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35.舞台練習。
しおりを挟む千晴に練習場所として連れて来られたのは、主要校舎ではない、第三校舎の中庭の芝生の上だった。
普段あまり使われない校舎の為、ここには私と千晴以外誰もいない。
練習に没頭するにはちょうどいい場所だった。
「白雪王子が狩人から逃げた先には、小さな家がありました」
千晴に渡された〝白雪王子〟の台本を読む私に合わせて、千晴が右へ左へ、時には前へ後ろへと動く。
練習を始めて数分。
台本を一通り読み終え、いざ、練習を始めてわかったことは、この台本では、主役である千晴のやることが非常に少なく、最低限であるということだった。
千晴がやりたくないからそうなっているのではなく、台本がそうするように指示をしているのだ。
おそらく、どうしても千晴で白雪王子をやりたいと考え、台本の内容をこうしたのだろう。
これなら千晴はただただナレーションに合わせて動いていればいいだけなので、千晴本人にも頼みやすい。
『ただ華守くんは立っているだけでいいから!』
と、クラスメイトに言われたに違いない。
そう思って、そのまま千晴に聞いてみると、「何で知ってんの?」と不思議そうにしていた。
「白雪王子は小人たちを見て言いました。「ここはお前たちの家?」と。小人たちは白雪王子にそれぞれが反応を示します。まずは…」
必要最低限の動きを千晴はもう頭の中に入れているようだった。
私の続くナレーションに、台本を見ることなく、台本の通り動けている。
その動きは少々気だるげだが、おそらく、完璧だった。
やればできるじゃん。
千晴の完璧な動きに、千晴の努力が見えて、何だか嬉しくなる。
親心なのだろうか、それとも姉心なのだろうか。
台本を読み進めていくうちに、いよいよラストシーンになった。
ラストシーンは白雪王子が毒林檎の眠りから覚めるシーンだ。
千晴は台本通り、その場に仰向けに転んだ。
その隣に腰掛ける私は、台本越しに千晴を見た。
柔らかな夕日を吸い込むふわふわの黒髪。
そこから覗くあまりにも端正な顔。
高い鼻に形の良い口。
白雪という名に相応しい白い雪のような肌。
閉じられた瞼にある長いまつ毛が、美しい顔に影を落とす。
ーーー綺麗な子だな。
私はシンプルにそう思った。
ただ何もせず黙っていれば、彼は誰からも愛されるこの天性の見た目を持っているというのに。
それを凌駕する素行の悪さが残念ながら千晴にはあるのだ。
「そしてお姫様は白雪王子にキスを落としました。すると、何ということでしょう。呪いが解け、白雪王子が目を覚ましたのです」
「…」
ここでお姫様にキスをされた白雪王子が目を覚ます。
男女は逆転しているが、あまりにも有名なシーンで説明の必要のない場面なのだが、千晴は何故か目を閉じたままだった。
…聞こえていない?
「呪いが解け、白雪王子が目を覚ましたのです」
聞こえていないのであろう千晴に、もう一度同じところを読む。
しかし、それでも千晴は何故かその瞳を開けようとはしなかった。
「千晴、起きるシーンだよ」
仕方ないので、台本の内容を千晴に伝える。
すると、千晴は瞳を少しだけ開けて、わざとらしく困ったように口を開いた。
「お姫様にキスされてないから起きられない」
「はぁ?」
ふざけたことを言う千晴に、つい呆れ顔になってしまう。しかしそれはどう考えても千晴が悪かった。
千晴はここまで、相手役がいなくとも、1人でどのシーンも問題なく、完璧にしてきたのだ。
最後のシーンだけ、相手役がいないという理由だけで、できない、と主張するとはおかしな話だ。
「もう一回同じとこ読むから、ちゃんと起きてよ」
呆れながらもそう言い、台本に視線を落とすと、台本を持つ手を千晴に掴まれた。
「ここ1番の見せ場だからちゃんとしたい。キスされて、お姫様が離れて、どのくらいのタイミングで起きれば自然なのか知りたい」
「…」
先ほどとは違い、真剣な眼差しでそう訴えかけてきた千晴に、思わず黙ってしまう。
こんなにもっともらしいことを言われては、言い返す言葉がない。
「…わかった。じゃあ、お姫様役の子も呼ぼう」
「いい。お姫様役は先輩がやってよ」
「は?」
千晴のとてもいい笑顔の要望に一瞬固まる。
何故、私がお姫様役を?
お姫様役の子を呼んだ方が練習になるのでは?
…いや、何か千晴にも考えがあるのかもしれない。
だから私に頼んだのかもしれない。
千晴はいつになく頑張ろうとしている。
こんなにも積極的に、学校行事に参加しようとしている千晴を見るのは、正直初めてだ。
この頑張りがきっとクラスメイトとの仲を深めるきっかけになる。
そのきっかけに少しでもなれるのなら、私もそれを応援したい。
「…わかった。お姫様役、やるよ」
「やったぁ。ありがとう、先輩」
渋々頷いた私に、千晴は本当に嬉しそうに笑った。
それだけこのシーンを大切にしており、きちんと千晴の中で形にしたかったのだろう。
その為に必要な練習相手が私だった。
私で練習して、次のクラスでの練習の時に、少しでもプラスになればそれでいい。
「じゃあ、さっきのところからもう一度いくよ?」
「はぁい」
千晴に改めて確認すると、千晴は軽く返事をし、再びその美しい瞳を閉じた。
練習再開だ。
「そしてお姫様は白雪王子にキスを落としました」
まずここまで台本を読んで、私は一旦台本をその場に置く。
それからすぐそこに寝転ぶ千晴に、お姫様役として顔を近づけた。
一体どこまで近づければいいのだろうか。
ここはキスシーンだ。
キスシーンといっても、キスをするフリなので、本当にキスをするわけではない。
が、その適正な距離が私にはわからないのだ。
どんどん近づく千晴の顔に、さすがに恥ずかしくなってきた。
ただの後輩でも、ここまで顔が近いと、恥ずかしくもなる。
吐息がかかりそうな距離に、思わず息を止めた。
ーーー次の瞬間。
千晴はその美しい瞳をパチっと開けた。
どうやらここで白雪王子が眠りから覚め、起き上がるらしい。
恥ずかしすぎる距離にさっさと離れようとしたが、それを千晴に阻止された。
するりと千晴が私の首に両腕を回して、私を捕まえてしまったからだ。
鼻と鼻が今にも触れ合いそうな距離で、千晴はふわりと笑った。
「…っ」
こ、こんな感じだったっけ?
あまりにも近い千晴に恥ずかしさとパニックで、息をすることさえも忘れてしまう。
頭も真っ白になり、何がなんだかわからなくなる。
しかしそれもほんの数秒で、すぐに私は冷静さを取り戻した。
それでも頬に熱を持ったままで。
台本にはこんなシーンなんてなかった。
白雪王子はお姫様のキスで目覚めて、体を起こすだけだ。
「だ、台本と違う!」
やっとの思いでそう指摘すると、千晴は「そうだっけ?」とおかしそうにとぼけた。
…こいつ!絶対確信犯だ!私をからかう気だ!
「やっぱ、練習不足だからわかんないみたい。もっと練習しないと」
「…っ!?」
千晴を叱りつけようとしていると、千晴はおかしそうにそう言って、私の首に回していた腕を自分の方へと引き寄せた。
結果、私は何故か仰向けになっている千晴に抱きしめられていた。
…何故。
「…ちょ、どうして、そうなるのっ!」
わけのわからない状況に、とりあえず千晴の腕の中から逃れようとするのだが、当然、力では敵わず、されるがままで。
「は、離しなさい!」
「えー。やだ」
抵抗する私に聞こえてきたのは、とても嬉しそうな甘い千晴の声だった。
目の前には千晴の首があり、そこから千晴の香りが香る。
甘いような優しいようなそんな香り。
しっかりとした首筋に、私に回されている力強い腕。
至近距離で感じる千晴に頭がクラクラし始める。
相手はあの千晴だというのに。
「は、離さないと噛むよ!」
「…え?噛んでくれるの?」
「血が出るほどね!痛いよ!?」
「いいよ、噛んで?先輩」
「…」
どんなに喚いても、脅しても、千晴には何も効かない。
何故か甘い声音の千晴に心臓がどんどん加速し始めた。
きっととんでもない距離に千晴がいるからだ。
だからこんなにも心臓がうるさいのだ。
全く、心臓に悪い男だ。早く解放してくれ。
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