!鉄子もお前のこと応援しに来てるんだぞ!元気出して行こうぜ!悠里!」
それからいつの間にか俺のボトルを受け取っていた隆太が、ニカッと太陽のように笑い、おそらく鉄崎さんがいるであろう方へと視線を向けた。
…鉄崎さん。
隆太やみんなの視線の先には、鉄崎さんがいるのだろう。
俺は今日、鉄崎さんに〝かっこいい〟と思ってもらいたくて、この試合に誘った。
だが、それがどうだろう。
今の俺は誰がどう見てもかっこよくないし、情けない。
全てのシュートを外し、チームの足を引っ張るエースとは呼べない、お荷物だ。
こんな姿、正直、鉄崎さんだけには見られたくなかった。
それでも…それでも、だ。
やはり、鉄崎さんのことが気になって仕方がない。
どうしても彼女の姿が見たい。
ついに痺れを切らして鉄崎さんを盗み見ると、そこにはまっすぐと俺だけを見ている鉄崎さんがいた。
少しだけ紅潮した頬にキラキラと輝く瞳。
楽しげにこちらを見る鉄崎さんに心臓が跳ねる。
…可愛いな。
無邪気にこちらを見る鉄崎さんにふとそんなことを思った。
あんな顔もするのだと、また知らなかった鉄崎さんの一面を知れて、心が軽くなっていく。
先ほどまであんなにも苦しく、重たかった感情が嘘かのようだ。
ーーーー頑張ろう。
そう気持ちを切り替えたところで、ハーフタイム終了のホイッスルがこのコート内に響き渡った。
*****
第三クォーターからの俺は本来の調子が完全には戻っていないにしても、もうチームの足を引っ張るような存在ではなくなっていた。
俺の前に現れた敵チームの1人にフェイントをかけ、抜けたところで、そのままシュートフォームに入る。
誰にも邪魔されることなく放たれたそれは綺麗な弧を描いて、吸い込まれるようにゴールへと入っていった。
「ナイシュ!悠里!」
「おう!」
陽平に差し出された手に自身の手を当て、ハイタッチをする。
それからすぐにディフェンスの態勢へと入った。
第三クォーターが終わり、いよいよ最終クォーター。
残り時間3分のところで、点差はわずか三点しかなく、こちらがリードしていたが、どちらが勝ってもおかしくない状況だ。
俺がシュートを決められるようになり、リードされることはなくなったが、それでもなかなか引き離すことはできないでいた。
やはり、華守が圧倒的に強すぎるのだ。
気がつけば、綺麗なフォームで華守はスリーポイントシュートを放ち、当然のようにゴールネットを揺らしていた。
そこから試合は変わらず、拮抗した状況が続いた。
こちらがシュートを決めれば、あちらもシュートを決める。
点差は広がらないどころか、同点になる場面もあり、どちらが勝つのかわからない緊張が続いた。
同点のまま迎えたラスト15秒。
陽平からいいタイミングできたパスを受け取り、まずは1人目を綺麗に抜き去る。
それから目の前に現れたもう1人も抜き去り、俺はフリーになった。
ーーーこれを決めれば、決勝点だ。
残り時間は10秒。
シュートフォームへと入ろうとしたところで、目の前に華守が現れる。
自分と同等かそれ以上の高さの華守を前に、俺は咄嗟に後ろへと飛び、シュートを放つことを選んだ。
フェイダウェイだ。
決められるかどうか。
難しい体勢にそう思った、その時。
「いけ!沢村くん!」
たくさんの人の中から鉄崎さんの声が耳に入る。
鉄崎さんのことだ。きっとずっと俺を応援してくれていたのだろう。
それが今、やっと俺の耳に入った。
鉄崎さんが応援してくれているのも、見てくれているのも俺だ。
緊張していた腕に力が抜ける。
心も軽くなり、最高の状態で俺はボールを放った。
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