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34.白雪王子。
しおりを挟む文化祭まで残り5日。
今日も私は文化祭準備で賑わう放課後の校内を、目を光らせながら歩いていた。
生徒たちが浮かれて、ハメを外しすぎないように。
そして風紀委員として、文化祭期間中の仕事もきっちりこなす為に。
手元にあるタブレットで文化祭期間中の仕事、採点を行う。
いい行いには一点、加点。悪い行いには一点、減点。
そんなことを繰り返していると、廊下で見覚えのない生徒と遭遇した。
「あ、先輩」
聞き覚えのある声で、馴れ馴れしく私を呼ぶ、とても綺麗で美人な黒髪の男子生徒。
見覚えはないが、聞き覚えのある声に一瞬、首を捻る。
「…え、千晴?」
しかしそれもほんの数秒で、すぐにその黒髪の生徒が千晴だと私は気がついた。
いつもとは全く違う千晴の見た目に、思わず目を見開いてしまう。
あまり着崩されていない制服に、耳にないピアス。
ネクタイもちゃんとあるし、着用しているセーターも学校指定のものだ。
それから何より目を引いたのは、ふわふわの黒髪だった。
千晴の金髪姿をあまりにも見慣れすぎていた為、最初は本当に誰だかわからなかった。
「こ、更生した?」
もしそうだとしたら何と素晴らしいことなのだろうか。
今まで散々私が何を言っても、全く響かず、マイペースに我が道を突き進んできた千晴が、ついにルールを守ろうと思えるようになったとは。
これで見た目だけなら怖さ半減だ。
少しくらい友達だってできるだろう。
千晴の素晴らしい大きすぎる変化に、最初は戸惑いもあったが、徐々に状況を理解すると、その戸惑いは喜びへと変わった。
「千晴!よくやったよ!私、本当に嬉しいよ!」
「…先輩、なんか勘違いしてない?これ、舞台の格好。ウィッグだから」
あまりの感動に涙を堪えながら千晴の肩をポンポン叩いていると、そんな私に千晴はへらりとゆるく笑った。
それから続けて「服装は減点防止ね。最優秀賞取らなくちゃだし」と言ってきた。
…更生ではなく、文化祭期間限定の姿のようだ。
それでも私は、「最優秀賞なんてどうでもいい」と、言っていたあの千晴が、クラスメイトと一緒にそれを本気で目指そうとしていることがなんだか嬉しかった。
「…千晴のクラスって確か舞台で、白雪王子だったよね?」
「うん、そう。俺が王子サマ」
私の質問にふわりと笑って答えた千晴に、だからか、と今の千晴の姿に私は納得する。
千晴たち一年の進学科は舞台をやるのだが、その内容が白雪姫ではなく、男女の配役を逆転させた、白雪王子というオリジナルのものだった。
この話が出た時、それはもう学校中の話題をこの白雪王子が掻っ攫った。
何故ならその主人公である王子役を、あの千晴がするからだ。
黙っていれば、作り物のように隙のない美しさを誇る千晴。
そんな千晴の王子姿となれば、学校中の隠れファンが放っておくわけがなく、かなりの騒ぎになっていた。
千晴が今黒髪で私の前に現れたのも、そういった理由からなのだろう。
「王子様が千晴なのは知ってたけど、お姫様は結局誰になったの?」
どこか楽しそうにしている千晴に、この学校中の全ての生徒が気になっていることを聞いてみる。
千晴が主人公の白雪王子をやるのなら、相手役は誰なのか。
学校中の生徒たちは皆、その相手役に注目していた。
だが、未だにその情報はどこにも流れていない。
「んー。なんか相手役、誰がやるかすっごい揉めてて、結局男女関係なくあみだしたら、バスケ部のやつが姫役になってた」
「…あ、なるほど」
あまりにも興味なさげにあっさりと答えた千晴に、私は苦笑いを浮かべてしまう。
うちの学校にはバスケ部は男子バスケ部しかない。
つまり千晴の相手役に大抜擢されたのは、バスケ部の男子なのだ。
千晴は軽く相手役である姫決定の経緯を説明していたが、きっととんでもない騒ぎだったのだろうと、千晴の簡潔な説明だけでも想像できた。
千晴の相手役の姫は男女逆転なので、当然、最初は女の子だったのだろう。
その姫を誰がやるか、女子生徒同士で揉めに揉め、平和的解決が男子も入れての、あみだくじだった。
そしてあろうことか、女子ではなく、男子がその姫を引き当ててしまったのだ。
「当日まで誰が姫かわかんない方が話題になるし、面白いからって秘密なんだって。姫役」
「いや、だったら私に言っちゃダメじゃん」
「先輩はいいの、先輩は。俺、先輩には嘘つかないもん」
「…何言ってんのよ」
わざとらしくおどけたように笑う千晴に、やれやれ、と小さくため息を吐く。
そんな私に千晴は笑みを深めた。
「俺、最優秀賞、絶対取るから。だから練習付き合ってくれない?先輩?」
いつもとは違う黒髪から覗く、綺麗な千晴の瞳がまっすぐと私を捉える。
ねだるような、けれど、どこか甘さのあるその瞳に、私は一瞬だけ違和感を覚えた。
ただ私にお願いをしているいつもの千晴のはずなのに、一体何が違うのか。
けれど、その違和感はほんの一瞬だけで。
「わかった。委員会の仕事があるからそれが終わってからね」
私はすぐにその違和感を払いのけて、千晴に快く頷いた。
後輩の千晴がやる気になっているのなら、それを手伝うのは先輩として当然のことだ。
*****
風紀委員の仕事を終え、私は自分のクラスではなく、千晴のクラスへと向かった。
理由はもちろん先ほどの約束を守る為だ。
千晴のクラス、一年の進学科に着き、教室内をそっと覗けば、そこには進学科の一年生たちが、一生懸命練習している姿があった。
「白雪王子はとても美しい王子様で、歌うことが大好きです」
ナレーションを担当しているであろう生徒がゆっくりと、それでいてハキハキと聴きやすい声で台本を読む。
そんなナレーションに合わせて、周りの生徒たちは動いていた。
どうやら見た感じ、演者は喋らず、全てナレーションの生徒によって、話が進んでいくようだ。
その中でもやはり一際目を引いたのは千晴だった。
高身長に綺麗な体のライン。少し細いがそれでも筋肉のあるモデルのような体型。顔も相変わらず作り物のような美しさで…。
それでいて誰よりもだるそうに、非常にやる気のない動きをしていた。
…悪目立ちしている。
というか、これ、私との練習いる?
てっきり、主人公なので、とんでもない長台詞でもあるものだと思っていたが、ナレーションに合わせて動くだけなら、私との練習など不要なはずだ。
むしろ、クラスメイトたちとこうやって合わせる方がよっぽどいいだろう。
そんなことを思っていると、教室内にいた千晴と目が合った。
「柚子先輩」
私の名前を呼んだ千晴に、教室内が静まり返る。
「柚子先輩とは?」そんな空気が一瞬だけ流れたが、すぐにその空気はなくなった。
「ててててて、鉄子先輩じゃんっ」
「な、なんでっ?ててててて偵察っ?」
「さ、騒ぐなっ、減点対象にされるぞっ、冷静になれっ」
「ぐっ、緊張で、胃がっ」
大きな声は出さないが、小さな声でそれぞれが様々なことを言っている。
驚いている者、青ざめている者、泣き出しそうになっている者。様々だが、歓迎されていないことは確かだ。
だが、その中で千晴だけは違った。
「先輩、待ってた」
嬉しそうに、まるで子犬のように、こちらにやってきた千晴に思わず笑ってしまった。
千晴は数少ない私に普通に接することのできる生徒だ。
私が頭を悩ませているマイペースさがそうさせるのだろう。
長所と短所は紙一重だ。
「俺、これから先輩に練習見てもらうから」
クラスメイトにそう素っ気なく言って、私と教室を出て行こうとする千晴に教室内がどよめく。
千晴の何の説明のない突然の行動に、全員が驚きを隠せない様子だ。
主役が急にいなくなるとクラスメイトも困るのだろう。
「あ、待って」
千晴を引き止めたい空気が漂う中、1人の女子生徒が勇気を振り絞った様子で、千晴に声をかけた。
「何」
そんな女子生徒に千晴はだるそうに答える。
「あ、えっと…」
引き止めたいのだろう。千晴のことを。
けれど、女子生徒は千晴の迫力に押されたのか、青ざめて、上手く言葉を発せられない。
「だ、台本。練習するなら必要じゃん?」
そしてやっと出た言葉がこれだった。
千晴は「確かに。ありがと」と女子生徒から台本を受け取ると、そのまま私を連れて、教室を後にした。
もう半年は学校生活を共にしているクラスメイトにあんなにも怖がられているとは。
無理に仲良くしろとは言わないが、必要以上に怖がられるのもまた違う。
千晴は噂通りの悪いやつではないのだ。
それがこの文化祭期間中に、少しでも知ってもらえたらいいのだが。
…まあ、それでも普段の千晴の素行の悪さが今の状況を作っているんだけどね。
さっきの場面も少しくらい笑えばいいのに。
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