推しに告白(嘘)されまして。

朝比奈未涼

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38.嵐の子。

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「千夏ちゃん、あのね。私、千晴とは付き合ってないの。私が付き合っているのは悠里くんなの」

「…は?」



未だに怒りの熱が冷めていない様子の千夏ちゃんに、ゆっくりとまずは間違いを訂正する。
すると千夏ちゃんはその形の良い眉をさらにひそめた。



「お兄様とアナタは付き合っているでしょう?恋人同士でしょう?わたくしは知っているのよ?どうして嘘をつくの?」

「嘘じゃないよ。本当だよ」

「…はい?」



私の説明に千夏ちゃんが混乱した表情を浮かべる。
それから数秒黙ったあと、信じられない様子でまた喋り出した。



「ここ数日、わたくし、アナタと一緒にお兄様のことも見ていたの。お兄様がアナタに向ける視線には、確かな好意があったわ。お兄様はアナタが絶対に好きなのよ?アナタがいるからお兄様は文化祭にもきちんと参加しているの。中学時代は一度だってきちんと参加していなかったもの。そんな無利益なことをするくらいなら会社のことをした方がいい、とおっしゃって、仕事をしていたほどよ?わかる?お兄様はアナタが好きなの」

「…はぁ」



千夏ちゃんの熱弁に押され、覇気のない返事をする。

千夏ちゃんは大きすぎる勘違いをし続けている。
千晴は私を異性として好きなのではない。
あれは自分をちゃんと見てくれる他人への好意、いわゆる懐いているというやつだ。
千晴にとって私はお母ちゃんorお姉ちゃんなのだ。

その勘違いも訂正しようとしたが、それを千夏ちゃんの熱弁は許さなかった。



「とにかく!二股はどう考えても許されない行為だわ!だから今すぐやめなさい!お兄様ただ1人を愛しなさい!」



これはいけない。
自分の考えは間違いではないと信じて疑わない千夏ちゃんに頭が痛くなる。
とんでもない勘違いのせいで私が本当に男癖の悪い、最低女になってしまっている。



「千夏ちゃん、もう一度言うね。まず私は嘘をついていません。私は悠里くんと付き合っているの。千晴はただの後輩だから」



私は千夏ちゃんのとんでもない盛大な誤解を解くために、もう一度ゆっくりと丁寧に言葉を並べた。
そんな私を千夏ちゃんがぽかーんと見つめる。



「沢村悠里と付き合っている?」

「うん」

「お兄様はただの後輩?」

「うん」

「嘘をついていない?」

「うん」



ただただ問いかけてくる千夏ちゃんに、私は淡々と答える。
最初こそ、力強さのあった千夏ちゃんのその瞳から、私の答えを聞くたびに、どんどんと力が抜けていった。



「あのお兄様が片思い?嘘でしょう?」



やっと状況を理解した様子の千夏ちゃんが、ポツリと机に視線を伏せたままそう呟く。
私はその様子にやっと一息つき、カップに入っていた紅茶に口をつけた。

私が頼んでいたのはアップルティーだ。
口に含んだ瞬間、ほのかな酸味と甘みが広がり、普段飲んでいるどのアップルティーとも違う味わいに驚いた。
おそらくこれが最高級の味なのだろう。

紅茶の味を楽しんでいると、静かになっていた千夏ちゃんのオーラが、ゆらりと揺れた気がした。
まるで真っ赤な炎のように。

違和感を覚えて顔を上げると、千夏ちゃんはプルプルと体を小刻みに震わせていた。



「…絶対にお兄様を選んだ方がいいわ。お兄様はあの華守を継ぐ男なのよ?そこら辺の男とはスケールが違うわ。顔もいいし、何をやらせても完璧で、お金まである。一体何が不満なのかしら?」



怒っているような、熱く燃えているようなそんな雰囲気を身にまとって、真剣な表情で千夏ちゃんが私に訴えかける。

何が不満なんだと言われましても。
不満はないが、別に異性として見ていないというだけなのに。



「あ、あのね。千晴は私の大事な後輩なの。それ以上でも以下でもないの。不満とかそういう問題じゃあないのよ」



宥めるようにそう言うと、千夏ちゃんはその目を涙で潤ませた。

え、泣かせてしまった?



「わ、わたくしは、アナタを華守の女として認めているの。ただ男癖が悪いだけだわ。だから見張ってでも、何をしてでも、アナタを華守の女に相応しくするつもりだったの。それなのに、それなのに…」



ついにほろほろと涙を流し、苦しそうに話す千夏ちゃんに、おろおろしてしまう。
全く私は悪くないのだが、罪悪感に押し潰されそうだ。



「お兄様ではダメなの?」



涙を堪え、じっと私を見つめる千夏ちゃんに胸が痛くなる。



「ダメとかじゃないよ。千晴はいい人だよ。だからこそ、私じゃなくて、もっと素敵な人が千晴には現れるし、きっとその人と一緒になる方が幸せなんだよ」



千夏ちゃんに言い聞かせるようにそう言って、千晴の姿を思い浮かべる。

すらっとしたモデル体型の千晴の横に、小さくて上品な女性が幸せそうに笑っている。
そんな女性を金髪から覗く、綺麗な顔が優しげに見つめていて、その柔らかい表情は、私を見ている時と同じ表情で…。

そこまで考えて、変な気分になった。
何故かあまりいい気分にはなれない。
自分の後輩のリアルすぎる未来に思いを馳せたせいなのか。



「お兄様だけよ…」

「へ?」



千晴のことを考えていると、千夏ちゃんが小声で何かを主張してきた。
あまりにも小声で何を言っているのかわからなかったが。



「だから、アナタを幸せにできるのはお兄様だけよ!お兄様以外、誰もアナタに釣り合わない!アナタはわたくしのお姉義様になるの!」

「えぇ?」



首を傾げていた私に千夏ちゃんは今度は大きな声でそう主張した。

まさかの結婚まで見据えられており、驚きで思わず目を見開く。
ど、どうして、そこまで…。



「いい!?必ずアナタにお兄様を選ばせてみせるわ!アナタは将来、華守柚子になるのよ!」



本日2回目の千夏ちゃんからの指差しを受ける。
千夏ちゃんは勢いよくそれだけ言うと、「ここはわたくしが払うからお構いなく」と一言いい、その場から去っていった。

ーーー嵐のような子だ。

去っていく千夏ちゃんの背中を見つめながら、呆然と私はそんなことを思ったのであった。



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