40 / 108
40.オムレツをアナタに。
しおりを挟む「お待たせいたしました」
「「きゃああ!!悠里くぅん!!」」
テーブルに飲み物と軽食を笑顔で運んできた悠里くんに、失神しそうな勢いで女の子たちが叫ぶ。
その様子に私は心の中で思わず、うんうんと頷いた。
すごく、すごーく気持ちがよくわかる。
おそらく私もあの吸血鬼悠里くんに接客されたらああなる。
よし。推しが素晴らしい。
スポーツ科に、100億点。
緩みそうな頬に改めて力を入れ、そんなことを思っていると、悠里くんとバチっと目が合った。
「柚子、来てくれたんだ」
表情を明るくさせ、こちらに向かってきた悠里くんに、心臓がズキューンっと撃ち抜かれる。
チラリと見える悠里くんの見慣れぬ牙が憎らしいほど、かっこいい。吸血鬼カフェを提案し、実行した全ての者に感謝を伝え、ハグをしたい。
「嬉しい。柚子、忙しそうだし、午前中は会えないかなって、思ってたから」
本当に嬉しそうに目を細める悠里くんに、私は胸が痛くなった。
悠里くんに会いに来たのではなく、鬼の風紀委員長として、仕事でここに来たとはとてもじゃないが伝えられない。悠里くんの喜びを裏切るようで言いづらい。
そんなことを思っていると、悠里くんは「柚子、こっち」と、流れるように私を席へと案内してくれた。
なされるがまま、帰ろうとしていたのに、席へと着席する。
「メニュー表はこれ。注文はどうする?」
「え、あ、えっと…」
悠里くんに笑顔でメニュー表を渡されて、私は固まった。
仕事でここに来た為、特に何が食べたい、という希望が全くないのだ。
メニューを睨みつけて、何を頼もうか考えてみたが、本当に何も思い浮かばないので、私は悠里くんに助けを求めるように視線を向けた。
「…お、おすすめは何?」
「んー。おすすめかぁ」
私の質問に悠里くんは、少しだけ視線を伏せ、唇に軽く手を当て、考えてくれる。
いつもとは違う大人な雰囲気と、怪しくも色気のある牙に、そのちょっとした仕草にも、思わず胸がときめいてしまった。
推しの吸血鬼姿をこんなにも間近で見られるなんて。
私の人生は後世に語らねばならないほど素晴らしい。
「オムレツが一番人気、かな?」
「じゃあ、それをお願いします」
ふわりと柔らかく笑った悠里くんに私は迷いなく、ゆっくりと頷いた。
私の答えに「かしこまりました。少々お待ちください」と接客モードで優しく微笑み、悠里くんがその場から離れる。
本当に、ほんとーに眩しすぎて、直視できない。
サングラスを持参しなければ。
悠里くんの素晴らしさ、尊さ、眩しさ、そしてメロさ、全てにやられながらも、改めてメニュー表に目を向けると、とんでもない文言が入ってきた。
オムレツ 800円と書かれている下。
そこに小さな文字で、〝オムレツを持ってきた吸血鬼がアナタへメッセージを書きます♡〟と書かれていたのだ。
私のオムレツはおそらく悠里くんが持ってきてくれる。
つまり、悠里くん直々に私にお言葉をくれるということだ。
お、推しからのお言葉…。
推しからお言葉!?
まさかすぎる展開に思わず、目を見開き、今一度、その文字を凝視する。
見間違えではないかと、穴が開くほどその文字を見るが、やはりそこには、オムレツを持ってきた吸血鬼がメッセージを書く、と書かれていた。
「お待たせいたしました」
表では何とか冷静を装い、心の中では大興奮している私に、丁寧な態度で悠里くんが現れる。
悠里くんの手にはオムレツがあり、そのオムレツにはまだケチャップがかかっていなかった。
おそらく、これから悠里くん自らの手でケチャップをかけてくれるのだ。
一体、どんなメッセージを書いてくれるのだろうか。
ありがとう、とか、めしあがれ、とかかな。
ドキドキしながらも、じっとオムレツを見つめる。
一文字だって、書かれる瞬間を見逃したくない。
その為に私はまばたきさえもやめた。
オムレツを机の上に置き、ケチャップを手に取った悠里くんが早速一文字目を書き始める。
まずは、『大』。
それから『ス』。
最後に、『キ』。
「…どうぞ」
ケチャップで文字を書き終えると、悠里くんは照れくさそうにこちらを見て、そっと私の前にオムレツを置いた。
「…」
それを私はじっと凝視する。
『大』『ス』『キ』。
「…」
大スキ。
大スキ。
大好き!?
悠里くんからのまさかの甘いお言葉に思わず、叫びそうになる。
ただでさえ、メッセージをもらえるだけでもとんでもないことなのに、大好きをもらえるとは!
「あ、ありがとう…。ありがとう、悠里くん」
私は感動のあまり、泣き出しそうになりながらも、オムレツに口をつけた。
ごく普通のオムレツだが、とてもとても美味しく感じる。
きっと悠里くんからの素晴らしすぎるメッセージのおかげだろう。
推しのサービス精神がすごい。
これは間違いなく、出し物部門最優秀賞受賞決定だ。
誰もが投票したくなる出し物だ。
もぐもぐとどんどんオムレツを口に運んでいく私の横にはまだ悠里くんがいる。
推しに見守られながら食べるのは何だか恥ずかしいが一緒にいられることは嬉しい。
…が、悠里くんは今、仕事中だ。
ずっとここにはいられないだろう。
それなのに何故か悠里くんは私から離れようとしない。
どうしたんだろう、と不思議に思っていると、悠里くんは徐に私の隣の席へと腰を下ろした。
「…?」
突然隣に座った悠里くんに首を捻る。
すると、そんな私の疑問をすぐに感じ取ったのか、悠里くんは遠慮がちに笑った。
「せっかく、来てくれたから少しでも一緒にいたくて…。柚子がいる間だけ、休憩もらったんだよね」
伺うように私の瞳を覗く綺麗な瞳に、頬を赤らめ、動揺している私が映る。
さすがに可愛すぎて、冷静さを保つことができない。
「…あ、あ、う、嬉しい。私も一緒にいたかったから…」
ついに鬼の風紀委員長である仮面は壊れ、私は消え入りそうな声でそう呟いて、視線を伏せた。
これが今の私の精一杯だ。
バクバクとうるさい心臓を抑えて、私は再び、オムレツを食べ始めた。
頬の熱が一向に引かない。
「美味しい?」
悠里くんに優しくそう問われて、こくこくと何度も何度も頷く。
口にオムレツが入っている為、言葉を出せない。
「…ふふ。セーラー服の柚子、新鮮だね。似合ってる。可愛い」
「ぅ、ふぅぇ」
その流れのまま、優しく、そして何よりも、甘くそんなことを言われた為、私は口からオムレツを吐き出しそうになった。
もちろん、必死に止めたので、吐き出されることはなかったが。
とんでもない存在である。
食事中にしていい行為ではない。
死んでしまう。私が。
「や、やばいね…」
「破壊力しかないね」
「さすがの鉄子もなすすべなしか」
「あれは反則だろ」
「やっぱり付き合ってるんだなぁ、あの2人」
どこか甘い雰囲気の私たちに、吸血鬼カフェにいる人たちは静かに注目していた。
全員からの視線が痛いが、いつものことなので、あまり気にはならない。
オムレツを食べ続ける私に、それを隣で見守る悠里くん。
何だかだんだん今の状況が申し訳なくなってきた私は、伺うように悠里くんを見た。
「悠里くんもこれ食べる?」
「え?」
私の提案に悠里くんが驚きの表情を浮かべる。
まさかこんなことを言われるとは思いもしなかったのだろう。
「私だけ食べてるのなんか申し訳ないし、悠里くんも一緒に、ね?」
「…いや、いいよいいよ。柚子のオムレツだし」
何とか食べてもらいたくて、じっと悠里くんを見るのだが、悠里くんは頬を少し赤らめて首を横に振るだけで、全く食べてくれる気配がない。
悠里くん、優しいもんね。
きっとこのままだと食べてくれないよね。
「遠慮しないで?悠里くんに食べて欲しいの」
私は笑顔でそれだけ言うと、スプーンにオムレツを一口分入れて、悠里くんへと差し出した。
こうすればもう受け取って食べるしかないだろう。
私の行動に何故か悠里くんは頬を赤らめた。
その綺麗な瞳は動揺で揺れており、困惑している。
何故?と、疑問に思いながらも悠里くんの瞳を覗くと、悠里くんは意を決したように一息ついて、パクッとスプーンからオムレツを食べた。
「…え」
悠里くんの突然の行動に声が漏れる。
「…美味しい」
恥ずかしそうにそう言って柔らかく微笑んだ悠里くんに、私はスプーンを差し出したまま、固まった。
ゆ、悠里くんが、わ、私のスプーンからオムレツを食べた?
あーん、しちゃったの?私が?
悠里くんに?
徐々に状況を飲み込み始めた私に、恥ずかしさやときめきが嫌というほど押し寄せる。
推しが尊すぎて、苦しい。
顔を真っ赤にして、微動だにしなくなった私を、悠里くんは心配そうに見つめた。
「え?どうしたの?柚子?」
動けなくなった私の目の前で、悠里くんが軽く手を振る。
その姿を見て、私はやっとまばたきをした。
「…んん、ごめん。まさか直接食べてくれるとは思わなくって、驚いちゃって…」
収まらない頬の熱を何とか静めようと、スプーンを一旦机に置き、パタパタと両手で顔を仰ぐ。
そんな私をじっと見つめ、きょとんとしている悠里くん。
しかし、少し経つとその頬は私と同じように徐々に赤くなり始めた。
「あ、そういうことか。ごめん、俺、勘違いしてて…」
本当に恥ずかしそうに視線を伏せる悠里くんに心臓がドンドコドンドコうるさい。
お祭り騒ぎだ。
「…でも、柚子から食べられたのはよかったかも」
伏せていた視線を上げ、上目遣いで私を見る悠里くんは本人にはその気がなくとも、すごく可愛らしく、あざとかった。
こんなの世界が彼にひれ伏してしまう。
「だ、ダメだ…」
「あ、新しい扉を開いちまう」
「好き…。悠里くん…」
私の予想通り、この可愛すぎる悠里くんを浴びて、吸血鬼カフェ内は、悠里くんへのときめきで包まれたのであった。
0
あなたにおすすめの小説
生まれ変わったら極道の娘になっていた
白湯子
恋愛
職業専業主婦の私は、車に轢かれそうになってた子どもを守ろうとして死んでしまった。しかし、目を開けたら私は極道の娘になっていた!強面のおじさん達にビクビクしながら過ごしていたら今度は天使(義理の弟)が舞い降りた。やっふぅー!と喜んだつかの間、嫌われた。何故だ!構い倒したからだ!!そして、何だかんだで結婚に焦る今日この頃……………。
昔、なろう様で投稿したものです。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる