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30.お嬢様、襲来。
しおりを挟む気が付けば私は、私の小さな部屋の丸テーブルを挟んで、千夏ちゃんと向き合って座っていた。
そんな私たちの様子を、私の部屋には入り切らなかったゴリマッチョスーツたちが、扉の外、廊下から鋭い視線で見張っている。
異様な空気に包まれるこの部屋の丸テーブルの上には、マイペースなお母さんが当然のように用意した暖かいお茶があった。
マイペースだが、行動力のあるお母さんに、ただただすごいなぁ、と感心してしまう。
…いや、違う違う。
そこではなくて。
「本当にこんなところに人が住んでいるのね…」
状況をまだあまり理解していない私の目の前で、突然千夏ちゃんが興味深そうにそう呟く。
まるで異世界にでも迷い込んでいるような千夏ちゃんの様子に、私はつい聞いてしまった。
「…こんなところって?」
「こんなところはこんなところよ。こんな小さな家に人が住めるわけないと思っていたの。ここはまるでうちの愛犬、ラブちゃんのお家だわ」
「…はぁ」
戸惑いながらも喋り出した千夏ちゃんにやはり理解が追いつかず、間の抜けた返事をしてしまう。
我が家は全く小さくないし、一般的な家の大きさだ。
お父さん、お母さん、私、3人で住むには十分すぎる広さがあるし、何不自由なく生活してきたつもりだ。
それをわんちゃんの家と同じだと言うとは、一体どのような価値観、感覚の持ち主なのか。
「でもこのサイズが本当は一般的なのよね。一応、一般常識として教えられてはいたけれど、実際に見て、足を踏み入れると、圧巻ね。驚いたわ」
「…そうですか」
私の適当な返事を全く気にも留めず、私の部屋を隅から隅まで観察する千夏ちゃんに、私は若干表情を引きつらせた。
千夏ちゃんは間違いなく、思考が一般人のそれとは違うようだ。
そこまで考えて、ふと、千夏ちゃんの兄である千晴のことが頭をよぎった。
千晴は華守学園出身で、どうやらスーパー金持ちらしい。
つまり妹である千夏ちゃんも当然、スーパー金持ちであり、こういう感じになってしまっているのだろうか。
「日本を牽引する華守グループの跡取りであるお兄様の選んだお相手が一体どんなお方なのかとわざわざ見に来たのだけれど…。まさかこんな家に住むようなお方だったなんて…」
気が付けば、何故か千夏ちゃんは憐れむように視線を伏せ、大きなため息をついていた。
明らかに失礼な態度を取られていることはわかっている。だが、そんなことよりも千夏ちゃんから出たいろいろな情報がどれも聞き逃せないもので、それどころではなかった。
まず〝華守グループ〟だ。
華守グループといえば、日本有数の様々な企業を抱え、幅広い分野でその名を轟かせている超有名なグループだ。
この間、千晴と行ったメルヘンランドも、確か華守グループの傘下だったはず。
さらに身近なところでいえば、華守学園も名前の通り、華守グループが創立、運営している学園だ。
つまり、何が言いたいかというと、華守グループは日本有数の超がつくほどのお金持ちだということだ。
そして何故かその華守グループの跡取りが千夏ちゃんの話では、なんと千晴のようなのだ。
…納得しかできない。
いろいろと素行の悪さが目立つが、華守学園出身で、一般人には理解の及ばないスーパーお金持ちで、さらには名字が華守。
華守グループのご子息だと言われても、妙に納得してしまう。
そんなスーパーロイヤルお坊ちゃまが、どうして普通の高校であるうちに通っているのかは全くわからないが。
さらに目の前にいる美少女は絶対に聞き逃せないことを言っていた。
それは…。
「千夏ちゃん。私は千晴の選んだお相手ではないよ?」
「…は?」
おそらく私のことを千晴の選んだお相手…つまり、彼女だと勘違いしている千夏ちゃんに、丁寧にゆっくりと事実を伝えてみる。
すると、千夏ちゃんはおかしそうに私を見た。
「何を言っているの?アナタがお兄様の彼女なのは、明白でしょう?こんな家に住んでいることを知られて、恥ずかしくなったの?」
「いや、違うよ。恥ずかしくないし、事実を言っているだけだよ?」
「…事実?」
私の言葉にますます怪訝そうに千夏ちゃんが首を傾げる。
全く私の言葉が理解できない、と言いたげな瞳に、私は困惑した。
一体何を根拠にここまでまっすぐと私を自身の兄の彼女であると勘違いできるのだろうか。
「アナタはお兄様の彼女よね?」
改めて千夏ちゃんが神妙な顔で私にそう問いかける。
なので、私は「違うよ」ともう一度、淡々と訂正した。
「そ、そんなわけないじゃない…。おかしなことを言わないで。だって、お兄様は絶対アナタに特別な感情を抱いているはずだもの。今まで誰に対しても興味さえ示さなかったあのお兄様がよ?
普段なら絶対に使わない電車をアナタの為だけにお兄様は使ったわ。バスケだって、プロ級に上手いのにさして興味がないからと中学であっさり辞めていたのにアナタの為にやっていたし。さらにはアナタを追いかけて、ただの庶民の高校に編入までして…」
「待って待って待って」
突然、真剣な顔でとんでもない勘違いを口にし始めた千夏ちゃんを私は慌てて止める。
千夏ちゃんの口から出てくるもの全てが間違っている。
千夏ちゃんいわく、千晴の言動全てに〝私の為〟があるようだが、そんなわけがないだろう。
「千夏ちゃん、一から十までぜーんぶ違うよ?そもそもまず千晴は私を追いかけてうちの高校に編入したんじゃないと思う。私が千晴と知り合ったのは、千晴が高校に入学してからだし。少なくとも私が理由で編入したんじゃないと思うけど」
じゃあ、何故、華守学園からうちに来たのか詳しいことはもちろん知らないが。
宥めるようにゆっくりと話す私に、千夏ちゃんの鋭い視線が刺さった。
「そんなはずないわ。絶対お兄様はアナタを追いかけて、鷹野高校に編入したのよ。それ以外、あの高校を選ぶ理由がないもの」
自分こそが正しいと訴えるその態度に、どんなに違うと訂正したくても、限界があるのだと悟る。
こういうタイプには一体どうすれば真実を伝えられるのだろうか。
うんうんと頭を捻っていると、千夏ちゃんはビシッと人差し指を勢いよく私に指してきた。
「とにかく!アナタがお兄様にとって特別であることは明白だわ!あんなにも楽しそうなお兄様なんて見たことないもの!」
いつの間にか出された千夏ちゃんの結論に、苦笑いを浮かべる。
そもそも私は千晴の彼女でも、特別でもないのだが。
呆れつつも、まだ勢いよく続く千夏ちゃんの言葉に、私はしばらく黙って耳を傾けることにした。
「お兄様はとても優秀な人間なの。一つの欠点さえもない完璧な存在。それがわたくしはいつも悔しいけれど、同時に誇らしかったわ。華守を継げる素質しかないもの。正直、どんなに努力したってあのお兄様には敵わない。…それなのに」
そこまで言い終えると、一旦、千夏ちゃんは一呼吸つく。
それから眉間に深いシワを寄せ、険しい顔をした。
「今、まさに完全無欠のお兄様に唯一の欠点ができようとしているのよ!?そんなの許されるはずがないじゃない!だからわたくしはアナタが華守の女に相応しいのか見極めるの!」
そう千夏ちゃんに高らかに宣言され、私は「はぁ」とまた間の抜けた返事をしてしまう。
当事者意識のないやる気のない返事なのは重々承知なのだが、そうなっても仕方のない状況だった。
私は何度も言うが、千晴の彼女ではないのだ。
「千夏ちゃん、落ち着いて?あのね、まずなんだけど、その見極める必要がそもそもないのよ。私は千晴の彼女じゃなくて…」
「見極める必要がない?余裕そうじゃない?」
なんとか千夏ちゃんの誤解を解こうとしたのだが、どうも肝心の〝彼女ではない〟という部分が聞こえていなかったご様子で。
高圧的な笑みで千夏ちゃんはこちらをまっすぐと見つめる。
「今に見てなさい!アナタのボロを必ず見つけ出してやるわ!」
それだけ勢いよく言うと、千夏ちゃんはこの部屋に鋭い視線を投げ続けていたゴリマッチョスーツたちを連れて、さっさと帰宅したのだった。
千夏ちゃん、本当に誤解だよ。
私はアナタのお兄様の彼女ではないんだよ。
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